第九話 待たせたな!

 迷宮災害ダンジョン・ハザードの発生そのものは、決して浅村正樹の責任ではない。

 探索者たちによって不毛な北の山脈へと追い散らされたオークたちは、かねてより、安全地帯セーフ・ゾーンを破壊し丘陵地帯を取り戻す攻撃計画を立てていた。

 正樹は不幸にも、その計画のために森の中に結集していたオークたちに出くわしてしまったにすぎない。

 正樹が何もしなくても、いずれこの部隊は丘陵地帯に雪崩なだれ込み、安全地帯セーフ・ゾーンを攻撃していた。

 しかし正樹がもっと慎重に行動していれば、オークに気づかれることなく野営地の存在を探索者協会に報告し、協会は余裕を持って防衛作戦を展開することに成功していただろう。

 そうなれば、正樹は迷宮災害ダンジョン・ハザードの対応に貢献した英雄ヒーローとして、一躍有名になっていたかもしれない。

 しかし彼は間抜けにもオークたちの前に堂々と姿を現してしまい、野営地が人間に発見されたことを理解したオークは、やられる前にやるべしと即座に安全地帯セーフ・ゾーンへの攻撃を決断したのであった。

 遼とシオンの二人は、正樹のミスに巻き込まれる形で、オークの大軍に追われる羽目になったのである。

 そして今──


「おい、もっと急げ! もっと速く走れよぉ!!」

「うるせー! 役に立たねぇんだからせめて黙ってろ!」

「はあっ、はあっ・・・・・・もう、捨てて行けば、それ・・・・・・」


 遼、シオン、そして遼に担がれた正樹は、追いすがるオークの軍勢から必死に逃げ、安全地帯セーフ・ゾーンを目指していた。

 オークの足はそれほど速いわけではない。

 しかし正樹を担いでいる遼の足も、そして後衛型クラスであり身体能力の強化率が高くないシオンの足もまた、それほど速くはなかった。

 シオンが時々背後を振り返って先頭のオークに炎の太矢ボルトを撃ち込み、また遼は〈調理器具操作〉のスキルで肉斬包丁を飛ばし、なんとか追撃の速度を抑えている。

 しかしそれでもなお、三人とオークの距離は徐々に縮まっていった。


「──シオンさん、大丈夫か!? まだ走れるか!?」

「ま、まだ、大丈夫・・・・・・たぶん」


 今一番心配なのは、シオンの持久力だ。

 額には玉のような汗が浮かび、見るからに息が苦しそうだ。

 今はまだなんとかスピードを維持できているが、おそらく安全地帯セーフ・ゾーンにたどり着く前にスタミナが切れるだろう。

 そうなれば──


「おい浅村、俺はいざとなったらお前投げ捨てて、シオンさんを抱えて逃げるからな! その時は自分で走れよ!」

「はあっ!? ふざけんな、見捨てる気かよ!? 責任持って最後まで助けろよぉ!!」

「悪いがお前に対して何らかの責任を負ったつもりはない!」


 正樹よりずっと小さく軽いシオンを抱えながらであれば、オークを振り切って安全地帯セーフ・ゾーンにたどり着くことは容易だろう。

 そして安全地帯セーフ・ゾーンに着きさえすれば、あとは探索者協会の職員や他の探索者が助けてくれる。


「とにかく、今は黙って──」

「うわっ、後ろ! 来てるって!」


 正樹が叫び、遼は首だけで背後を振り返った。

 槍を携えたオークの一匹が間近に迫り、大振りな動作で、突きの一撃を放とうとしていた。


 ──いや、突きじゃない。投擲だ!


 遼はそう直感し、そしてそれは正しかった。

 オークは凄まじい怪力で、弾丸の如く槍を投擲した。

 狙いはシオンだ。


「──させるかっての!」


 遼は肉斬包丁を打ち振るって、槍を空中で叩き斬った。

 シオンへの攻撃を防ぐことには成功したが──


「ぐっ・・・・・・!?」


 無理な姿勢で無理な斬撃を放ったせいで、バランスを崩し転倒した。


「うわあっ!」

「御園くん・・・・・・!?」


 地面に放り出された正樹が悲鳴を上げ、シオンが振り返って足を止めた。


「止まるな、シオンさん! 先行ってろ!」


 遼は精一杯の虚勢を張って、そう叫んだ。

 今ここで足を止めたら、瞬く間にオークの軍勢に飲み込まれてしまう。

 しかし──

 シオンは引き返し、遼のところまで駆け寄って、オークから庇う位置に立った。


「・・・・・・見捨てないから。一緒に戦って!」


 そう言って、オークの群れに銃を向ける。

 立て続けに放たれた炎の魔弾が数匹を倒すも、後続のオークはまるで怯むことがない。


「このバカ・・・・・・わかったよ、やってやる!」


 なんとか立ち上がった遼は肉斬包丁を構え、襲いかかるオークを両断した。

 正樹は相変わらず腰を抜かしている。

 オークの軍勢は、そんな三人をあっという間に取り囲んだ。


「おい浅村、お前もいい加減立って戦え!」

「う、うるせぇ! 武器を落としちまったんだよ! 戦えねぇよ!」


 こうなれば正樹にも戦ってもらうしかないと思ったが、そういえば、森から出てきた時は既に無手だった。

 逃走劇の最中に、剣はどこかに落として来たらしい。

 正樹の〈剣豪〉は、剣術に特化したクラス。

 剣がなければ、モンスターと戦うことなどできるはずもない。


「とことん役立たず・・・・・・!」

 

 シオンが激しく毒づく。

 状況はまさしく絶対絶命だった。


 ──まさかCランク迷宮ダンジョンに入った初日にこんなことになるとは・・・・・・!


 とにかく、なんとかして自分とシオンの命だけは守らなくてはならない。

 正樹のことはもう知らん。正直言って、気にしている余裕もない。


「こうなりゃ死に物狂いで生き延びるだけだな・・・・・・!」


 オークがじりじりと包囲網を狭める。

 何匹いるのか知らないが、とにかく手当たり次第に斬りまくって活路が開くことを祈るしかない。

 遼がそう覚悟を固めた時──


 うなじがぞくりとした。


 途轍もなく巨大で強大なの気配が、まっすぐに近づいてきている。

 自分でもまったく根拠のわからぬままに、遼は何故かそれを確信した。

 間違いなく、オークではない。

 このCランク迷宮ダンジョンのどのモンスターではない。

 これは──

 ドラゴンか、あるいはの強者の気配だ。


「申し訳ありません、お待たせしました!」

「待たせたな! ははっ、これ一度言ってみたかったんだ」


 オークの包囲網を跳び超えて、二人の人影が遼たちの前に降り立った。

 一人は着物に似た和風の戦闘装束を身につけ、長大な野太刀を携えた女性。

 そして一人は、ラフなジーンズにドラ○ンボールのTシャツという、この場にまったく似つかわしくない格好をした女性だった。


「らっ、雷電刀華──それにボス!?」


 正樹がそんな叫びをあげ、それで遼も二人の正体に気づいた。

 和装の女性は、登録者五〇〇万人の迷宮配信者ダンジョン・ライバー雷電刀華。

 そしてドラ○ンボールのシャツを着たもう一人は、“ボス”ことクリスティナ・マクラウドだった。

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