第六話 Cランク迷宮〈ルーインド・キングダム〉

 今後の予定についてシオンと話していたら、午後の授業には遅刻した。

 二人そろって遅れて教室に入ってきた遼とシオンに、クラスメイトはちょっとざわつき、先生にはちょっとだけ怒られ、そしてそれ以外は何事もなく放課後になった。

 すると早速、


「ちょっといいか?」


 と正樹が話しかけてきたが、


「よくない」


 と即座に返した。

 まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったのか、正樹は鳩が豆鉄砲食らったような間抜け面でフリーズした。

 と、その隙にシオンが近づいてきて、


「早く行こう、御園くん」


 と、遼の袖をつまんで引っ張った。

 今日の午後、二人はさっそく最寄りのCランク迷宮ダンジョンに赴き、まずは互いの能力を把握することになっている。

 夜の七時までには琴歌のために夕食を用意しておきたいことを考えると、無駄にしていられる時間はなかった。


「そうだな、急ごう!」


 遼は頷き、呆気にとられる正樹やクラスメイトたちを教室に残して、足早に学校を後にした。




 〈ルーインド・キングダム〉。

 それが最寄りのCランク迷宮ダンジョンの名前で、〈廃墟となった王国〉のような意味だ。

 どの迷宮ダンジョンでもそうであるように、迷宮門ダンジョン・ゲートの外側は、探索者協会が建てたシェルターによってすっぽりと覆い隠されている。

 それほど大きくはないが、見た目はドーム型の野球場に近い。

 内部には戦利品の買取所、更衣室、シャワー室、食堂、談話室など様々な施設が充実しており、客室を借りて泊まることもできる。

 遼とシオンは早速受付で迷宮ダンジョン探索の許可を取り、更衣室でレンタルの防具プロテクターを身につけ、ロッカーに所持品を預け、探索者協会が所持を義務づけているスマートウォッチ、〈ダンジョン・ウォッチ〉を腕に巻き付けて合流した。

