第五話 最初の仲間

 近場の水道で手を洗い、遼とシオンは並んでベンチに座り、BLTサンドを分け合った。

 パンにはほどよく焼き色がつき、強い旨味を主張するファングボアのベーコンを、レタスとトマトのさわやかさが完璧に支えている。

 我ながら完璧な出来だ、と遼は食べながら自画自賛した。

 最初の一口(リスみたいに小さい一口だった)をほおばった瞬間、シオンも目を丸くし、


「美味しい・・・・・・」


 と小さくつぶやいた。そして、黙々と熱心に食べ始めた。

 一人前を二人で分け合う形だったので、BLTサンドはあっという間になくなった。

 遼としてはまだまだ物足りないのだが、仕方ない。

 まあ、放課後まではなんとか保つだろう。

 食事が終わるとシオンは立ち上がり、くるりと振り返って、ベンチに座る遼を正面から見つめた。

 そして、


「ごちそうさまでした、御園くん。とても美味しかったです」


 王族や貴族がやるような優雅で気品に満ちた仕草で、シオンは頭を下げた。


「大げさだな。弁当分け合うなんて学生なら普通だろ」


 遼は苦笑した。

 もちろん、美味しかったと言われて悪い気はしないが、こうかしこまられると居心地が悪い。


「それから・・・・・・さっきはかばってくれて、ありがとうございます」

「それも気にしなくていいよ。俺が勝手にムカついて言いたいこと言っただけだから」


 シオンが再び頭を下げたが、慌ててやめさせる。

 遼自身の感覚としては、別に褒められるようなことはしていない。

 ただムカつく奴に喧嘩を売っただけである。

 それにしても──

 この昼休みだけで、遼の中のシオンのイメージはだいぶ変わった。

 まるで妖精のようなクォーターの美少女で、その性格は苛烈にして孤高。

 クラスの人気者である正樹のことすら眼中になく、むろんそれ以外のクラスメイトのことも、虫けら程度にしか思ってもいない──

 それが遼が勝手に抱いていた、シオン・スプリングフィールドという少女のイメージだったのだが。

 ひょっとして他人ひとに関心がないのではなく、単に他人ひとと上手く話せないだけなのか?

 話したこともない俺の名前も覚えていたようだし・・・・・・もしかして、本当は友達を欲しがっていたり?

 何の確証もないが、なんだかそんな気がしてきた。


「あの、何か私に恩返しできることがあれば、なんでも言ってください」

「別にいいよ、恩だなんて思わなくて。っていうか敬語やめてくれ。・・・・・・でも、そうだな。うーん」


 シオン・スプリングフィールドは探索者だ。

 クラスやランクなどの詳しい情報は知らないが、どうやらかなり優秀らしいとは聞いている。

 彼女がパーティメンバーになってくれれば、Cランクの迷宮ダンジョンに挑戦できると思うのだが──


 ──しかし正樹に勧誘されて断ってたし、ここで俺が弱味につけ込むみたいに勧誘するのもな。


 探索者にはいろいろな考えの者がいる。

 よく知らない相手でも簡単にパーティを組む者もいれば、信用できる相手としか組みたくないという者もいる。

 シオンはたぶん、後者じゃないだろうか。

 それか、既に固定のパーティメンバーがいるという可能性もある。

 少し悩んだ末、遼は頭に思い浮かんだアイディアを却下した。

 そして、


「それならシオンさんの知り合いで、俺とパーティを組んでくれそうな人がいたら紹介してくれないか」


 代わりにそう頼むことにした。


「パーティメンバーを探してるの?」

「ああ、実はな──」


 自分は現在C級で、十分な実力がついたと思うのでB級に昇格したいが、単独ソロではCランク以上の迷宮ダンジョンには行かないと家族に約束している。

 なのでパーティメンバーを探しているところなのだ、と自分の状況を簡単に説明する。

 すると当然と言うべきか、


「クラスは?」


 とシオンにたずねられた。

 それはそうである。クラスを教えずにパーティメンバーなど探せるはずもない。

 

「・・・・・・りょ、〈料理人〉」


 遼は仕方なく正直に答えた。

 笑われるだろうか? 疑われるだろうか? 

 それとも、つまらない冗談だと思われて呆れられるだろうか?

 遼が自分のクラスを〈料理人〉だと明かすと、返ってくる反応は大体その三パターンだ。

 だが、シオンの反応はそのどれとも違っていた。


「聞いたことがない。レアクラス?」


 笑いもせず、疑いもせず、呆れもせず、ただ純粋な疑問の表情で首をかしげる。


「ああ、相当珍しいみたいだ。俺も他の〈料理人〉には会ったことがないよ」


 探索者協会の資料によれば、別に世界で唯一のクラスということはないらしいのだが。

 少なくとも日本国内に、遼以外で〈料理人〉の現役探索者は存在しないと、前に職員に教えてもらった。


「〈料理人〉・・・・・・どんなクラス? 支援型?」

「いや、前衛型だ。〈剣士〉にかなり近いと思う」


 〈料理人〉と聞くと、仲間に食事を食べさせてパワーアップさせる、というような能力が真っ先に思いつくかも知れない。

 だが実際は、巨大な包丁を振り回して戦うのが〈料理人〉というクラスである。

 料理ってなんだろう、と疑問に思わなくもない。

 まあ、敵を倒すことを“料理する”って言ったりもするが・・・・・・


「私のクラスは射撃型。御園くんが前衛型なら、相性が良いと思う」

「ん? まあ、それはそうかもしれないけど」


 不意にシオンが、まったく予想していなかった言葉を口にした。

 射撃型とは、その名の通り後方から矢弾のたぐいを飛ばして敵を攻撃するクラスを示す。

 〈アーチャー〉や〈魔法使い〉などがその代表だ。

 敵を食い止める前衛型のクラスとパーティを組むことで、真価を発揮するタイプだと言えるだろう。


「うん。だから、御園くんさえよければ私がパーティメンバーになる」

「え・・・・・・ありがたいけど、いいのか? 浅村の勧誘は断ってたろ」

「誰が相手でも断るわけじゃない。ただあの人と組むつもりがなかっただけ」


 青い宝石のようなシオンの瞳が、まっすぐに遼を見た。

 妖精のような美少女に間近で見つめられ、日頃から琴歌を見て美少女には見慣れている遼も、ちょっとドキッとした。


「私も単独ソロ。仲間になってくれる人を探していた。・・・・・・だから御園くん、私とパーティーを組んでください」


 そう言って、ぺこりと頭を下げる。

 まったく思わぬ展開になったが、彼女の申し出は願ってもいないことだ。


「わかった。そういうことならよろしく、シオンさん」

「よろしくお願いします、御園くん」


 こうして遼は、最初の仲間を見つけたのであった。

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