第3話 プロローグ 前世での行い3

 レティが誘拐されてから三日後。

 レティは地下牢へと幽閉され回復薬のレシピを言わされていた。


「ほら、ちゃんと言えば家に返してやるって言ってんだろ。嘘をつくからきつくなるんだ!」

 そこは、四方を壁に囲まれたジメジメとした部屋の中で、壁にかかった炎の魔法が辺りを不気味に辺りを照らし出していた。


 レティが着ていた彩とりどりの服には黒いシミと埃だらけになり、顔は腫れ、あの美しかった原型はとどめていなかった。唯一、口元だけは話せるようにと回復され少しだけマシだった。


「本当に、そのレシピで回復薬が作れるんです」

「嘘を言うな、お前が言った通りに作っているのに効果が弱いものばかりじゃないか」


「それは私にもわかりません。もしかしたら鮮度が重要なのかも」

「この街の近くで採れたものを使っているのに鮮度が悪いわけないだろ」


「それじゃ薬草の育った場所が……」

「うるさい! レシピを言え!」


 レティは身体中の骨という骨が折れ、もう、自力でこの場所から逃げ出せなくなっていた。


「どうしても言いたくないんだな。おい、あれを持ってこい」

 そう言われて男が連れて来たのは小汚い子狐だった。


「おい見えるか? これお前のところにいた狐だろ? 私がこいつの耳を斬り落としてやったの覚えてるか? どうやらお前を追って来たみたいなんだよ。けなげだよな」


「やめて、お願いします。もういじめないで……」


『レティ、笑って。助けにきたよ』

 レティにはそんな聞こえるはずがない空耳が聞こえた。


「ハッピー?」


 ハッピーがレティを見て微笑んだように見えた。

 だけど、その次の瞬間、男はそのまま顔面から狐を地面へと叩きつけた。


「おっと殺しちゃまずいな。ほら、早くしないと大切な魔物が死ぬぞ」

「あっ……あぁ……ハッピー。ごめんなさい。私なんかのせいで。材料を貸してください。私がハッピーを回復させるために目の前で作ります」


 レティが動かない身体に鞭を打って、立ち上がる。

 全身の骨がパキパキと鳴り、何かがズレる音が響く。


 森の中で孤独に生きている頃、私の心を助けてくれたのは魔物の子たちだった。

 これ以上、そんな子たちが目の前で痛めつけられるなんてレティには耐えられなかった。


 それが例え自分の命と引き換えだとしても。

 レティは最後の力を振り絞って自分が言っていたレシピが間違いないことを証明する。


 作り方も素材も間違ってはいない。自分が教えた通りに再現していく。

 何十回、何百回、何千回と繰り返して動き。


 身体は思うように動かなくても、ハッピーを助けるため、レティは痛みに耐えながら回復薬を作った。


 回復薬を作る過程はレティが教えていたものであっていた。


 だけど、そこに必要だったのは大切な人を助けたい、笑顔にしたいという純粋な気持ちが魔法となって奇跡を起こす薬の源になっていた。


 何度も作った手順、スピード、薬草を取り扱う思いやり、すり潰す回数……そのすべての動きが奇跡の回復薬へ必要なものだった。


『レティ、逃げて』


 ハッピーにそう言われた気がした。


「ハッピーありがとうね。もう大丈夫よ」


 回復薬は教えたレシピ通りに作成し、無事に完成した。

 そして最後に古いおまじないを唱える。


 そのおまじないは少しだけ薬の効果を強くすると言われているけど、元々効果の強いレティの回復薬ではその効果に変わりはなかった。レティの最後の魔力が回復薬へと流れ込む。

