第21話 ギルバート(第二王子)視点 俺はこの子のために生きよう

 ギルバート(第二王子)視点


 ベネディクト家に新しい子供が生まれた。

 そんなことを聞いても、俺の心はまったく興味がなかった。


 生まれた時から俺は兄のスペアで、どんなにいい成果をだしても3歳離れていた兄と比べられ、兄がいかに優秀なのかを説かれる人生だった。


 現在6歳の俺は5歳の時には魔法を使えるようになり、そのスピードは兄よりも三カ月早かった。

 だけど、その時に言われたのは俺の予想外の言葉だった。


「お兄様はその倍の大きさの魔法を使われていましたよ。早ければいいというわけではありません。しっかりと魔力を練って強くなければいけないのです」


 誰も俺が兄より先に魔法を使えるようになったことを喜んでくれる人はいなかった。

 むしろ、いかに兄よりもダメなのかを強調してくるばかりだった。


 第二王子なんて、所詮スペアでしかないのだ。

 スペアは継承順位が一位にならなければ優秀である必要はないのだ。


 でも、そんな中でお父さんだけは俺のことを気にかけてくれていた。

 父も次男で、長男が亡くなるまでずっとないがしろにされてきたらしい。


 そんな時に支えてくれていたのが、幼馴染のベネディクト公爵家の当主ブライアン公爵だったそうだ。

 だから、今回も子供が生まれたというのを理由に学校だった兄を置いて俺を連れ出してくれた。


 滅多にないけどお父さんとでかけるのは好きだ。

 お父さんは俺のことを否定しないし、なんでも話を聞いてくれる。


 馬車での移動の時だけが俺の何よりの楽しみだった。

 ベネディクト公爵家に行くのは俺にとってはおまけでしかなかった。


 何度か会ったことのあるマッシュは生意気だし、姉のマーガレットは何を考えているのかわからない。

 お父さんと一緒にいられないなら、こんなクソつまらないところに一緒に来る理由なんてなかった。


 それにこいつらも、俺のことを完全に舐めている。

 俺が第二王子だというのに、まったく尊敬するようなそぶりも見せない。


 だけど、唯一新しく生まれた子供は可愛かった。

 名前はサーシャと言うらしい。


 普段人に触れることなんてなかったから、赤ちゃんのプニプニした感触がとても気持ち良かった。お父さんたちは別室で話があると出て行ったので、俺は作っていた笑顔を消す。


 こいつらに愛想笑いなんてもったいなことはしない。

 お父さんと一緒にいられなければこんなガキっぽい奴らと一緒にいる理由なんてないのだ。


「おい、マッシュ何か面白い話をしろよ」

「ない」


「なんでお前はいつもそんな態度なんだよ。俺は未来の王様候補だぞ」

「ない」


 なんとも生意気な奴だ。

 幼馴染でありながら、こいつはいつも俺に歯向かう。


 俺にまるで興味がないかのように本へと目を向けたままだった。

 なんで俺は、こんな奴にまで馬鹿にされなきゃいけないんだ。


「お前は俺のこと敬うようになるんだぞ」

 つい、サーシャのほっぺたを触っていた手に力が入ってしまい、驚いたサーシャが泣きだしてしまった


「んぎゃ」

「ギルバート、妹から離れろ」


「チュー」

「ガルル」


「だぁだー」

 マッシュと近くにいた狼犬が声に反応して俺へ敵意をあらわしてきた。


 俺はいつもそうだ。

 別に誰も傷つけるつもりもないし、むしろ上手くやりたいのに誰も俺の言うことなんて聞いてくれない


 俺の兄貴は俺のことなんて守ってもくれない。

 誰も、俺の気持ちなんてわかってくれないんだ。

 それなら、そんなに妹が大事だっていうなら命をかけて守ってみればいいじゃないか。


「なんだよ。お前までそんなに妹が大事なのかよ。それなら守ってみろよ。アイスブレイク」

