第十四話 シオン・スプリングフィールドの目標

 シオン・スプリングフィールドという少女は、喋るのがまったく得意ではない。

 とりわけ、他人ひとを楽しませるために、自分を抑え、相手に合わせるということが大の苦手だった。

 そんな自分が迷宮配信者ダンジョン・ライバーになるなど、今までは一度も考えたことがなかった。

 正直に言って、上手くやれる気もしない。

 しかし──

 御園遼は、もしシオンが配信をやりたくないなら、ボスの勧誘を断ると言ってくれた。

 そして、自分とパーティを組むことを優先してくれると。

 まだ付き合いはほんの短いが、義理堅く、優しい人だと思う。

 そして何よりも、

 そんな彼のためなら、迷宮配信ダンジョン・ライブに挑戦してみてもいいと、シオンは思った。

 そして、やるからには全力で挑む。

 足を引っ張って、遼に恥をかかせるような結果にはしない。

 そんな想いを胸に秘め、シオンはデビューを了承した。




 今度はシオンがをする番になった。

 クリスティナとシュウがあっという間に衣装のアイディアを固め、奥の更衣室で〈虎ノ巣〉社の女性スタッフたちの手で着替えさせられ、ほどなくして彼女はフロアの遼の前に戻ってきた。

 シオンの衣装のモチーフは、騎士。

 黒を基調とした、クールで近代的なデザインだ。


「・・・・・・ど、どうかしら」


 かすかに頬を赤らめ、うつむきながら、シオンはたずねた。

 特別な衣装を着なくても、シオンは妖精のような美少女だ。

 小柄で線が細く、髪は豊かな銀髪プラチナブロンドで、そこに存在するだけで周囲の空気を幻想的にする雰囲気を身に纏っている。

 騎士風の衣装は彼女の可憐さを損なうことなく、高貴さと勇壮さを最大限に高めている。

 小さいが勇壮。

 高貴だが可憐。

 相反する二つの要素が見事に溶け合ったその姿を見て、その場にいた誰もが感嘆の吐息を漏らした。


「すげぇ・・・・・・完全に映画だろこれ」

「全米が泣くわこんなん」

「男の娘長身メイドと銀髪ロリっ娘騎士の組み合わせか・・・・・・さすがボス」


 〈虎ノ巣〉の社員たちも大絶賛である。

 

「御園くん?」

「あっ・・・・・・ああ。うん、めちゃくちゃ良いと思います。カッコいいし、可愛いよ」

「そ、そう。ありがとう。御園くんも、その、とても可愛いわ」

「喜んでいいのかなあ、それ」


 お互いを褒め合う形になり、両者は照れて微妙に下を向いた。

 するとそこら中から、「てぇてぇ・・・・・・」という呟きが漏れた。

 遼の身長は男子の平均程度だが、今はブーツで少し底上げされている。

 対して、シオンは同年代より一回り小柄だ。中学生、いや下手すれば小学生にも見える。

 バッチリと衣装を決めた二人が並ぶと、長身なメイドと小柄な騎士、という対比となる。


「完璧、いやそれ以上ね。一人一人の完成度も高いけど、組み合わさると凄まじい相乗効果シナジーだわ。ティナちゃん、このコンビに最初の会った時からこのが見えてたの?」

「むろんだとも」

「さすがの眼力ねぇ、ティナちゃん」


 シュウの称賛を受け、クリスティナはしたり顔で頷いた。


「ふふふ、そうだろう、そうだろう。どうだレア、私の見立ては正しかっただろう?」

「確かに・・・・・・この組み合わせは、見事なものですね。有無を言わせぬ破壊力があるかもしれません」


 冷静な性格のレアまでもが、頬に手を当てて二人に見入っている。


「シオンちゃんの動きには気品があるわねぇ。騎士風の衣装は大正解だわ。さすがはスプリングフィールド家の娘、ってとこかしら?」

「それと教育の賜物だろう。そうだシオン、ご両親は元気にしているか?」


 不意にシュウとクリスティナが、そんなことを言った。


「やっぱり・・・・・・私が誰の娘か知っていたんですね、マクラウドさん」

「知っていたというか、後から気づいたんだがな。ああそれから、マクラウドさんなんて呼び方はするな。ティナかボスで頼む。言っておくが、クリスはダメだぞ」


 二人のやり取りを聞いて、なんでクリスはダメなんだろうと思いつつも、遼はたずねた。


「ボスはシオンさんの両親を知ってるんですか?」

「うむ。このの両親は二人とも特級探索者でな。一時期、私は彼らとパーティを組んでいたのだ」

「そうだったんですか!」


 予想外の事実が判明である。

 シオンの両親が有名な探索者らしい、ということは知っていたが、まさか特級で、しかもボスとパーティを組んだことがあるとは。

 だとしたら、シオン・スプリングフィールドはとんでもないサラブレッドだ。


「そしてスプリングフィールド家は、先祖を辿れば百年戦争にも参加した騎士の家系だ。このの所作に気品があるのは、その血と教育のおかげだろう」


「ふへー・・・・・・」


 その上、貴族。

 漫画や映画でしかお目にかかったことのない種類の人間である。

 遼が驚きに間抜け面をさらしていると、シオンは少し焦ったように言った。


「家のことなんて、気にしなくていいから。御園くんは身構えないで、今まで通りにしてください」

「あっ、うん。シオンさんがそう言うなら」


 もうちょっとかしこまった態度で接したほうがいいのか、などと思ったが、シオンはそれを望んでいないらしい。


「あまりそういうことをぺらぺら喋らないでください、ボス。個人情報ですよ」

「どうせいつかは知ることになるのだ。今明かしてしまったほうがいいだろう」


 レアにそう諫められるが、クリスティナにはクリスティナの考えがあるようだった。


「お前が探索者をやる目的は、ひょっとして両親がやり残した目標を達成することか?」

「なんでもお見通しなんですね・・・・・・その通りです、ティナさん」


 ややためらいながらも、シオンは頷いた。


「ふふ、ますます面白くなってきたな。──喜べ、遼」


 ボスが遼とシオンの二人を見ながら言った。


「この娘の目標もまた、お前と同じ竜討伐者ドラゴン・スレイヤーだ。まったく、お前たちは最高の組み合わせだな!」

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