第七話 〈SEIGI〉のチャンネル
遼が戦闘において頼みとする〈料理人〉の固有スキルは、主に二つ。
ひとつはあらゆる調理器具を生み出す〈
もうひとつは、調理器具を持つと能力が劇的に向上する〈戦闘包丁術〉だ。
「【
遼が叫び、スキルを発動すると、空気中の魔素がその手の中に凝結し、一本の巨大な肉斬包丁を創り出した。
その刃の長さ、分厚さは、並みの両手剣を遙かに上回っている。
重量は優に十〇キロを超えるだろう。二〇キロに届くかもしれない。
しかし──
「はっ!」
遼は軽々と肉斬包丁を持ち上げ、豪快な一撃で一体目のオークを叩き斬った。
オークの巨体と怪力、そして凶暴さは脅威だが、何か特殊な能力を持っていたり、魔法を使ったりするわけではない。
数で囲まれると少々厄介だが、少数なら与しやすい相手だ。
味方が一瞬で真っ二つにされたことで、オークたちに動揺が走った。
そこへ──
「援護する」
シオンが先ほどよりも威力を絞った炎の
爆風で遼に怪我をさせないためだが、それもオークには十分なダメージを与えた。
高密度の炎に焼き貫かれ、動きを鈍らせたオークたちは、その後十秒足らずで遼によって片づけられた。
実にあっさりしたものだが、戦闘終了である。
「なんか・・・・・・あれだな。もうちょっと苦戦するかと思ったが」
調子に乗っているとは思われたくないが、手応えがなかったのは事実である。
Cランク
「敵が弱いんじゃなくて、御園くんが強いんだと思う」
シオンが感心を表すように頷きながら言った。
「もう少し見てみないとわからないけど、B級上位の〈剣士〉系クラスに近い動きが出来てる。一撃の威力はずっと上かも」
「ほんとに? それなら全然捨てたもんじゃないな、〈料理人〉」
「うん。索敵もできるし、このまま成長すれば総合的には〈剣士〉系を上回るかもしれない」
「いや、それはちょっと誉めすぎじゃないか・・・・・・」
〈料理人〉のほうが〈剣士〉より強いなんてことがあるだろうか?
「レアクラスについてはまだわかっていないことのほうが多い。〈料理人〉が〈剣士〉に勝てないという道理はない、と思う」
「ひょっとして励ましてくれてる? ありがとな」
「う・・・・・・そ、そんなんじゃないし・・・・・・」
シオンは微かに頬を赤らめて下を向いた。
めちゃくちゃ可愛いが、しかしうちのコトちゃんのほうがほんの少しだけ上だな、と遼は思った。
一方その頃──
「よう、お前ら! 〈SEIGI〉のチャンネルによく来たな! 今日もモンスターどもをぶっ倒していくから見ててくれよ!」
正樹は配信用ドローンを自動追従モードに設定し、カメラを起動。いつも通りの挨拶を披露した。
シオンに勧誘をすげなく断られ、名前も知らない男子生徒(遼)にコケにされ、挽回の機会もないまま二人に逃げられた浅村正樹は、憂さ晴らしを兼ねて
正樹の
彼が手本とする
場所は奇しくも、〈ルーインド・キングダム〉。
先日C級へと昇格した正樹は、次の配信場所として最寄りのCランク
そして二人がいることを知らずに、〈ルーインド・キングダム〉を訪れたのである。
〈ダンジョン・ウォッチ〉で他の探索者の邪魔が入らない場所を探し、人のいない北部の森を選んで配信を開始した。
『待ってたああああ!』
『SEIGIくんきちゃあああ! 今日もイケメン!』
『C級昇格おめでとうSEIGIくん! これで何か美味しいものでも食べて! ¥5000』
コメント欄には早速リスナーの反応が流れ、スーパーチャットも送られてくる。
正樹は傷ついた自尊心が回復するのを感じ、ニンマリとした。
──そうだ、俺は人気者なんだ。俺を応援してくれる人がこれだけいるんだ。ということは間違っているのは俺じゃなくて、アイツらの方なんだ。
そう確信する。
「実は今日、学校で名前も知らん奴にいきなり“お前は男らしくない”みたいなこと言われちゃったんだよなー。お前ら、どう思うよ?」
『はあ!? 何それありえない!』
『SEIGIくんほどカッコいい男の子なんていないよ! 自信持って!』
『SEIGIくんにそんなひどいこと言うの誰!? 絶対許さない!』
『そいつの名前と顔さらしちゃいなよ!』
『SEIGIくんかわいそうー。よしよし、わたしたちが慰めてあげるねー ¥5000』
正樹が愚痴を垂れると、コメント欄はまさに彼が求めていた反応で埋まった。
「いや、さすがにさらすのは無し。規約違反でこのチャンネル無くなっちゃうから。でもみんな、応援ありがとな!」
