第38話 願わなければ叶わない

「だーう」

『ご主人様、今日も天使に磨きがかかってますね』


 ラッキーは通常通り、アホモードだった。

 今、私の部屋の中はいつになく憂鬱な空気が流れていた。


 ハッピーと会ったあの日から5日たち私たちは外出禁止を言い渡されて部屋の中にほぼ軟禁されている。


 言うことを聞かなかったという理由で隣国の王子まで閉じ込めるお母さんは、肝っ玉が据わっているというか、なんというか。


 お母さんが言うには今日、新しい家庭教師兼護衛の人が来るらしい。

 色白でとてつもなく腕が立つ人らしくて、言うことを聞かない場合には殴ってもいいと言ってあるらしい。


「なぁマッシュ、新しい護衛のことなんだけど」

「なんだよ、ギル」


「俺たちが協力して立ち向かえば追い出せるんじゃないか」

「だから、それは話し合っただろ。そんなことしたらお母さんは意地になってさらにヤバい人を連れてくるだけだって。ギルはまだいいじゃないか。家に帰れるんだから」


「そうだよ。僕なんて一応隣国の王子なのに軟禁されているんだよ。そんなのお父さんが知ったら、病気でも飛んで来ちゃいそうだよ」

「あなたたち男の子なんだから現実を受け入れなさいよ。気に入らない奴だったら私がやってやるわ。もうボコボコにしてやるんだから」


「お姉ちゃん……」

「マーガレット」

「マーガレットお姉さん」


 マーガレットもだいぶストレスが溜まっているようだった。

 それもそのはずだろう。今までも部屋で遊んでいたことに違いはないけど、自由にでていいと言われているのと、部屋から出るなと言われているのでは心理的なプレッシャーが違う。


 特に、今まで自由奔放に生きて来たお姉ちゃんにとってはすごいストレスのようだ。監視が入ると魔法の練習なども自由にできなくなってしまう。


「やっぱり入って来た瞬間に火の鳥をぶつけてやって、どっちが上なのかをわからせてあげるべきかな?」

「ダメだって」


 そこへ扉をノックする音が聞こえてきた。

 廊下の方から声が聞こえてくる。


「失礼します。今日からお世話になります。護衛兼指導係のハッピ・ドラゴネス・フランクトンです」


「どうぞ」

「お姉ちゃんダメだって」


 扉が開いた瞬間に、マーガレットが作った火の鳥が入って来た男性へと飛んで行く。

 護衛と名乗るくらいであれば対応できるレベルかもしれないけど、素人相手ではかなり危険に思えるくらいの火力があった。


「危ない!」

 マッシュたちが止めようとするも、マーガレットの火の鳥は止まることはなく男性の顔へと一直線で進んでいき……火の鳥はその人の周りをぐるりと回ると、彼の肩へと止まってしまった。


「マーガレットさん、いい魔法ですね。でも、これだと造形がよろしくない。魔法は芸術ですから、もう少し細部にこだわることができたら花丸あげます。例えばこんな感じですね」


 男が片手で鳥の前にだすと、そこへ飛び乗ったかと思うと、大きな炎の鳥へと一瞬で進化してしまった。

 彼が窓を開けて、鳥を外へと放つとそのまま大空へ羽ばたいていく。

 その姿はまるで本物の火の鳥のようだった。


「改めまして、護衛兼指導係のハッピ・ドラゴネス・フランクトンです。できることは限られていますが、一緒に楽しい時間を過ごせればと思います。気軽にハッピーとお呼びください」

「だう?」


 ハッピー? ずいぶん変わった名前だ。


「すごいわ。今のどうやったの?」

「マーガレットさん、その知的好奇心があることは褒めてあげます。ただ、あれが私じゃなかったら怪我をしてしまっていました。怪我をしなかったからいいではありません。危害を加える側は、常に危害を加えられる覚悟を持ってください」


「わかりました。ごめんなさい」

「いいでしょう。でこぴんで許してあげます」


 マーガレットのおでこから、かなり派手めな音がする。

 あれはかなり痛そうだ。


「みなさんこんなに小さいのに魔法妖精と仲良くなれていてすごいですね。さすが高貴な方々は違いますね。そこにいるワンワンもなかなか立派な犬ですね。よーし、よしよし」

「それはラッキーだよ。サーシャの犬なんだ」


『黙れ、クソ狐。せっかく戻ってきたのに調子に乗ってるとその首かっきるぞ』

「だぅ?」


 ラッキーは顔をあげずに文句を言っている。

 戻ってきた?


『ごしゅじん様、わからない顔のごしゅじん様も可愛いです。そいつハッピーですよ。どうやったのかわかりませんが、人に変身してわざわざやってきたようです』

「サーシャ様、あなたをお守りすることを大変光栄に思っています。なにか必要なことがあればなんでもお申しつけください」

「あっーあー」


 ハッピーは私の手を軽く握ると上下にゆっくりと振る。

 ハッピーの目からは優しい涙が一粒こぼれ落ちたが、それを他の子たちに悟られないようにさっと拭くと、マッシュたちの方へと向き直った。


「いきなり君たちの護衛と言われて困惑しているかもしれないけど、実力は先ほどの通りです。先にこちらの要求をいいます。自力でも私を使ってでも成果をだしてくれるなら、勉強、習い事、剣術……すべてを強制するつもりはありません」


「そんなの家庭教師なのに意味ないじゃん」


「あなたたちは人の上にたつ人間ですから、最初に伝えておきますが、努力をしたからといって夢を叶えられるとは限りませんが、夢を叶えてきた人間というのは、間違いなく他の人以上に努力をしています。まずは自分が成りたい人をイメージしてそれに向かって努力をするんです」


「成りたい人になんてなれるわけないだろ」

「俺たちは王の子だったり貴族の子の運命なんて決まってる」


「そうよ」

「可哀想に。今までそう教えてこられたんですね。どんな運命だろうと、それを受け入れその場所で戦うしかありません。なりたい自分を知らなければなりたいものにもなれませんから」


「えっ、じゃあサーシャ様と結婚もできる?」

「それが叶うかはわかりませんが、少なくともサーシャ様があなたのことを好きになるように努力もせず、運に任せているよりは何倍も良いと思いますよ」


「願わなければ叶わないってことか」

「そういうことです。好きな人には好きっていいましょう。強くなりたいなら強くなりたいと願いましょう。まずは、あなたたちの欲望を明確にしましょう」


「俺は、サーシャを守れる兄貴でいたい」

「私はサーシャに頼られるお姉ちゃんでいたい」


「サーシャ護衛団を作る」

「僕はサーシャ様と結婚する」


「あなたたち……最高ね! サーシャ様のことをそこまで思っているなんて、教師としてあなたたちを最高の戦士に育ててあげましょう」


 盛り上がっているところ悪いんだけど、この部屋の中で私だけこのノリについていけないのはどうしたらいいんだろう。


『本当にバカばかりで困りますね。ごしゅじん様の可愛さに今頃気がつくなんて』

「だーう」

 ラッキーも安定のアホになったままだった。


「それでは、まずは剣術の基本から教えますが、課題をクリアできればその後は自分の将来のために時間を使って大丈夫です。それでは庭へ移動しましょう」


 ハッピーの課題はもちろん簡単にクリアできるものではなく、相当しごかれていたけど、すごく楽しそうだった。


 本当にやりたい夢や目標を明確化することは、より困難なことに立ち向かわせる勇気と力を与えてくれるらしい。それにしても、ハッピーはずっと石化していたはずなのに、どこでそんな知識を手に入れたのだろう?

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