第15話 悪は報いを受ける。回復術師協会の幹部魔獣王に会う

 ベネディクト家に無理難題をいい放ったサルザスとその護衛ノッパルは馬車で帰宅の途についていた。




「あのクソ公爵め。さっさと俺の言う通りにすればいいのに、ごねやがって」


 サルザスは回復魔法協会の本部でも序列五位の大幹部だった。




 情報操作で世界的に権力を持つようになった回復魔法協会では一国の公爵くらいなら黙らせるだけの権力を握っていた。




 レティを殺してしまったことを発端とした魔物の大暴走を自分たちの手柄とし、嘘に嘘を重ね、さらに回復薬の原材料となる物の流通量をなくし、徐々に回復魔法を使わなければ助からないと人を洗脳してきた結果、絶大なる権力を持つようになっていた。




 病気は根本治療をしなければ、何度でも治療と称してお金を巻き上げることができるし、恩を売ることができる。




「本当にムカつく野郎だ! いくら金をふんだくってやってもいくらでも準備しやがる。どれだけ貯め込んでやがんだ。絶対破滅させて笑ってやるからな」


 サルザスは対面に座った護衛ノッパルの足をずっと蹴り続けていた。




「サルザス様、あの……」


「なんだよ。人が蹴り飛ばしているのに何か文句があるのか?」




「もうちょっと上を蹴って頂いた方がいいです」


「お前も死ね!」




 さらにサルザスは強く蹴り続ける。




「俺はいずれ世界を手に入れるのだ。そのためにはもっと金がいる。お前のような無能だとわかっていても、剣の腕だけは一流だから側に置いてやっているんだ。ありがたく思え」


「ありがとうございます」




 怒りに任せてノッパルを蹴り飛ばしていると、「ヒヒン」と馬が大きな鳴き声をあげ急に止まってしまった。




 まだ街からはだいぶ遠い、場所としてはギリギリベネディクト領内だが王都まで折り返しを過ぎた辺りだった。




「どうしたんだ? お前まで私を馬鹿にするのか! 帰ったら反逆罪で死刑にするぞ」


 馬車の中から怒声が飛ぶが、御者からの返事はない。


 窓を開けて怒鳴りつけると、馬の縄は切れて逃げ出し、御者が走っていく背中が見えた。




「うわぁぁぁ、助けてください!」


 御者の声は段々と遠くへ消えていく。




「ふざけるな。絶対に許さないかなら」


「サルザス、黙ってろ」




 ノッパルが剣を抜き、サルザスの抱えながら馬車から飛び出す。




『感がいいじゃないか。嫌いじゃないぞ』




 サルザスの目の前にいたのは人の三倍はあろうかと思われる大きさの魔獣王フェンリルだった。姿を消したと思われていたはずの魔獣がなんでこんなところにいるのか、サルザスにもノッパルにも理解できなかった。




 ただわかっていることは、魔獣がベネディクト領内を自由に闊歩しているということだった。魔獣が消えたのは魔力障壁を乗り越えてきていたのだ。




 世界中の魔獣を抑えていることで、回復魔法協会の威厳が保たれているのに、その障壁が破られているとなったら、信用は一気にガタ落ちになる。




「ノッパル、何をやってる! 今すぐ殺せ!」


『ガルルル! できるものならやってみろ』




 魔獣が唸ると欠けた歯が見える。


 それは世界を恐怖に陥れた魔獣王フェンリルの特徴だった。


 ノッパルがサルザスを投げ飛ばし、両手で剣を構える。




「一度伝説の魔獣と戦ってみたかったんだ。いくぞ!」


 ラッキーがノッパルを前脚で軽く弾くと、そのまま馬車へと叩きつけられて動かなくなってしまった。




『こんなものか』


「お願いします。お助けください」




『お前たちは過去の出来事から何も学んでいない』


『ラッキーさん、こいつに何を言っても無駄ですよ。どうせ俺たちの声はわからない』




『馬の切り離しご苦労。それもそうだな。ごしゅじん様もいないし、少しだけ本気をだす。ギンジ離れるなよ』


『絶対離れません』


「ワォーーーン! ワン! ワン!」




 ラッキーが何度か吠えると、晴れ渡っていた空は真っ黒い雲に覆われ、急に冷たい風が吹いて来たかと思うと、サルザスの身体が空中へと持ち上げられ、急に落下する。




「ひゃぁぁぁぁ。死ぬ」


 サルザスの身体全体に衝撃が走り、呼吸ができなくなる。




「くるじぃ……タスケテ」


『お前は回復魔法使えるのだろう? 使えばいいじゃないか!』




 大声で吠えると今度は辺りに雷が降り注ぎ、サルザスの身体は全身が真っ黒になる。


 サルザスは自分へと回復魔法をかける。




 かなりゆっくりではあるが痛みが引いていくのを感じていたが、魔獣はそれが回復するのを待っていたようだった。




『お前らは絶対にやってはいけないことをした。それは私のごしゅじん様を泣かせたことだ!』


『結構頻繁に泣いてますよ!?』




 魔獣が尻尾を振ると、空から氷の塊が辺り一面に降り注いでくる。服がなくなったサルザスの身体を守るものはなく、全身をボコボコにされ赤や青の染みができていく。




「ごめんなさい」


『お前が来るたびに私たちが歓迎してやるからな。何度でも来るがいい』




 サルザスの乗って来た馬車は破壊され、着る服はなくなり、裸で王都まで帰ることになった。だが、サルザスの事件は大きなニュースとして報じられることはなかった。




 魔獣が解き放たれたことを公表すれば、回復魔法協会の威厳が失墜するとサルザスは追放されすべてが闇に葬られることになった。




 だが、このことが回復魔法協会の崩壊の序章へと繋がっていく。

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