第4話 みんなから愛されてこの世界に生を受ける

 主人公視点


 なんだろうな。ここは?


 今まで感じたことのないぐにゅぐにゅした場所をゆっくりと動いている。

 ものすごく狭いところをゆっくり進んでいる感じがするけど……もしかしたらここが地獄へ行く道なのだろうか。


 私の人生何も成し遂げることができなかったな。

 狭い通路をゆっくりと押し出されるように進んでいく。


 ハッピーは助かっただろうか。

 傷は治っていたし、できれば生きていて欲しい。ラッキーたちも元気になってくれると嬉しいが、私なんかに関わったばかりにひどい目にあわせてしまった。


 ぐにょぐにょと狭い場所を通り過ぎた瞬間、私は今まで溜まっていたものをすべて吐き出すかのように大声で泣き出してしまった。


「おぎゃぁぁぁぁ!」

「あらら、元気な女の子ですよ」


 そりゃそうだ。私はもう30歳を過ぎた、強くて可愛くてお洒落で優しい女の子……って意味ではなさそうだ。


 涙で目の前が見えないわけではなく、普通にぼんやりとしか前が見えない。

 まぁこれはいい。ぼんやり見えていればまだなんとかなる。


 だけど、身体中がなにかふにゃふにゃしていて力が入らない。

 身体が狭い場所を通り過ぎて来たせいか身体中が変な感じがする。

 ちょっと待って欲しい。


「おぎゃあああ」


 声がこれしかでないんだけど、どうしたのだろうか。

 いや、なんとなく察しの悪い私でも予想はついている。


 これは……たちの悪い夢なんだと思う。

 よくできた夢だ。


 やだな。起きたらまたあの薄暗い部屋に閉じ込められるのか。

 あっでも、今のうちにハッピーをどうやったら助けられるか考えておかないと。


「あらら、大丈夫かしら。もうこの子泣き止んでるわ」

「大丈夫ですよ。しっかりお母さんを見てますから」


 ちょっと待って欲しい。

 ハッピーごめん。君を助けたくないわけではないんだ。


 だけど、この状況はいったいなに?

 転生したけど記憶があるってことなのか?


 なんで私が転生を……?

 いや、そんなのどっかのお姫様とか聖女様とか、なんというかこう偉そうっていうか高貴な人がなるものでしょ?


 さっきまでの地獄のような環境から、今は石鹸の香りがする優しい空間いることが信じられなくて、身体が固まっている。


 仮に私が生まれ変わったとして、あれ、私生まれたばかりなのになんでこんなに意識しっかりしているの?


 わからないことばかりだけど、少なくともこの人たちは私を傷つけるつもりはないようだ。

 まるで壊れやすいガラスでも抱くかのように、しっかりとそれでいて優しく抱きしめてくれているこの人が母親のようだ。


「おぎゃ」


 声をかけようとしても、まだ声は泣声しかだせないらしい。

 でもあれか。


 いきなり、初めましてレティって言います。

 なんて名乗ったら、ビックリさせるどころか、魔女の子供として殺されてもおかしくない。というか一家離散?


 旦那さんにこんな子供を産みやがってとか怒鳴られて……私が生まれたせいでこの家族に迷惑が!?


 それは申し訳なさすぎる。

 でも、今の私にはできることは何もない。


 まぁ、なるようにしかならないし、もしこれが夢ならいつか覚めるでしょ。

 なされるがまま温かいお湯で身体を洗われ、おくるみをきあせられる。


「奥様、旦那様がお見えになりました」

「はーい」


 そこへ入って来たのは、しっかりと整えられた薄い金髪と薄い青い目。

 目じりには皺が沢山あり、よく笑って生きてきたのだと感じられる優しい眼差しをした車椅子に乗った男性だった。


「この子が僕の新しい天使ちゃんなんだね」

 天使……ちゃん?