 感情に任せて魔法を唱える。


 あっでもダメだ。魔法を使えないマッシュを殺してしまうかもしれない。


 唱えてから急に冷静になって怖くなった。

 だけど、俺の魔法は怒りに反応して過去最大の力を発揮している。


 感情が魔法を強化しているのだ。

 両手から鋭く尖った氷の刃がマッシュへと向かう。


 あっもうこれで俺は後戻りできなくなった。

 いや、これでいいんだ。俺は人を殺した王候補として、幽閉されて一生を過ごすのだ。


 それでいい。どうせ誰も俺の気持ちをわかってくれないなら、どこで過ごそうと変わらない。

 死んだように生きるのも、死んでいるのも変わりはしないのだ。


 だけど、現実はマッシュを狼犬が庇い、マッシュはかすり傷すらおっていなかった。

 それどころか、狼犬は俺の魔法をくらったというのに、すっと起き上がるとマッシュとマーガレットを助け、すぐにサーシャを守れるように移動していた。


「その狼犬いいな。俺によこせ。俺のペットにしてやる」

 生まれたばかりのサーシャには守ってくれる兄に、ペットまでいてなんでこんなに恵まれているんだと思った。


 俺の周りにいる人間なんて誰も俺を気にもしてくれない。


「お前には扱いきれないよ」

「なんでお前まで俺を馬鹿にするんだよ。俺だって最年少で氷魔法まで使えるようになっているのに。みんな兄さん、兄さん、兄さん。第二王子なのがそんなにダメなのか」


 お前には扱いきれない。なんてここに来てまで言われなきゃいけないんだ。

 俺だって頑張っているのだ。


 無理かどうかなんてせめて挑戦させてくれてからだっていいじゃないか。

 じゃあ俺はなんで生まれてきたっていうんだ。


 ただのスペアでしかないなら、スペアの俺には兄貴が死ななければ価値がないってことじゃないか。


「だぁ」

「わん」


「だぁあ?」

「わん、わーん」


 目の前で赤子と狼犬がまるで何か話をしているよう見えた。

 そんなわけはない。


 だけど、次の瞬間まるで奇跡のようなことが起きた。

 寝台に寝ていたサーシャが空中へと浮き、俺の目の前までやってくると、俺の頭を優しく撫でて抱きしめてきたのだ。


「いこ、いいこ」

「あっ……あぁー!! 俺になんて優しくしないでくれ。俺は、マッシュを氷で攻撃したんだぞ」

「だぁ、ひゃいひゃい」


 ダメだ。そんなことをされたら……。そんな笑顔で俺に優しくなんてされたら、また期待してしまうじゃないか。


 どうせ誰も俺を助けてはくれないと思っていたのに。

 俺はここでもう人生を終わりにしようと思っていたのに。


 俺のただのわがままな性格を見抜いたかのように。

 サーシャはまるで天使のようだった。


 どんな魔法を使ったのかはわからない。だけど、俺は天の奇跡を目撃させられていた。

 赤ちゃんが自然とベッドから飛び出し、俺の頭を撫でていい子、いい子と言ったのだ。


 まだ話せる時期でもないないのに。

 そうか、きっとこの子は生まれた瞬間から周りの人間を愛しているのだ。


 俺は愛されたくてしかたがなかった。

 誰かに愛しているって言って欲しかった。


 だけど、本当は逆なのだ。

 俺が周りを愛さなければ、愛してもらうことはできないのだ。


 すべては俺がバカだった。早く大人になりたくて、早く兄に追いつきたくて、周りに愛されないことばかり嘆いていた。


 俺はこの子のようになろう。

 俺のような馬鹿を認めてくれたこの天使を二度と傷つけるようなことはしない。


 この天使を生涯かけて守ろう。きっとその為に生まれてきたんだ。

 俺は、この日6歳にしてもう一度生まれ変わった。


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