第四話 決して餌付けが目的ではない

 完全にやっちまったな、と遼は思った。

 高校生活が始まってから一ヶ月ちょい。料理の研究と迷宮ダンジョン攻略に連日かまけていたせいで、まだ友達らしい友達はできていない。

 一方で、正樹は言うまでもなくクラスの中心的な人物だ。

 そんな奴に喧嘩を売ったとあっては、これからクラスで孤立することは間違いない。

 まあ、今さら後悔しても遅いし、自分が何か間違ったことを言ったとも思っていない。

 どうにでもなれだ。

 御園遼は非常に前向きな性格だった。

 後先考えないとも言う。


 クラス全体に妙な感じの雰囲気が漂ったまま、午前の授業が終わり昼休みになった。

 正樹が何か話しかけるつもりでこっちに近づいてきたが、遼はBLTサンドが入った弁当箱を持って、さっさと教室から逃げ出した。

 誰かに絡まれるにしても、それ以外の何かが起きるにしても、昼休みはやめてほしい。

 何故なら、腹が減っているからだ。

 正樹とその取り巻きに囲まれながら食事はしたくない。

 そう思って、どこか目立たず一人になれそうな場所を探して歩き回っていると──


「・・・・・・あんたさあ、ちょっと可愛いからって調子に乗るのもいい加減にしたら?」


 校舎の裏手からそんな声が聞こえてきた。


「そうよ、せっかく正樹くんが誘ってくれてるのに。失礼だと思わないの?」

「そんなんだから友達いないのよ、あんた」

「・・・・・・」


 一連の台詞を聞いただけで、何が起きているかは大体理解できた。

 朝の一件で怒り心頭の正樹の取り巻きが、シオン・スプリングフィールドに絡んでいるのだ。

 どうしよう。自分で出て行って止めるか?

 それともこれ以上面倒に巻き込まれないよう、近くにいる先生を探して後を任せるかべきか。

 別にシオンとはまったく仲良くない。

 というか会話したこともない。

 彼女はまさに孤高という雰囲気の持ち主で、クラスの誰とも馴れ合わないのだ。

 彼女にとってみれば、遼など名前も覚えていないその他大勢だろう。

 しかしだからと言って、こうしてイジメの現場に遭遇してしまった以上助けないわけにはいかない。

 問題はやり方だが──

 と、そんなことを考え立ち尽くしていたところ、


「無視してんじゃないわよ!」


 ヒステリックな怒りの叫びとともに、がしゃんという音がした。


「あー、もうっ。──何やってんだ、お前ら」


 さすがに黙っていられなくなり、遼はその場に割り込んだ。

 三人の女子が、ベンチに腰掛けるシオンを取り囲んでいる。

 シオンの足下には、逆さまになった弁当箱とサンドイッチがぶちまけられていた。

 何が起こったかは明白だ。

 三人の女子は食事中のシオンを取り囲んで因縁をつけ、それを無視されたことに怒って、彼女の弁当箱を蹴るか何かして台無しにしたのだ。


「うわっ、ひどいことするな。食い物を無駄にするなって両親に教わらなかったのかよ?」


 人の食事を邪魔して、あげく地面にぶちまけるなど、遼にしてみれば許し難い大罪である。

 自分がやられたらブチ切れる自信しかない。


「は? いきなり出てきて何言ってんのあんた?」

「関係ない奴が口出すなっての」

「ナイト気取りなわけ? ぜんぜん似合ってないしクソキモいから」


 三人がまなじりをつり上げ、次々に遼を口撃する。

 が、遼も譲るつもりはない。


、浅村の奴がやらせてんのか? だったらあいつとんでもないクソ野郎だな」

「はあ? 正樹くんは関係ないでしょ!」


 正樹の名前を出した途端、女子たちが怯んだ。

 どうやらこいつらのアキレス腱を見つけたらしい。


「そうか? あいつ、ずいぶん熱心にシオンさんを勧誘してただろ。取り巻きを使って、シオンさんがと言うまでイジメ続ける作戦じゃないのか? 俺にはそうとしか思えないけどな」


「違うって言ってるでしょ! ──もういい、こんなキモい奴に付き合ってらんない! 行くよ!」


 三人のリーダー格らしい女子が悪態をつき、あとの二人を連れて足早に裏庭から去っていった。

 とりあえず、この場は言い負かしたようだ。

 戦いにおいて重要なのは、弱点を突くこと。

 それは相手がモンスターでもクラスメイトでも変わらない。

 あとであいつらが正樹になんて告げ口するか、その結果正樹がどういう行動を取るか、今から不安でしかないが・・・・・・

 ひとつため息をついて振り返ると、シオンは地面に膝をつき、黙々と地面にぶちまけられたサンドイッチを拾い集めていた。

 その姿を見た遼は、自分でも不思議なくらいに悲しさで胸が苦しくなった。

 

「えーっと・・・・・・俺の弁当、半分食うか?」


 とりあえず、そう声をかけてみる。

 半分じゃなくて全部やれよ、と言われるかも知れないが、遼にも譲れない一線はある。

 シオンは土まみれになったすべてのサンドイッチを弁当箱に戻すと、いたって冷静な表情で遼を見て、


「・・・・・・いらない。大丈夫」


 と言った。

 そしてその直後に、


 きゅるるるるるる・・・・・・


 と、シオンのお腹が鳴った。 


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 顔が良いと腹の音も可愛くなるのかな? と、痛々しい沈黙の中で遼は思った。

 そういやコトちゃんの腹の音もこんな感じだな。

 俺なんか虎が唸ってるみたいな音するぞ。


「遠慮せず食えよ。えーっと、迷宮食材ダンジョン・フードが気持ち悪くなかったらだけど」


 そう言って、弁当箱を開けてBLTサンドを見せる。

 迷宮ダンジョンから産出する品々、特に食品については、強い忌避感を覚える人もいる。モンスターの肉なんか食べたくない、というわけだ。


迷宮ダンジョン・・・・・・? これ、何の肉?」

「ファングボアだ。あっ、金のことは気にしなくていいぞ。自分で倒した奴だからタダみたいなもんだし」

「じゃあ、貴方も探索者なの」

「まあ一応」


 正樹はそれなりに有名な迷宮配信者ダンジョン・ライバーであり、シオンは両親が有名な探索者で、少し調べれば彼女自身も探索者だということはすぐわかる。

 そういうわけで、二人が探索者であることをは周知の事実である。

 一方、遼はまったく有名人ではないし、自分から言いふらしてもいないし、誰も聞いてくれないので探索者をやっていると明かす機会もなかった。

 なので、遼が探索者であるという事実はクラスにまったく知れ渡っていない。


「ファングボアは・・・・・・食べたことがない。・・・・・・本当にもらっていいの?」


 空腹か、それとも好奇心に負けたかは知らないが、シオンは前言を撤回し弁当を受け取る気になったようだ。


「ああ、さあどうぞ。半分だけな」


 遼が意地汚く“半分”を主張しながら弁当箱を差し出すと、


「・・・・・・ありがとう、御園くん。いただきます」


 シオンはほんの微かに笑顔のようなものを浮かべて、それを受け取った。

 俺の名前覚えてたのか、意外だな、とそのとき遼は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る