第9話 公爵令嬢農民を目指す

 私は先を知りたいような知りたくないような気持ちのまま、たいして濡れていないおむつを交換してもらってから、マーガレットに続きを読んでもらう。




「魔女は言います。私が死んでも呪いは残り魔獣たちがお前たちを襲い続けるだろう。そして世界中を支配していた人間たちの領土は半分以下になってしまいました。でも、その時、世界を救うために回復魔法使い12人が立ち上がったのです」




 神様は私に何をさせたいのだろう。


 この絵本の主人公は前世の私だ。それも史上最悪の悪女として描かれている。




 私の横でラッキーは大あくびをしながら退屈そうにしているけど、今考えるとラッキーが来た時、『魔獣王フェンリル様だ』とかなんとか言っていた。




 あの時は通り名みたいなものを名乗っただけなのかななんて甘く考えていた。


 たけど、違う。こんなに可愛いのに世界を苦しめる厄災の魔物の一匹だったんだ。


 なんでこんな話になっているのかは後でラッキーに聞くとして、問題はラッキーよりも私だ。




「こうして、魔法障壁によって世界は守られました。おしまい、おしまい。これがこの世界の成り立ちだって言われているのよ。厄災の魔物は本当に怖い存在なのよ。ここ最近は大人しくなっているけどね。この近くにも大人しいけど、魔獣王フェンリルっていう凶暴な魔物がいるの。でも大丈夫よ。マッシュもサーシャも私が守ってあげるから」




「んぎゃ」




 お姉ちゃん……多分その魔獣王フェンリルっていうのが私のラッキーです。


 なんでそんなことになったのかわからないけど、ごめんなさい!!




 ラッキーはまったく聞こえていないフリをしているが、あとでしっかり話を聞かせてもらうからね!




「ばぶっ!」




 ラッキー、寝たふりしてるのわかってるんだからね。


 普段なら、私が声をかければ必ず反応してくれるのにラッキーは完全に聞かなかったことにしていた。いつもならパタパタと動かしている尻尾も動かしていないので間違いなく確信犯だ。




「悪女レティには多くの隠れ信者がいるそうなのよ。それが厄災の魔物たちを守っていたり支援しているって言うんだから本当に怖いわよね」


「ばゃああー」




「あら、この話を気に入ったの? それなら今度お父さんに言って吟遊詩人の歌もあるから聞いてみるといいわ」




 いや、悲鳴あげてたんです!




 吟遊詩人……あんな奴らは物語を面白くするためなら、子ネズミくらいの話を大クジラくらいまで話を平気で膨らませる。何もしていない私が悪女にするくらいなんとも思わない奴らだ。




 それに回復魔法協会。


 私を襲って誘拐した奴はそう言っていた。




 今回の人生でも私の前に立ちはだかるのか。


 絶対に私がレティの記憶を持っていることはバレちゃダメだ。




 もし、私に記憶があることがわかったら、あの時よりも酷い目にあうのは間違いない。


 しかも、世界を守っている回復魔法協会と公爵家では、いくら私が権力を手にいれたとしても戦って勝ち目があるわけがない。




 私は今回の人生をどう生きるか決めた。


 権力なんて放棄して、静かに暮らそう。




 私が公爵家に生まれたのは権力を持たせるためじゃなくて、田舎でのんびりスローライフを送らせる準備をさせるために違いない。




 傷ついている人がいるならもちろん助けたい。だけどそのために私の周りが傷つくのは嫌だ。


 それに元々が田舎出身の私が権力を握ったとしても、悪い奴にいいように使われて終わる未来くらいしか想像できない。




 それなら、今回こそラッキーたちモフモフに囲まれて田舎で暮らすのだ。


 晴れた日には畑を耕して、雨の日には家で美味しいお茶を飲みながら本を読むの。




 暑い日には、庭に水をまいて小さな虹を作って、寒い日には温かい暖炉の前でうたた寝する。


 それで時々、公爵家の家族に庭で採れた美味しい野菜やこっそり回復薬を送るの。




 お薬はマッシュに売ってもらえばマッシュの手柄にもなるし、この世界なら交渉にも使えるはず。大規模にやらなければきっと大丈夫よね。




 私は田舎でのんびり公爵令嬢を目指すわ。


 私だったらみんなの分のご飯も野菜も作れるし、きっとラッキーも手伝ってくれる。


 それに野菜を作っていれば、公爵家が没落した後で、お金が無くても生きていくことはできるわ。




 お父さんもお母さんも贅沢ばかりできっと生活力とかなさそうだしね。


 私が公爵家農家として支えてあげればいいんだわ。




「ばぶっ」


 私が声をあげるとすぐに寝台のところへ顔をだしてくれ、尻尾を大げさに振ってくる。




『ごしゅじん様が楽しそうだとラッキーも嬉しいです。今日も天使様ですね』


 ラッキーはアホなのかなってたまに思う。




「キャッキャッ」


 後で詳しい話を聞かせてね。




 私は動きにくい手でラッキーの首筋を撫でながらしっかりと伝える。


 目線をそらし、なんのことかわかりませんとしらを切るラッキーの尻尾は残念なくらいだらんとして、その感情を素直にあらわしていた。




 できる限り情報は知っていた方がいい。




「絵本も読んであげたし、そろそお昼寝しなさい」




 寝台に寝かされたまま、マーガレットは私の胸の上に軽く手を添えると、優しくとんとんしてくれる。




 リズムがとっても心地よくでまどろみへと落ちていく。




 マーガレットは思っていた以上に優しい……。


 マッシュとの間に何があったのだろう?




 いつか二人が仲良くなってくれると。


 私はそのまま意識を手放した。

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