第三話 三人の迷宮探索者たちをめぐる騒ぎ
遼のクラスにいる二人の探索者のうち、一人はD級の〈剣豪〉だ。
名前は
背が高く、顔立ちは男性アイドルのように端整で、ビシッとセットした髪を明るい色に染めている。
探索者であるだけでなく
雷電刀華と比べると百分の一にすぎないが、それは比べる相手が間違っているだけで、世間的には十分に人気配信者と言える数字であった。
言うまでもなく女子に絶大な人気があり、また一部の男子からも
「俺、この前C級に昇格したんだ」
訂正、もうD級ではなくC級らしい。
「ついでに言うと、〈天空〉からもスカウトされてね。受けようと思ってる」
正樹がそう言うと、
「えーっ!? 正樹くん〈天空〉にスカウトされたの!?」
「マジかよ、すげぇっ! 四天王の〈MAKOTO〉が率いてるクランじゃん!?」
「さっすが正樹くん! わたし、いつも正樹くんのチャンネル見て応援してるよ!」
「わたしも!」
「俺も俺も!」
と、クラスのあちこちで驚愕や賞賛の声があがる。
だがしかし、正樹に話しかけられたもう一人の探索者の反応は、実に冷ややかだった。
「そう。好きにすればいいわ」
そう言って心底無関心な無表情で言い放ったのは、一目には妖精と見紛うような美少女。
シオン・スプリングフィールド。
日本人の血が四分の一流れるクォーターというやつで、シオンという名前は、漢字だと“詩音”になるらしい。
彼女がこのクラスにいるもう一人の探索者だ。
詳しくは知らないが、なんでも海外の有名な探索者の娘らしい。
こんな日本のごく普通の学校に通っているのは、子供の間は普通の青春を楽しんで欲しい、という両親の意向によるものだとか。
今のこの状況が、その“普通の青春”に相応しいかは甚だ疑問だが。
「いや、だからさ。俺とパーティ組んで、シオンさんも一緒に〈天空〉に入らないか? シオンさん、めちゃくちゃ可愛いし実力あるし、俺がMAKOTOさんに口利きすれば絶対入れてくれるって」
正樹は明るい笑顔を浮かべてそう提案する。
クランというのは、迷宮探索者事務所の通称だ。
〈天空〉はその中でも、業界トップクラスの知名度を誇る。
所属する探索者は容姿の良い者ばかりで、全員が
さながら探索者のアイドル事務所である。
「シオンさん、絶対受けたほうがいいって! あの〈天空〉に入れるかもしれないんだよ!?」
「くそー、俺も探索者だったら〈天空〉に入って配信やりたいなあ。二人が羨ましいよ」
「俺、シオンさんが配信始めたら絶対見る!」
クラスメイトたちの多くは正樹の側に立って騒ぎ立て、そして正樹はそれを諫めようともしない。
──こういうところが苦手でこいつに話しかけたくないんだよ、俺。
と、遼は密かに思った。
なんとなく独善的というか、自分の意見は通って当たり前、周囲は自分に賛同して当たり前、と思っているような気がするのだ。
この雰囲気に飲まれると、つい首を縦に振ってしまいそうだが──
「私は貴方とパーティを組みたいとも、〈天空〉に入りたいとも思ってない」
シオンはそうきっぱりと言い切って、もう話は終わったとばかりにノートを取りだし、一限目の予習を始めた。
正樹を含めて、一気に周囲の空気が凍り付いた。
だがやがて、
「何アレ。カンジわるーい」
「もうちょっと言い方ってもんがあるだろ。何様だよ?」
「ほんと性格悪いよね。正樹くんが可哀想」
正樹の取り巻きが、そんな呟きを漏らす。
そこで正樹が周囲を一喝すれば、遼も彼を見直すのだが──
「そ、そう言わずにもう一回考えてみてくれないか? 〈天空〉に入ればいろいろメリットデカいよ。最高級の装備が支給されるし、先輩のA級が指導してくれるらしいし。シオンさんにとって絶対悪い話じゃないから!」
なおもしつこく言い募るばかりである。実に未練がましい。
なお、シオンはノートから目を離さず、返事もしない。
完全にだんまりを決め込んでおり、それがまた、一層彼女を取り巻くクラスメイトの目を厳しくした。
と、そんな冷え切った空気の中で、
「無視されてんだからもう諦めろよ」
見ていてだんだん腹が立った遼は、割とデカい声でついそんな一言を漏らしてしまった。
ほとんど無意識というか、脊髄反射で出た一言である。
「は? 何?」
と言って正樹が振り返り、それに追従して、クラスメイトも次々に遼を見る。
いくつもの目線にいっせいに射竦められ、さすがにちょっと肝が冷えた。
とはいえ、
「何か言った? えーっと・・・・・・ごめん、名前なんだっけ?」
どうやら正樹はこっちの名前も知らないらしい。
まあいいや、覚えてもらいたいとも思ってないし、名乗るつもりもない。
やっぱりこいつに配信について聞くのは無しだな、と遼は決意した。
「いや、断られたし、無視されてんだし、男らしくきっぱり諦めれば?」
「お、男らしく・・・・・・?」
言外に“しつこく言い募るのは男らしくない”と言われて、正樹は戸惑ったようだった。
自分ではそんなつもり、一切なかったに違いない。
正樹の取り巻きも、それ以外のクラスメイトも、意外な展開に全員がざわついた。
冷え冷えとした空気が遼と正樹のあいだに流れ、クラスメイトは小声で何かを囁き交わし、シオンは相変わらずの無表情でノートを見つめ──
「お前ら、席につけ。ホームルームやるぞー」
担任の教師が入ってきたことで、何やら不穏な気配を孕んだままに、三人の迷宮探索者をめぐる騒ぎは中断されたのであった。
────
あとがき
探索者のクラスと学校のクラスがくそややこしい気がする
なんとか文脈から区別してください
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