第11話 立ちはだかる回復魔法協会!

 生まれてから30日が経った。

 毎日元気に手足を動かして、時々マッシュたちとラッキーも一緒に家の中をお散歩した。


 私たちが生活している場所以外、ランプの明かりが消されていたり、人が立ち入らない場所は埃だらけになっていたり、なかなか財政状況は厳しいようだ。


 ラッキーから今までどうやって生活していたのか色々聞きたかったけど、ラッキーはあまり教えてくれなかった。

 というか……。


『ごしゅじん様、好き!』


『ごしゅじん様、可愛い』


『ごしゅじん様、天才』


『ごしゅじん様、今日も笑顔が眩しい』


 とか、なんとか口を開くと褒める言葉しか言ってこないのだ。

 とんだプレイボーイならぬ、プレイフェンリルだ。


 本当にアホになってしまったのかと思うと、ごく稀に質問に答えてくれる時がある。

 私以外には、触られるのが嫌なのか厳しい表情をしている時もあるが、吠えたりはしたことがない。私が起きてる間、ずっと傍で優しい言葉を投げかけてくれる。


 なんか自己肯定感があがりそうだ。


 今日もマッシュたちと散歩に行こうとすると、父が部屋にやってきた。


 産後、お母さんの身体が元に戻るには6週間~8週間かかると言われていて、その間はずっと一緒にいられるので、今回のように急に父が入ってくることもしばしばだった。


 父は父ですぐに私を天使と呼び、母は女神と呼ぶ。


 ちょっと大丈夫かと思う時もあるけど、父は死を覚悟した時に好きな人には好きだと伝えようと思ったらしい。天使や女神は過剰だと思ってしまうけど、子供を愛するのに上限はないし今のうちだけだと思うので諦めている。


 そんな明るいお父さんだったけど、今日はかなり慌てているようだった。


「マリア、大変なことになった」

「どうしたの? いつも落ち着いているあなたが珍しいわね」


 お父さんのいつもきっちり整えられた前髪が少し乱れ、顔には疲れが見えていた。


「産後の動けない君に心配はかけたくなかったんだけど、知恵を貸して欲しいんだ」

「いいわよ。私もここで安静にしているのに退屈になっていたところだもの」


「最近厄災の魔物たちの動きがおかしいのは知っているだろ?」

「えぇ、消えたり暴れたり、移動したりしているんでしょ?」


 厄災の魔物という単語がでてきて私はドキッとした。

 その原因の一部がここにいる私だなんて、絶対に口が裂けても言えない。


「それで、その対策として大量の食料を提供するようにと命令がでたんだ」

「食料って……。だって、昨年の飢饉だってなんとか乗り越えたのよ。今のうちの経済状況を王様も知っているでしょ?」


「王様は助け船をだしてくれたんだけど、回復魔法協会は世界を守るために公爵家の力を見せる時だと言って譲らないんだ」


「具体的にはどれくらいの量なの?」

「豚と牛あわせて2000頭。そんなのを領民からいきなり集めたら生活できなくなる人もでてくる。回復魔法協会はこれを理由に僕たちの土地と力を少しでも削りたいんだろう」


 またしてもでてきた回復魔法協会。

 私の中で怒りが沸々と湧いてくる。

 なんでそんな理不尽な目にばかり合わなければいけないのだ。


「ださなければどうなるの?」

「一部の土地と引き換えに免除してやると言われている」


「その場所ってもしかして……」

「あぁうちの最大の収入源の金山だよ」


「どう考えても無理な注文ね」

「あぁ、でもなんとかしないと。ごめんね。こんな愚痴を言っても変わらないんだけど」


「ふんがあ!」

 あまりに怒り過ぎて子供らしからぬ可愛くない声がでてくる。


「サーシャも怒ってくれるのか。ありがとうね。お父さんが必ずなんとかするから」

 お父さんはせっかく病気が治ったというのに、また少しやつれた顔をしている。


 できればなんとかしてあげたい。

 そして回復魔法協会に一泡吹かせてやりたい。

 でも、私には無力だ。何にもできないことに大声で泣きたくなってくる。


「おぎゃあああああああ!」

『ごしゅじん様、牛と豚が必要なの?』


 私が感情のコントロールができず大声でなくとすぐに声をかけてきたのはラッキーだった。


「ばぶっ」

『それなら任せて、いっぱいいるところ知ってるんだ』


 ラッキーは嬉しそうに尻尾を振る。

 私は少し悩む。これをいったいどうやって伝えたらいいのだろう。

 沢山、牛と豚がいたとしても、それを盗んで来ては、結局領民を困らせることになるのだ。


「だぁ、だぁ」

『誰も持ち主なんていないよ。だって僕があの囲いの中で管理していたんだもん』


 囲いの中で管理?

 ラッキーがいた場所と言えば人がほとんど立ち入ることを禁じられた魔法障壁の中だ。


 その中で育った牛や豚なら誰の物でもないけど、だけどそれを連れてくる手段も方法もない。

 それに、その場所までどれくらいの距離があるのかも私にはわからない。


『ごしゅじん様、一言ラッキー可愛いって言ってなでてください』

 ん? どういうことだろ?


「ばぶっ」

 私はわけもわからないまま、言われた通りにする。


 ラッキーが頭を私の方へと持ってきたので両手で頭を抱えると思いっきりぎゅーとしてナデナデしてあげる。これはむしろ私のご褒美だ。ラッキー大好きだよ。


 ラッキーは満足すると部屋から飛び出し、中庭にでると大きな声で遠吠えをしたかと思うと、すぐにスタスタと戻ってきた。


「今のはなんだったんだ?」

「わからないわね。ストレスでも溜まっていたのかしら」


 私は戻ってきたラッキーの頭をいっぱいなでてやる。

 あの遠吠えで何か変わるとは思えないけど、何かしてくれる気持ちが嬉しかった。


 ラッキー大好きだよ。

 両親の難しい話し合いは夜まで続いたけど、私は途中で母乳を飲んで寝てしまった。

 そして翌日の夕方、公爵家の庭は大変なことになった。

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