第2話 プロローグ 前世での行い2
それはとてもよく晴れた日で、頬に感じる優しい風が気持ちいい、いつもと変わらない日の朝だった。お店の前に二台の馬車が止まると、その中から一人の男が降りて来た。
「ここで、回復薬を安く売ってくれると聞いたんですか?」
男は、こんな田舎の森の中には似つかない立派な馬車に乗っており、ビシッとした服に、背筋がすっと伸びているのが印象的だった。
馬車や服装、身のこなし方からして普通の人ではなかった。
「ここであってますよ。どんな症状でお悩みですか?」
「それはどんな症状でも治せるってことですか?」
男は質問に質問を返す形で答える。
レティは少し困惑しながらも、丁寧に対応した。
彼女は相手がどんなに無礼なことをしてきても、本当に困っている時にまわりの人にまで気を配れる人は少ないと知っていたからだ。
「どんな症状でもってわけではありませんが、ある程度は対応できるかと思います。その代わり環境が原因で病気になっている場合は、その環境を直さないと上手く行かないことが多いです」
「環境ですか?」
「ストレスからお腹が痛くなった時、そのストレスの原因を解決しないと何度でもお腹が痛くなってしまうみたいな感じですね」
「なるほど。やっぱり噂通りのバカってことがわかりました。そんなことをしたら回復術師が儲からないじゃないですか。あなたにいいことを教えてあげます。患者の病気は治さないで対処療法を続けてあげることで永遠にお金が入ってくるんですよ。クックク……」
レティはこの人がなんの目的で来ているのかわからなかった。
ただ、普段は大人しい狼犬の子犬ラッキーと、魔物に襲われて瀕死の状態を助けてあげた子狐のハッピーが彼の前に立ちはだかり、唸り声をあげだした。
「二人ともやめなさい」
「これは大変だ。ただちょっと情報を聞きに来ただけなのに、怖い魔物に襲われてしまった。あっ痛い!」
男はいきなり声を上げると、立ちはだかっただけのラッキーを思いっきり蹴り飛ばした。
ラッキーは空中を舞いながら口からは血が噴き出し、犬歯の一部飛んでいく。
男はそのままの流れで剣を引き抜くと、一線。ハッピーの片耳を斬り落とした。
「なんてことするんですか!」
「私は怖い魔物に襲われたから対処しただけですよ。お客に唸るようなら躾が必要です」
「この子たちは言えばわかってくれます」
「私に口答えするなんてあなたにも躾が必要ですね」
男はいきなりレティの顔を蹴り飛ばすと、そのまま地面に押し倒し、胸の上へと腰を下ろした。
「いいですか。この世界には絶対に破ってはいけないルールというものがあります。いくつかありますが、一番大事なことを教えてあげますね。それは私と回復魔法協会に喧嘩を売ってはいけないということです。返事は?」
男は馬乗りになりながらレティの顔を思いっきり殴った。
「返事ができない奴に生きてる資格ないです。はい」
レティが痛みと恐怖から返事ができなにのに、男はそれを反抗だとみなし、何度も殴る。殴るごとに辺りに血が飛び、レティの美しかった顔は崩れ、血でいっぱいとなった鼻からは呼吸ができなくなっていた。
「いいですか、今はめちゃくちゃ痛いと思います。でも私たち回復魔法使いにかかれば……」
男が手を当てるとレティの顔は段々と元通りになっていった。
「ほら、もう痛くないでしょ? また新しい痛みを感じれるだなんて、あなたもきっと嬉しいですよね? まただんまりする子にはお仕置きです」
ラッキーとハッピーが男に噛みつこうと飛び掛かっていくが、男は飛び掛かってきたラッキーの後ろ足と持って、ハッピーに思いっきり叩きつけた。
「キャン!」
「ギャン!」
二匹は悲痛な声をあげながら動かなくなってしまった。
「なんでこんな酷いことをするんですか」
「なんで? あなたがルールを破ったからですよ」
「私はなにもしてない」
「バカですねぇ。本当にバカですね。あなたが回復薬を勝手に売ることでどれだけの恨みを買われたのかわからないだなんて。あなたの存在はこの国だけじゃなくて、世界レベルで危険だと判断されたってことなんですよ。怪我や病気を治すのは回復魔法使いの仕事なんですよ。なんでも治す薬をタダ同然で配れば私たちに死ねと言ってるのと同義でしょ? だから殺される前に動いたんですよ。まぁ半分は私の趣味ですけどね」
レティはこの男が何を言っているのかまったく理解できなかった。
男は混乱しているレティの顔を見て、満面の笑みを浮かべながらまた殴りだした。
森の中に骨が折れる音が鳴り響き、血の臭いが充満する。
「今のうちに逃げて……みんな逃げて……」
レティは自分が殴られながらもラッキーやハッピー、それ以外にも飼っている魔物たちの身の安全を祈っていた。
「つくづくバカだね。そんなことを祈っても魔物なんて恩を感じる知性も何もないのに。そうだ。いいことを思いつきました」
男はレティが飼っていた魔物たちを籠から解き放つと、一匹ずつ目の前で虐めていく。
梟の羽斬り落とし、猿の指は曲がらない方向へと曲げ、猫の尻尾は無理矢理丸め、地面へと叩きつけ動かなくなるまで足で踏みつけていった。
小さなお店の中で飼われていた魔物たちの声が段々と消えていく。
「ほら、お前の回復薬で回復させてみろよ。こんな森の中で怪しい魔物なんて育てやがって、これで街を襲わせるつもりだったんだろ」
「違う、みんな怪我したり一人じゃ生きられなかった子たちなのに、やめて!」
「もう回復薬を作らないと約束するなら止めてやってもいいぞ」
「もう作らない。もう二度と作らないから止めて」
「あぁそこまで言うなら止めてやる。まぁもう残っているのはお前だけだけどな。クックク……最高に気分がいい。100点満点の反応だからご褒美をやろう」
そう言うと男はレティを動かなくなるまで殴り続けた。
そして一緒に来ていた従者に、男が乗って来たのとは別の荷馬車へと放り投げさせた。
それはまるでガラクタでも入れるかのように乱暴な乗せ方だった。
「これで、回復薬の作り方は俺たちだけのものだ」
荷馬車がレティの家から去って行く中、レティの家では瀕死の魔物たちが残っていた。
『ご主人様を助けなきゃ』
『助けなきゃ』
『レティが死んじゃうよ』
『戦わなきゃ』
『どうやって?』
『回復薬を飲もう』
『動ける奴いる?』
ゴールドモンキーが最後の力を振り絞り、店の扉を開け、鳳凰鳥がラッキーを足で掴むと引きずりながら家の中へと運んだ。
『犬っころ、お前が匂いを追って救うんだ』
ハッピーが狐火の魔法を使って、机の上に置いてあった回復魔法を子犬の身体の上へと落とす。
だけど、瓶はラッキーの柔らかい毛に弾かれ割れることなく、ラッキーの目の前に転がっただけだった。
『ご主人様を助けるんだ。犬っころ動けぇ!!』
ハッピーの声に反応するように、ラッキーが目を大きく見開き、その小さな身体に似つかないほど大きな口をあけると瓶を噛み砕いた。
【瀕死の状態からの回復が確認されました。進化しますか?】
『ごしゅじん様を助けるためなら』
【特別進化のため2週間必要になります】
『ダメだ! それじゃ、間に合わないキャン……』
願い虚しく、ラッキーはそのまま深い眠りへと誘われ、他の魔物たちも動けるようになるまでにしばらく時間を要した。
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