 ちなみに防具プロテクターだけでなく武器もレンタルできるが、遼は〈料理人〉の固有スキルで自由に武器を創れるので不要だし、シオンは自分の武器を持ち込んでいた。


「銃だよな、それ?」


 遼がそうたずねると、シオンは小さく頷いた。


「そう。でもただの銃じゃない」


 そう言って彼女が遼に見せたのは、どこか芸術品のような美しさを感じさせる、一挺の拳銃だった。

 彼女の言うとおり、ありふれた火薬式の銃ではあるまい。

 迷宮ダンジョン内に出現する巨大でタフなモンスターどもに対して、個人が携行できるレベルの小火器では、ろくなダメージを与えられない。

 ましてや片手で持てるピストルなど豆鉄砲のようなものだ。


「貴方の武器は?」

「俺のはスキルで創る。だから迷宮ダンジョンに入ったら見せるよ」


 スキルは原則的に、魔素濃度の濃い空間──要するに迷宮ダンジョンの中──でないと発動しない。

 つまり迷宮ダンジョン内ではモンスターに勝る存在である探索者も、一歩外に出れば一般人とそう変わりない存在だ。

 だからこそ、探索者という職業はここまで人口に膾炙かいしゃしたといえる。


「わかった。それじゃ、行きましょう」

「おう」


 二人は肩を並べ、迷宮門ダンジョン・ゲートを通った。




 迷宮門ダンジョン・ゲートを抜けると、そこは石造りの建物の中だった。

 探索者協会がゲートの周囲に建築した安全地帯セーフ・ゾーンの内側だ。

 内部では他の探索者が休憩していたり、協会の職員が働いていたりする。

 中世の城砦を思わせるその建物の外に出ると、ようやく目の前に〈ルーインド・キングダム〉の光景が広がった。

 〈ルーインド・キングダム〉は〈ビーストランド〉と同じく、開放型の迷宮ダンジョンだ。

 つまり、全体が一階層になっていて、頭上には青い空が広がっている。

 安全地帯セーフ・ゾーンの周囲に広がるのは、果てしない緑の丘陵地帯。そのあちこちに、遙か昔に破壊され、放棄されたと思われる建物や砦の廃墟が点在している。

 北(と仮定される)の方角には濃い緑の森が広がり、その向こう側には、赤茶けた岩の山脈が巨大な壁のようにそびえ立っている。


「あの岩山がオークの本拠地だってな」

「そう。だから近づいちゃだめ。できれば手前の森にも入らないほうがいい」


 この〈ルーインド・キングダム〉は、かつてBランクの迷宮ダンジョンだった。

 迷宮門ダンジョン・ゲートの周辺に広がる丘陵は、かつてはオークの軍団によって埋め尽くされていたのだ。

 それを探索者たちが数年かけて北の山脈まで追い返し、安全地帯セーフ・ゾーンが建築されたことで、Cランクに格下げされたのである。

 以来オークは、定期的に山脈から降りてきて丘陵地帯に侵入しているものの、これまで安全地帯セーフ・ゾーンを脅かしたことはない。


「今日はあくまで、お互いの能力を把握するだけ。大きな獲物は狙わない。それでいい?」


 安全地帯セーフ・ゾーンを離れてしばらく歩き、周囲に他の探索者の姿が見えなくなった頃、シオンがそう言った。

 〈ダンジョン・ウォッチ〉から送られてくる情報で、他の探索者との位置関係は把握できている。

 お互いのを邪魔しないよう、少し間隔を開けて行動するのが協会の定めた規則だ。


「もちろんだ。安全第一で行こう」


 遼に異存はなく、素直に頷いた。

 パーティメンバーが見つかり、ようやくCランク迷宮ダンジョンに入れたことで、正直なところ少々浮かれている自覚はある。

 だが仲間がいるということは、自分がヘマをすれば仲間をも危険に巻き込むということでもある。

 単独ソロの時と同じくらい、いやそれ以上に気を引き締める必要があると、遼は自分に強く言い聞かせた。


「シオンさんはこの迷宮ダンジョン、前にも来たことあるんだよな?」

「うん。だから案内は任せて」

「わかった。よろしく頼む──っと、ちょっと待った。たぶんモンスター」


 空気に混じる微かな異臭に気づき、遼は片手をあげてシオンを制した。

 二人からそう遠くない場所にある廃墟の陰。

 そこにモンスターがいると、遼の嗅覚が告げていた。


「どうしてわかるの?」

「鼻が良いんだ、俺は。〈料理人〉の恩恵だよ」

「そうなんだ・・・・・・面白いね、〈料理人〉」


 香りというのは、料理において味と同じくらい重要な要素ファクターである。

 〈料理人〉のクラスに嗅覚強化の能力があるのは、たぶんそのせいだ。

 遼が今まで単独ソロでやってこれたのは、この索敵能力のおかげでもある。


「どうしようか。待ち伏せされてるっぽい気がするけど」

「私が攻撃して誘き出す。奴らが飛び出してきたら前衛に立って」


 シオンはそう言って、腰のホルスターから銃を抜いた。


「私のクラスは〈パイロマンサー〉。ランクはB級。この銃は、私の能力を制御するためのもの。今から見せてあげる」


 と言って、銃口を廃墟へと向ける。

 そして彼女が引き金を引いた瞬間、比喩ではなく、その銃口が火を噴いた。

 銃口から放たれたのは、鉛の弾丸ではなく、火の元素エレメントによって構成された太矢ボルト

 シオンのクラス〈パイロマンサー〉は火炎を操る強力なレアクラスであり、そして彼女の持つ銃は、その力で生み出される炎を凝縮し、加速し、発射する装置なのだった。

 廃墟の壁に着弾した瞬間、太矢ボルトはまるで小型の爆弾の如く炸裂した。

 その衝撃で廃墟が大きく震え、その陰に隠れていたモンスターたちが、泡を食って飛び出してきた。

 数体のオークどもだ。

 いよいよ、遼・シオンパーティの初戦闘が始まった。

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