第八話 迷宮災害 オークの大規模侵攻

 遼とシオンの二人は息のあったコンビネーションで一時間ほど戦い続け、一度も怪我らしい怪我を負うことなく、結構な数のモンスターを倒した。

 遼が鋭敏な嗅覚で敵を発見し、シオンが先制攻撃を加えた時点で、敵の陣形は半ば崩れている。

 そこに遼が肉斬包丁を振るって斬り込み、それを後方からシオンが射撃で援護する。

 二人一組のパーティとしては、理想的な戦術と言えるだろう。


「やっぱり相性が良い」


 シオンがちょっとだけ笑顔らしきものを浮かべながらそう言った。


「そうみたいだな」


 遼も笑顔で答える。

 索敵能力を備え、激烈な破壊力の一撃を誇る前衛〈料理人〉。

 火炎を生み出し、専用の銃で弾丸の如く発射する後衛〈パイロマンサー〉。

 どちらもレアクラスである。

 一見すると奇妙な組み合わせだ。

 しかし言うまでもなく、料理と火には密接な関係がある。

 〈料理人〉と〈パイロマンサー〉の相性が良いのは必然なのかもしれなかった。

 ・・・・・・ただの思いつきだが。

 だが、相性が良いのは事実である。


「っと、もうこんな時間か」


 遼が〈ダンジョン・ウォッチ〉を見ると、もうすぐ五時半だった。

 本当は五時あたりで切り上げるつもりだったのだが、初めてのパーティ戦闘に浮かれて、時間を確認するのを忘れていた。

 現在位置は、北の森にほど近い丘陵。モンスターを探すうちに、安全地帯セーフ・ゾーンから結構離れてしまった。

 今から安全地帯セーフ・ゾーンに戻り、諸々の手続きを終え、家に帰宅して料理をするとなると、夕食の時間は結構ギリギリになってしまう。


「シオンさん、今日はこの辺で終わりにしとこうか」

「もう? 少し早いと思うけど・・・・・・」


 シオンは控えめに不満を示した。

 態度や表情に出にくいためわかりにくいが、彼女もまた、遼とパーティを組んで迷宮を攻略するこの時間を楽しんでようだった。

 出来れば彼女の求めに応じてもう少し続けてやりたいが──


「妹に晩ご飯作らなきゃいけないんでな」

「妹さんがいるの?」

「ああ。腹空かして帰ってくるだろうから、あまり待たせたくは──うわっ、なんだ!?」


 不意に、北の森から凄まじい咆哮があがり、森全体が震えた。

 そして次の瞬間──


『緊急! 緊急! 迷宮災害ダンジョン・ハザードが発生しました! 北の森から、大規模なオークの集団が安全地帯セーフ・ゾーンを目指して進行中! 全探索者はただちに安全地帯セーフ・ゾーンに帰還し、可能な限り防衛戦に参加してください!』


 〈ダンジョン・ウォッチ〉が甲高い警報音とともに、大音量でそんなメッセージを流した。

 迷宮災害ダンジョン・ハザード

 それは迷宮ダンジョン内で発生する、危険な異常事態全般を指す言葉である。

 モンスターの異常繁殖や異常行動、強力な変異型モンスターの出現などがそれにあたる。

 迷宮災害ダンジョン・ハザードの発生中は、迷宮ダンジョンのランクはあてにならない。


「北の山脈から大量のオークが降りてきたみたい・・・・・・早く行こう、御園くん」

「そうだな。ここにいたらヤバそうだ」


 森には入っていないが、二人の現在位置から北の山脈は決して遠くない。

 今すぐに引き返し、安全地帯セーフ・ゾーンに戻らなければ危ないだろう。

 二人は早速、方向転換し──


「たっ、助けてくれえええええっ!」


 その時、北の森から、大声で助けを求めながら一人の少年が飛び出してきた。

 遼とシオンは、その顔に見覚えがあった。


「ありゃ浅村の奴じゃねぇか?」

「何してるの、あの人・・・・・・」


 森から飛び出してきたのは、浅村正樹その人に間違いなかった。

 そのあとを追いかけて、ドローンが森から飛び出してくる。

 どうやら迷宮配信ダンジョン・ライブの真っ最中だったらしいが──

 その背中を追って、森から軽く一〇体を超えるオークたちが出現した。


「だっ、誰か! 誰か助けて──ぐえっ!?」


 わき目も振らず助けを求めながら走っていた正樹が、足をもつれさせて転倒した。

 地面に倒れたその背中に、オークたちが殺到する。


「何やってんだあのバカ──クソっ、助けるぞシオンさん! ホントは嫌だけど!」

「ん、わかった」


 あんな奴を命を張って助けるのは気が進まないが、見てしまった以上、放置するわけにはいかない。

 ムカつく野郎だが、オークに食われて死んだほうがいい、とまでは思っていないのだ。


「【調理器具創造クリエイト・クッキングツール肉斬包丁ブッチャー・ナイフ五本】! ──それから、【調理器具操作コントロール・クッキングツール】!」


 遼が空に手をかかげると、空中に五本の巨大な肉斬包丁が現れた。

 と同時に、〈料理人〉の固有スキル〈調理器具操作コントロール・クッキングツール〉を発動。

 これは無数の調理器具を手を触れることなく自由に操作できる、という念力テレキネシスのようなスキルで、本来はいくつもの調理作業を並行して進めるためのものだと思うが──

 応用すれば、こんなこともできる。

 空中に現れた五本の肉斬包丁が、柄尻を中心に向けた形で放射状に整列した。

 その姿は扇風機の羽根か、ヘリコプターのプロペラを思わせる。

 あるいは、刃の花弁を持つ大輪の花を。

 そして、それは回転を始め──


「──五枚おろしだ! 喰らっとけ!」


 遼が勢いよく腕を打ち振ると、高速回転するミキサーの刃そのものとなった五本の肉斬包丁が、正樹を追いかけるオークの群れに飛び込んだ。

 その効果は絶大だった。血飛沫と肉片が嵐のように巻き上げられ、もはやオークどもは、獲物を追いかけるどころではなくなった。

 その隙に遼は正樹に駆けより、


「立てるか!? さっさと逃げるぞ!」


 と、腕を引っ張りながら声をかけたが──


「たっ、たて、立てない・・・・・・腰が抜けて・・・・・・」


 大量のオークに追われながら半狂乱で森の中を駆け抜けてきた正樹は、疲労と恐怖で完全に腰が抜けていた。


「ったく、しょうがねぇ奴だな!」


 仕方なく肩に担ぎ上げる。

 その直後、森の中からオークのが飛び出してきた。

 数は──数え切れない。

 まるで津波だ。


「御園くん、急いで!」


 銃を乱射して追いすがるオークを牽制しながら、シオンが叫んだ。

 しかしその効果は、焼け石に水だ。

 当然だろう。

 この世にあるどんな銃でも、津波を撃って止めることなどできはしない。

 決死の逃走劇が始まった。

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