第十話 お前船乗れ
今回、たまたまクリスティナ・マクラウドと雷電刀華が近くにいたのは、まったく大変な幸運だった。
いや、この後に起こることを考えれば、幸運というよりは運命の出会いだったかもしれない。
雷電刀華が野太刀を抜き、その刃を大上段に構えた。
「いざ──〈
目に見えぬ炎が燃え上がるように、その全身が爆発的な
刀華は
〈剣帝〉の攻撃スキル、〈
野太刀の刃から解き放たれた
直撃を受けたものは何の抵抗もなく切り裂かれ、余波を受けただけの者も、大きく吹き飛ばされる。
まるでモーゼが海を割ったように、オークの群れに裂け目が生まれた。
今の一撃だけで、オークを何匹倒しただろうか。
「人間業かよ・・・・・・」
遼は思わず、そんな呟きを漏らす。
そして──
「──ふんッ!」
クリスティナもまた
〈太刀風〉と同様の原理で拳から放たれた衝撃波が、戦車砲の如くオークをまとめて吹き飛ばす。
これは──
これは何のスキルでもない。
ただの
ボスの通常攻撃だ。
クリスティナ・マクラウドのクラスは〈武闘家〉系の最上級である〈武闘神〉。
雷電刀華の剣が皇帝の斬撃なら、クリスティナの拳は神の鉄槌だった。
二人は雀の群れの中に降りたった二匹の大鷲のように、オークどもを蹴散らしていく。
「す、すげぇ・・・・・・本物だ! 本物のボスと陛下だ!」
正樹が子供のようにはしゃぎ、遼はその声で我に返った。
「シオンさん、別にいらないと思うけど、俺たちも一応手伝おう」
「・・・・・・そうね。このまま一方的に助けられるのは、気に食わない」
オークは、突如として現れた自分たちを遙かに上回る二匹の怪物を前にして、恐慌状態に陥っている。
逃げ出す隙はあったが、遼とシオンはそれよりも、微力ながらクリスティナと刀華を援護することに決めた。
逃げ回るオークたちを、連携して一匹ずつ仕留めていく。
そこに──
「うおおおおっ、俺たちもやるぞおおお!」
「ボス! 本物のボスだ!」
「陛下あああああああ!」
むろん、協会からの依頼で
クリスティナ・マクラウドと雷電刀華。
この二人と共闘する機会を逃せるはずもない!
こうしてオークによる未曾有の大規模侵攻作戦は、オーク軍の完全な壊滅という結果に終わったのであった。
戦闘が終了すると、遼とシオンは
遼は内部の休憩室でどたりとベンチに座り込む。
「あー、どっと疲れた」
「・・・・・・そうね」
シオンはその隣に座り、そして、くたりと遼の体にもたれかかった。
もう自分の体を支える気力もないという感じだ。
正樹がどこに行ったかは知らないし、どうでもいい。いつの間にかはぐれていた。
「いやあ、危機一髪だったな」
「ごめんなさい、御園くん。私がもっとしっかりしていれば・・・・・・」
「いやいや、悪いのは浅村の奴だ。何もかも全部アイツが悪い」
深刻な表情をするシオンに、遼は茶化して笑いかける。
シオンを元気づけるためだったが、百パーセント本心でもあった。
と、そこへ。
「お二人とも、危ないところでしたね。お怪我はありませんか?」
柔らかく優しい声音でそう問いかけてきたのは、他ならぬ雷電刀華その人だった。
先ほどまであれほど激しく戦っていたというのに、その装いには一分の隙もない。
周囲の探索者や職員たちがざわめいたが、横から入ってきて彼女の邪魔をする者はいなかった。
「大丈夫です。あの、助けてくれてありがとうございます」
遼は立ち上がってぺこりと頭をさげ、
「ありがとうございます」
シオンも遼の体に掴まってなんとか重い腰を上げ、それに続く。
二人の礼儀正しい態度を見て、刀華がくすりと笑った。
「無理せず、座って休んでいてくださいな」
「そうだぞ、中々の戦いだったからな。今は体を休めるべき時だ」
そこへ、クリスティナまでもが現れた。