レティは自分が飲むより前に、優しくハッピーを抱きかかえると、その口元へと回復薬を流し込んだ。


 これで回復するはず……。

 そう思うレティだったが、ハッピーはまったく起きなかった。

 身体の傷は耳の斬り落とされた部分を除いて回復している。


「はぁ、やっぱり嘘をついていやがったな。もう、回復薬のレシピなどいらん。殺せ」

 男がレティを蹴り飛ばすも、ハッピーだけは離さなかった。

 レティはハッピーに覆いかぶさるように必死に耐え抜く。


「ハッピー、こんな……ことになって……ごめんね」

 もう、何も答えないハッピーをひたすら守り続ける。


 このままでは、私もハッピーも殺される。

 だけど、私がいなくなればハッピーまで殺す理由はなくなる。

 そう思ったレティは最後の力を振り絞る。


「へへっ。ハッピー、ちゃんと守られてあげられなくてごめんね」

 レティは近くにあった拷問用のナイフを取ると、自分の心臓へと突き立て、そしてひねりを加えた。


 ただ刺すだけではきっと回復できてしまう。

 それだけは絶対に避けたかった。


「おいっおいっ。まさか俺がそんな楽に死なせるわけがないだろ」

 男が回復魔法をレティにかけると、徐々に体の傷は消えて行くが心臓にまで達した傷はなかなか塞がらなかった。


「おいっふざけるなよ! 死ぬのも生きるのも俺の命令に従う義務があるんだよ。俺は回復魔法協会の会長になる男だぞ」


 男がどんなに腹を立ててもレティの傷が完全に塞がることはなかった。

 最後のひねりが皮肉にもレティの希望を叶えたのだ。


「あぁ、ムカつく! なんで俺の思い通りにいかねぇんだよ。せっかく回復薬で賄賂をたんまり稼ごうと思ったのによ。おいっお前」

「はっ」

 男は近くにいた護衛の兵士へと因縁をつける。


「今俺のこと馬鹿にしただろ」

「いえ」


「いえとか口答えしてんんじゃねぇよ。返事はハイだろ!」

 男の胸にいきなり剣を突き立て、その男に回復魔法をかけた。

 傷はみるみる塞がっていき、服に穴だけが残った。


「やっぱり俺の回復魔法は完璧なんだけどな」

「ひっふぇぇえ!」

 刺された男は地面へと転がりながら逃げていく。


「なんだお前ら、面白いだろ? なんで笑わないんだよ」

 男の掛け声で部屋の中に異様な笑いが充満する。


 何が可笑しいのか、誰一人として理解しないまま笑い声だけは虚しく響き渡っていた。

 そこへ、バタバタと別の兵士たちが走り込んできた。


「大変です! フェンリルが城門を破って侵入してきました」

「そんなの殺せばいいだろ。いちいち俺を頼るな。ケガ人が増えれば私が儲かる。フェンリルいいじゃないか。どんどん暴れればいいさ。フハハハハッ」


 男の耳障りな笑い声が部屋の中で響き渡ると、ハッピーの身体が光だし尻尾が九本へと分かれ、天井を突き破るほどの大きさへと進化していた。

 ハッピーにもラッキーと同じ選択肢がでてきていたのだ。


【瀕死の状態からの回復が確認されました。進化しますか?】

『力は欲しい。だけど今すぐレティを助けたい』


【その願いを叶え、特別進化を開始します】


 ハッピーはラッキーが回復薬を飲んだのに動かなくなったのを見て、自分が飲んでいればすぐに助けに行けたのにとずっと後悔していた。


 ハッピーの進化はラッキーの進化からみればかなり短時間だった。

だけど、それでもレティを助けることはできなかった。


 男たちが悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、それはもう許されなかった。

 大きくなったハッピーは優しくレティの身体を持ち上げる。


『レティを返せ。レティは世界に優しくしただけなのに。なんでこんな酷いことをされなきゃいけないんだ』


 その街を中心に九尾の狐となったハッピーとフェンリルになったラッキーは暴れ回り、助けられなかったことの後悔をお互いの血で洗うかのように、傷つけあった。


 それから、その二匹を始めとして沢山の魔物が世界中で暴れ出すようになり、世界中で我が物顔で暮らしていた人間たちの住む場所は半分以下に削られた。

 回復魔法協会は今回の発端となった事件のすべてを把握していた。


 一人の男の暴走が今回の事件を起こしたことも、そして回復薬を作っていた女性がいたことも。


 そこで、その話が表に出ないようにレティが住んでいた場所の名前をとり厄災の魔女レティとして、彼女が育てた魔物が暴れだしたかのように物語を作って宣伝を始めた。


 すべての責任を魔物とレティのせいになすりつけ、それを回復魔法協会がいかに救ったのかもあわせて伝えながら……。


 時に吟遊詩人へお金を握らせ、地方でこの歌を面白おかしく歌わせた。

田舎の王様への寄付の引き換えに絵本を作らせて子供たちへも教育した。


 それは長い長い年月を使ったイメージ戦略だった。

 ただ、それはレティに助けられた人たちを分断することになった。


 レティを唯一の女神として祭り上げる信者を作り上げ、世界はより混沌としたものへと変わっていっていた。


 とある田舎の公爵家に元気な女の子が産まれてくるまでは……


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