 そんな言葉を今まで聞いたこともなければ、言っている人も見たことがない。

 私の背中にぞわぞわと気持ちの悪い何かが走る。


「んぎゃーーーー」


 心のそこから嫌で泣いたが、そんなことをおかまいなく母が優しく、その男性へと私を渡してしまった。

 その男性からはバラの柔らかい香りがした。


「怖がらせてごめんよ」」

 言われた言葉はちょっと引いてしまったが、声もイケメンで目を瞑って聞くとドキッとしてしまうような爽やかイケメンが顔を近づけて耳元で囁いてくるのはずるい。


 もしかしたら、結構年齢が上になってできた子供なのかもしれない。


「可愛いでしょ?」

「とっても、こんな可愛い天使ちゃんに最後に出会えた私の人生は幸せだった」


「あなた、そんなこと言わないの」

「でも……」


「ダメよ。今日はこの子が私たち二人の元に生まれてきてくれた記念すべき一日なのよ。あなたのそんな顔していたら、この子だってビックリしちゃうわ」


「それもそうだね。この子が生まれた日は笑顔以外いらないからね。君も頑張ってくれてありがとう。男の僕じゃ君が苦しんでいる間、祈ることしかできない役立たずだったからね」


「違うわよ。あなたが支えてくれたから、私は安心してこの子を産むことができたのよ。あなたがいなければこの子と出会うこともできなかったの」


「君の、そういう気遣いばかりしてくれるところが本当に愛おしい」

「私の方こそ、あなたはいつも私のことばかり考えてくれて嬉しいわ」


「そんなことないよ。僕はちゃんと仕事のことも考えているよ」


「えぇ知ってるわ。あなたが亡くなっても私たちが心配しないように色々手配してくれていることを。だけど、私はあなたがそれで寿命を短くするなら、あなたが亡くなってから苦労をするわ。あなたと少しでも長く生きていたいの。だから無理はしないで」


「いつも心配かけてごめん」

「いいのよ。あなたは私が面倒みないとダメな人なんだから」


 おーい。

 私、今日産まれたばかりなんですけど、お二人とも覚えてますかー?


 でも、どうやらお父さんの体調はあまり良くないようだ。

 たしかに、顔色を見てもあまりいい感じはしない。


 少し青白く、足は棒のように細くなっていた。あまり一人で歩き回るようなこともできていないようだ。


「なんだ車椅子が気になるのか?」

 車椅子は魔法の力で動くようになっているのか、お父さんが魔力を込めると車椅子が動き出した。


「キャッキャッ」

「私と踊って頂けますか?」


「ちょっとあなた」

 私は両手で抱かれたまま、そのまま車椅子に乗ってクルクルと回転する。


「キャッキャッ」

 これはすごい。

「もう……」


 お母さんが優しい声で緩やかなテンポの歌を歌い出す。

 それに合わせるかのようにお父さんもゆっくりと回転して踊っていく。


 まるで、そこは素敵なダンス会場のようになっていた。

 前世を含め生まれて初めてのダンスだったが、それはとても素敵な時間だったが、その時間はいきなり終わりを告げる。


「うっ……」

「あなた!」


「大丈夫。少しだけ発作が来ただけだ。すぐに治まる」


 だけど、顔色は青白さから土気色に変わり、呼吸の苦しさも無理に平静を装っている感じだった。


「ちょっと天使ちゃんの前でカッコ悪い姿は見せられないから、今日はここで失礼するよ。最後の姿は覚えてなくてもカッコイイ男でいたいんだ」

「あなた、バカなこと言わないの。あなたはまだ大丈夫よ」


「君はゆっくり母乳でもあげててくれ。あっ僕の分は……」

「「子供たちから嫌われるのはそういうところよ」」


 二人は打ち合わせしたかのように同じセリフをいいあった。

 きっと私の前に同じやり取りを何度もしてきたのだろう。


 お父さんは満面の笑みを浮かべながら、軽く手を振りそのまま部屋からでていった。

 扉がしまった瞬間、廊下から激しく咳き込む声が聞こえてきた。


 きっと、私のために我慢していたんだ。

「あの人は本当に……」


 私はまた母に優しく抱っこされると、口の中に乳房を咥えさせられる。

「まだあんまりでないかもだけどね。一番最初に咥えるものがお母さんのおっぱいだと将来にわたって食事に困らないっていう言い伝えがあるのよ」


 私は少しだけ恥ずかしくて母にニコッと笑いかけてから吸い付いた。

 すごく味が薄いけど、なぜか吸っていると過去のあの怖いことが溶けていくような安心感があった。


「むにゅ、にゅにゅにゅ」

「ごきげんに飲んでくれて嬉しいわ」


 母乳を飲みながらお父さんの病気のことを考えていた。

 なんとかいて回復薬を作ってあげられないだろうか?


 それもできるだけ早い方がいい気がする。

 あぁ、だけど本当に心地よい。


 柔らかい感触に包まれたまま、私は意識を手放した。

 母乳の甘い香りは私の壊れた心に安心感と優しさで包んでくれた。

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