第5話 夜中にやってきたお兄ちゃんと暗躍してみよう
優しい香りに包まれてウトウトしていると、辺りはすっかりと暗くなり、私は子供用の寝台へと運ばれていた。
お腹はそれほど空いていないんだけど、ちょっとそのお尻の辺りが生暖かい。
泣くべきか、泣かぬべきか、それが問題だ。
お母さんはすぐ近くで寝ているが、私を産んだことですっかり疲れているようだ。
私のために起こしてしまうのは申し訳ないな。
寝返りをうとうとしても、まださすがに難しいし、だけど暇だな。
そこへ部屋の扉がゆっくり開く。
「母さん?」
そこにいたのは5歳くらいの男の子だった。
彼の肩には小さな銀郎ハムスターが乗っている。
銀郎ハムスターは私が死ぬ前も貴族の間で人気の魔物だった。
非常に頭が良くて、人の言葉を理解すると言われている。
おまけに手先が器用で木の枝などを籠の中に入れておくと、自分で家を建てたりもするらしい。
「まだ起きてないか……。おっお前がサーシャだな。お前は俺の妹になるらしいじゃん。よろしくな。あっえっとそうだ。色々教えてやらないといけないんだった。お父さんの名前がブライアン・ベネディクト、母さんの名前がマリア・ベネディクト、それで僕がマッシュだよ。あとお姉ちゃんが一人いるけど、俺苦手なんだ」
うん。兄よありがとう。
絶対に全員の名前聞いても忘れるわ。
というか、生まれた日の夜中に忍び込んでいきなり姉との不仲を妹に打ち明けないで欲しい。私に何をしろと?
「あっこの子はギンジ。カッコいいでしょ? 僕の唯一の友達なんだ」
『よろしくな。お前の方が後から来たんだからでかい顔するなよ?』
「んぎゃ」
魔物がしゃべった。やっぱり貴族の魔物は特別なのだろうか?
さすがマッシュは全然平気そうだ。
『こいつの姉は厳しくてな。こいつこんなんだけど優しいから姉に強く言えないんだよ。だから、お前は早く大きなって助けてやってくれよ』
私は大きく頷き、慣れない手を使ってサムズアップする。
『お前、俺の言葉がわかるのか?』
私はもう一度大きく頷く。
『おい、マッシュこいつもお前と同じテイマーの素質があるぞ』
「ギンジ、そんなことあるわけないだろ。それでなくても君が話すのだって誰も信じてくれないんだから」
『わかった。よし、サーシャ右手を上げろ』
「そんなわけ……上げてる! いやきっと偶然だって」
『そのまま右足を上げろ』
私はそのまま右足を……できるか! 生まれて数時間だぞ!
「んぎゃああ」
私は短く母が起きないように抗議の声をあげる。
『そりゃできねよな。生まれたばかりだし』
「本当に言葉を理解してるの?」
マッシュが少しだけ怯えた目をしながら私を見つめてくる。
あれ、これって実は隠しておいた方がいいんじゃないだろうか?
今からでも誤魔化せるだろうか。
そうそう、たまたま偶然生まれだばかりの子供が指示に従ったり……。
「いい、サーシャ。それは絶対に僕以外にバレちゃダメだよ」
私はその言葉にそのまま頷く。
きっとマッシュはギンジと話せるテイマーの才能があったせいで、かなりの苦労をしてきたのだろう。
だから、私にこんなことを言ってくれるんだ。
単純な私はその時点でマッシュのことが大好きになっていた。
「何かして欲しいことある?」
兄に……だけど気持ち悪い。
私が恥ずかしながら股の間を示すと、すぐに察してくれ侍女の方を呼んで来てくれた。
今さらだけど、この家はお金持ちのようだ。
部屋も広いし、見たことない調度品が沢山ある。
私はなされるがまま交換してもらい終わるのを待って、マッシュが戻って来た。
「さっぱりした?」
「んぎゃ」
「なにかあれば何でも言うんだよ」
「んぎゃ」
私は父のことが知りたいとマッシュに尋ねるが、私の口からでてくるのはんぎゃだけだった。なんとも難しい。
『マッシュ、こいつ父親のこと知りたいみたいだぜ』
「なんでギンジはそんなことわかるんだよ?」
『そりゃそうだろ。魔物と人は言葉の伝達が違うだろ?』
どうやら、ギンジには私が伝えたいと思ったことを伝えることができるようだ。
ギンジカッコいいな。
あと、こいつじゃなくてサーシャね。
『サーシャがギンジカッコいいって』
「そうか。ギンジがもう手なづけられているなんて、すごい面白い。いや、面白いのはお父さんのことじゃないよ。お父さんはとてもよく冗談言って滑るし。いや、それは置いといてお父さんのことだね」
マッシュが教えてくれた話によると、お父さんは魔法肺炎という病気にかかったとのことだった。
魔法肺炎は魔力が肺に溜まることで発症して、徐々に呼吸が苦しくなることで移動も辛くなっていく。だけど、私がいた時にはとっくに治療方法が確立されていたはずだった。
足の方の脱力に効く薬も出来上がっていたはずだ。
もしかしたら、ここは私が知っている世界とは別の可能性もある。
まぁ、わからないことを考えても仕方がないけど。
「んぎゃ」
ギンジに治療薬が作れることを伝える。
とりあえずお父さんを助けられるなら助けてあげたい。
ちょっと引いたけど、でも私を愛してくれているのはすごく伝わってきたし。
『治療薬作れるって言ってるぜ』
「本当に?」
「何? サーシャ起きたにゅ?」
マッシュは咄嗟に私の寝台の影に隠れて息をひそめる。
母さんは一瞬顔を上げたが、私が泣いていないことを確認すると、またすぐに眠りについてしまった。
『マッシュ声がでかいよ』
「ごめん」
つい、私まで寝たふりをしてしまったが、別に私は寝たふりしなくても問題なかった。でも、不用意な動きはできるだけ気をつけないといけない。
「んぎゃ」
『おんぶしてくれってさ。回復薬を作りに行くって……まじか?』
魔法肺炎はそれほど難しくない回復薬で治すことができる。
ただ、病気が長引けば長引くほど体力は落ちるし、回復するのも難しくなっていく。
私はお父さんの今日会った時の顔色が心配だった。
「さすが僕の妹。そうと決まれば善は急げだ」
『おい、魔物の俺が言うことじゃないけど、生まれたての子供を背負うバカがどこにいるんだよ』
「んぎゃ」
『サーシャもマッシュに食堂に行けとかサクッと命令するな』
「食堂だね。任せて」
『あぁ、俺はもう止めたかんな。どうなっても知らねぇぞ』
マッシュは私を優しく抱きしめると、ギンジが落ちないようにタオルで私の身体を括り付けてくれた。マッシュの身体も大人とは違ってプニプニして柔らかい。
「んぎゃ」
『はいはい、レッツゴー』
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