第32話 マーガレット(サーシャ姉)視点
サーシャ姉マーガレット視点
私の妹サーシャは何かおかしい。
弟のマッシュは銀色ハムスターと会話ができると言い出し、それだけでも私は嫌だった。
公爵家は嫌でも世間から注目を浴びる。
私の侍女もそんな弟の悪口を言っていた。
もちろん、そんなこと言う奴を雇ってる余裕なんてないから、すぐに首にしてもらった。だけど、その時のことをマッシュに見られてからずっと避けられていた。
きっと私も一緒になって悪口を言っていたと思っていたのだろう。
元々無口だった弟はそれ以来、私をさらに避けるようになった。
なんとか、弟を励まそうと色々としたけど、それらはすべて逆効果になっていった。
でも、それは私だけじゃなかったと思う。
お父さんも、マッシュも、この家全体的に上手くいかない空気になっていた。
病気が原因でいつも暗い表情で自分が死んだ後の処理をし続けるお父さん、唯一の友達は銀色ハムスターだけで、引きこもりがちで無口な弟、そんな状況をどうにかしたいと思っても何もできない私。
サーシャを妊娠しているお母さんにだけは迷惑をかけたくなくて、それぞれがどうにかしようとしているのに悪い方向へと向かっていっていた。
サーシャが生まれたのはそんな時だった。
ハッキリ言ってしまうと、あの日この家の中では絶望しかなかった。
子供が一人生まれたくらいで何かが変わるような、そんなドキドキ感はなくて、お父さんの顔色は過去一最悪な色になっていたし、マッシュはきっと妹が生まれたことすら知らなくて、赤ちゃんがいるお母さんはお父さんの死を予感していて、身重で何もできないことを嘆いていた。
サーシャが生まれた日の夜、私は一人でサーシャへと会いに行った。
マッシュの件があって侍女をクビにしてから、なかなか新しい侍女を採用することができず、その日も私の周りには誰もいなかった。
夜の廊下を一人で歩くのは初めてで、少しだけ新しい冒険にでたみたいにドキドキした。
赤ちゃんがいる部屋へやってきて、そっと忍び込もうとしたら部屋の中から声が聞こえてきた。
それはマッシュの声だった。
なにやらまた一人で話をしているようだった。
私は声をかけるかどうか迷ったけど、また避けられることが怖くて声をかけなかった。
入り口の扉を少しだけ開けて、マッシュが何をしているのか見ていると、いきなり赤ちゃんを抱きかかえ私の方へとやってきた。
私は急ぎながらもできるだけ音を立てないように近くにあった、大きな花瓶の影へと隠れた。
こんな時間に赤ちゃんを連れていったいどこへいくつもりなの?
頭がついにおかしくなったんじゃないかと思いながらも、マッシュが危害を加える様子はなかったから、そっと後をつけると、向かったのは炊事場だった。
もしかして赤ちゃんにミルクでも作るつもりなのだろうか?
そう思いながら様子を見ていると、マッシュはまったく関係ない料理をし始めた。
しかも、マッシュのペットのギンジが指示をだしていた。
ついに私までおかしくなったのかと思ったけど、よく聞いていると、指示をだしていたのはギンジではなく生まれたばかりの赤ちゃんだった。
あの子はもしかしたら悪い魔法使いの生まれ変わりで、マッシュはすでに操られているのかもしれない!
私がマッシュを守るしかない。
だけど、どうやって?
私はそこで隠れながら考える。
弟の危機だ。なんとかしなきゃ……ZZZ。
そんなことを思っていたのに、慣れない夜更かしに気がついたら寝てしまっていた。
次に起きたのは、大きな地震が起きた時だった。
大地を揺るがす大きな揺れに、魔獣の叫び声が家の中まで響き渡った。
私は怖くて声すらあげられなくて、しばらくその場から動くことができずに震えていた。
この世の終わりが始まったと思った。
そのうち、マッシュたちが部屋へ戻るようだったので、私もその後をつける。
一人でいたくはないけど、今さら声をかけることもできなかった。
なんだかわからないけど、小さな小瓶に入った液体を嬉しそうにマッシュは持っている。
そのまま素直に部屋に戻るのかと思ったけど、途中でサーシャが声をあげると、お父さんの方の部屋へ向かっていった。
なにか胸騒ぎがする。
私もそのままついていくと、そこにはお父さんが倒れていて、マッシュがお父さんに何かを飲ませるところだった。
止めるかどうか一瞬悩む。マッシュがお父さんを?
いや、そんなことをするはずはない。どうせ次の当主はマッシュに決まっているのだ。
恐るおそるお父さんの方を見ていると、小瓶の中身を飲んだお父さんの顔からは苦痛が消え、呼吸もゆっくりになった。
一瞬本当に死んだかと思って、私の心臓も止まりそうになった。
目の前で起こっている全てのことがまるで夢のようでありえなかった。
私はまだ夢の中にいるかもしれないと、太ももを少しつねってみるけど、痛みはしっかりとある。
私は、未だにあの日のことは夢なのではないかと思う時がある。
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