そう言って話題を打ち切り、本題に移る。
「SNSで公表したからみんな知ってると思うけど、俺はC級に昇格した。それだけじゃなくて、〈天空〉からもスカウトされたんだ。それで〈天空〉に入る前にもう少し強くなっておこうと思って、今はCランク
『昇格おめでとう! ってか〈天空〉にスカウトってヤバすぎ! SEIGIくんマジで神!』
『MAKOTOとSEIGIくんが並んでるとこ見れるの!? 最高すぎるんだけど!』
『これからも絶対応援するよ! ¥10000』
「みんな、サンキューな。〈天空〉に入ったら今までよりもっと活躍するから、絶対ついて来いよ! ──おっと、ようやくオークどものお出ましだ!」
リスナーと会話しながら歩くことしばらく。
森の中を行く正樹の前に、一体のオークが現れた。
正樹は腰の鞘から剣を抜く。世界最高の探索者用刀剣メーカーとして知られる〈雷電重工〉の日本刀だ。
配信の収益がなかったらとても買えない高級品である。
配信者としては男性である〈MAKOTO〉を手本にしている正樹ではあったが、彼がリスナーとして憧れているのは雷電刀華だった。
〈雷電重工〉のアンバサダーである彼女は、同社の製品である日本刀をトレードマークとして使用している。
正樹もそれに倣っているのだ。
いつか自分も四天王クラスの人気配信者になり、雷電刀華と共演する。
いやそれだけでなく、彼女を口説き落として恋人になる。〈天空〉への加入はその足掛かりだ。
それが正樹が密かに胸に秘める野望である。
こんなことを公言したら、刀華の熱狂的なファンに殺されるだろうが。
「──遅ぇッ!」
鋭い踏み込みで間合いを詰めた正樹は、一瞬でオークの両腕を切り落として反撃の手段を奪い、難なくトドメを刺す。
Cランク
『ぎゃああああカッコよすぎ!』
『すごすぎて死んじゃうううう!』
『SEIGIくん高一でしょ? 強すぎない!?』
〈剣豪〉のクラスの恩恵で強化された正樹の動きは、まるで映画の中の
巨大な怪物を一瞬で倒した早業に、コメント欄は大きく盛り上がった。
「手応えなさすぎ。さあ、どんどんいくぜ!」
それに気を良くした正樹は、モンスターを探してどんどん森の奥へと進んでいく。
途中、数度オークに遭遇したが、先手必勝の戦法で反撃を許すことなく勝利を重ねた。
そのたびに盛り上がるコメント欄。
スーパーチャットの総額も伸びていく。
正樹はますます意気揚々と進み──
『注意──危険区域に接近しすぎています。引き返してください』
不意に、正樹の身につける〈ダンジョン・ウォッチ〉から警告音声が流れた。
オークの本拠地である北の山脈に近づきすぎたのだ。
「ちっ。これからだってのに冷めること言うなよな」
悪態をつきながら、正樹は足を止めた。
──だがいくらなんでも、一人でオークの本拠地に突入するのはまずいな。
さすがに、その程度の判断はできる。
「協会の警告がうるさいから、あと一匹倒したら引き返すぜ」
『えー!? もっとSEIGIくんの戦ってるとこ見たい!』
『SEIGIくんならオークなんて楽勝だよー』
『早く引き返して! SEIGIくんの安全が一番大事だよ!』
『協会の警告無視したら探索者資格剥奪されちゃうよ。帰らなきゃ!』
コメント欄はもっと進めと言うものと引き返せと言うもので二つに別れる。
正樹としてはもう少し見せ場が欲しかった。
思っていたよりもにオークが弱く、また出現が少なく、大した撮れ高を稼げなかったためだ。
その結果、あと一匹だけ倒したら帰るという中途半端な判断をすることになった。
さらに森の中を進み──
正樹は次のオークに出くわした。
オークは一匹ではなかった。
その数は──無数だった。
「な・・・・・・なんだこれ!?」
数えきれないほどのオークの軍勢が森の中で野営しており、そんなものがあるとは夢にも思わなかった正樹は、無警戒に野営地の真ん前に出てしまった。
『何コレ!? なんでこんな大軍がいるの!?』
『これ
『SEIGIくんなら勝てるよ! 全部やっつけちゃえ☆』
コメントが一気に加速するが、それを見る者は誰もいない。
突如目の前に現れた信じがたい光景に硬直する正樹を、無数のオークの目線が射抜いた。
そして、オークたちは一斉に咆哮をあげた。
森が震えた。
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