再び立ち上がって礼を言おうとする二人を手で制し、クリスティナは刀華の隣に並ぶ。
「お前たちの戦いぶり、少々見させてもらったぞ。レアクラス同士のコンビとは珍しい。それに見た目も悪くないな。
腕を組み、面白がるようないつもの笑顔で、そう語り出す。
「確かにお二人とも、珍しいスキルを使っていましたね。差し支えなければ、どんなクラスか教えていただけませんか?」
刀華がおっとりした仕草で首を傾げ、そう
別に相手がボスと陛下だからと言って教える義務はないが、命を救われた手前、そのくらいの質問には答えるべきだろう。
「俺は〈料理人〉です」
「わたしは〈パイロマンサー〉」
二人は順番に答えた。
「〈料理人〉? それに〈パイロマンサー〉・・・・・・火炎使いか。ふむ、中々面白い組み合わせだな。・・・・・・それにしても、〈料理人〉か。どこかで聞いたような」
クリスティナは思案顔でしばし考え込み、やがて言った。
「おお、思い出したぞ。お前、ひょっとして御園晴人の息子か?」
「え・・・・・・父のことを知ってるんですか?」
「うむ。しばらく顔を合わせていないが、前に少し世話になった。息子にドラゴンの肉を食べさせたら〈料理人〉に覚醒したと話していたのを覚えているよ」
三年前、遼の父・晴人が夕食に出したドラゴンステーキ。
その肉を晴人にお裾分けしてくれたのは、他ならぬクリスティナ・マクラウドだ。
しかし遼は、まさかクリスティナの口から父の名が出るとは予想だにしなかった。
てっきり仕事で顔を合わせたことがある程度の関係だと思っていたのだ。
まさか、名前を覚えられていて、その上しかも彼女をして「世話になった」と言わせるほどの知り合いだったとは。
父さんって、結構スゴい人だったのか?
「その節はありがとうございました。ドラゴンの肉なんて、値がつけられないものを譲っていただいて」
「気にするな。美味いものは独り占めするなというのがマクラウド家の家訓だ」
クリスティナは腕を組み、豪快に笑った。
売れば何百回でも人生を遊んで暮らせる肉を人に分けることも、彼女にとっては大したことではないらしい。
とことんスケールが大きい人だ。
それを言うなら、もらった肉を売らずにステーキにして、息子に食べさせた晴人も中々の人物だが。
「俺、もう一度ドラゴンの肉を食べたくて、今度は自分の手でドラゴンを倒してやろうと思って探索者やってます。もしその時が来たら、ボスにも是非ご馳走させてください」
「ほう・・・・・・
遼の大言壮語とも言える発言を、クリスティナはバカにするでもなく、いかにも楽しげに笑った。
「御園くん、
感心したのか呆れたのか、シオンが小さく呟き、
「ふふ・・・・・・とても大きな夢ですね。私は応援しますよ」
刀華は楽しそうに微笑んだ。
その微笑みを見て、なぜ五〇〇万もの人が雷電刀華に魅了されるのか、遼は少しわかった気がした。
可憐で、気品があり、まるでおとぎ話の中の姫君のようだ。
「どうだ、刀華。この二人はなかなか面白いと思わないか?」
「ええ、そう思いますが・・・・・・ボス、もしかして?」
「ああ。候補が見つかったかもしれん」
クリスティナと刀華は何やら二人だけで言葉を交わし、そして何かを納得したように頷きあった。
そしてクリスティナは遼とシオンを見て、
「──お前たち、船乗れ」
と唐突に言い放った。
船? と言われた二人が首を傾げると、刀華が苦笑しながら補足した。
「ボス、それでは何も伝わりませんよ。──こほん。お二人とも」
刀華が居住まいを正し、遼とシオンに微笑みかける。
「私の後輩として、
────
あとがき
ここまで長かった
ちょっと駆け足だったかな
もうそろそろ女装します
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます