第二十八話 第二回配信終了後

「お疲れさまです、二人とも」


 “ハルカノ”の初配信は大成功といって良い結果に終わり、カメラを止めたレアは、ハルカとカノンに労いの言葉をかけた。


「お疲れさまです、レアさん。んーっ、いやあ今回も無事に終わって良かった」


 ハルカは大きくのびをしながら屈託のない笑顔を見せ、


「お疲れさまです・・・・・・ふう」


 カノンはやっと人々の注目から解放され、大きく息をついた。

 しかし、その表情は明るくない。


「ごめんなさい、ハルカ・・・・・・私、全然ダメだった」


 初っぱなから挨拶をトチり、その後もあまり上手いトークもできず、カレーを食べた時も無難な感想しか出てこなかった。

 今思い返すと、あの時ああすればよかった、ああ言えばよかったと、後悔ばかりが残る初配信だった。


「確かに全てが計画通りとはいかなかったけど、全然ダメなんかじゃないよ」


 しゅんとするカノンに、ハルカはあっけらかんとした調子で笑いかけた。


「俺はカノンと一緒にやれて楽しかったし、それにコメントを見た限りじゃ、見てくれる人たちも楽しんでくれた。それが一番大切なんじゃないか?」


 全てを計画通りに進めたからといって、必ずしも好評を得られるわけではない。

 むしろ、アドリブや失敗によって生み出されるライブ感覚こそ、配信の醍醐味だ。

 ボスが前にそう言っていた。

 そして魅力的な配信者というのは、失敗すらも愛される存在なのだ。

 ハルカはカノンの失敗を見ても、決して苛立ったり怒りが湧いたりはしない。

 むしろ可愛らしいと思う。

 リスナーの多くも、きっと同じことを感じたことだろう。

 直接そんなことを言うのは、ちょっと恥ずかしくて無理だが。


「・・・・・・ありがと、ハルカ」


 カノンはハルカの顔を見上げ、力の抜けた自然な笑顔でそう言った。

 そして──

 ハルカの胸に、ぽすっ、と倒れ込むようにして頭を預けた。

 緊張の糸が切れて体に力が入らなくなったようだ。


「ごめんなさい、ちょっと疲れた・・・・・・」

「お疲れさま、カノン。ほんとによく頑張ったよ、今日は」


 カノンを受け止めながら、ハルカは心からの労いの言葉をかけた。

 彼女はどう考えても、大勢の人の前で喋るのが得意というタイプではない。

 むしろその真逆だ。

 にも関わらず、自分に付き合って配信者としてデビューしてくれた。

 どれだけ勇気を振り絞ったことだろうか。

 それを思えば、このまましばらく支えになってやりたいが──

 しかし、ずっとこの体勢でいるのはさすがに気まずい。


「・・・・・・ところで俺、一応男なんだけどな。忘れてないか、シオンさん」

「あっ・・・・・・あうっ、そ、そうだったわ。ごめんなさい、御園くん」


 顔を赤らめたカノン──シオンが、慌ててハルカ──遼から離れた。

 あまりに堂々とハルカとして振る舞うのですっかり忘れていたが、一応、遼は年頃の少年である。そしてシオンは年頃の少女だ。

 お互い、多感な時期である。

 無邪気に労いのハグをするのは、ちょっと問題があった。


「なんだ、もう終わりか? もっと続けてもいいんだぞ」


 と、いつの間にかレアの隣で成り行きを見守っていたクリスティナがそう言った。 


「あまりからかわないでください、ボス。二人が可哀想でしょう」

「別にからかってなどいない。私が個人的にもっと見たいから続けてほしいだけだ」

「なお悪いですよ・・・・・・まったく」


 堂々と“いいぞもっとやれ”と言い張るクリスティナに、レアがため息をつく。

 そんな二人のお決まりのやり取りに、遼もシオンもさきほどまでの気恥ずかしさを忘れ、肩の力を抜いてくすりと笑った。


「良い配信だったぞ、二人とも。リスナーの盛り上がりも最高だった。これからますます人気に火がつくだろうな、“ハルカノ”は」

「そうですね。途中、予想外の展開もありましたが、それがかえって話題を呼ぶ結果になりました。あの時の遼くんの振る舞いは、多くのリスナーに良い印象を与えたようですね」

「ああ、あれですか・・・・・・あはは、今思い返すとカッコつけすぎでちょっと恥ずかしいですね」


 救援要請を出した、あの三人組の探索者。

 彼らを救出し、そして配信を妨害されながらも文句一つ言わなかったハルカの振る舞いは、今回の配信で特に強い印象をリスナーに与えたようだ。

 可憐な容姿に反して、その中身は快活。

 そんなギャップが、〈ハルカ・ミクリヤ〉の大きな魅力だ。


「シオン、初めての配信だったが、お前はどうだった。楽しめたか?」


 そしてギャップがあるといえば、〈ハルノ・カノン〉もそうだ。

 勇壮な騎士の衣装に身を包む、妖精のように可憐な少女。

 一見するとクールな性格に見えて、慌てるとうまく喋れなくなる。

 その魅力は多くのリスナーを虜にしたようだが、肝心の本人に配信を続ける意欲と気力がなければ意味がない。


「楽しかったかと言われると・・・・・・よく、わからないです」


 クリスティナにそう問いかけられ、シオン少しうつむいた。

 緊張しすぎて、配信を楽しむ余裕などまったくなかった。

 楽しめた、と堂々と胸を張ることはとてもできそうにない。

 しかし──


「・・・・・・でも、御園くんが一緒にやってくれるなら、これからも続けたいです」


 自分でも不思議なことに、もうやりたくない、とはまったく思わなかった。

 むしろ、次回の配信が少し待ち遠しくさえ感じる。


 ──自分一人で配信をしていたら、こんな気持ちには絶対ならなかっただろうな。


 そんな風に思う。


「・・・・・・ん? どした?」

「な、なんでもない」


 ちらりと横目で遼を見ていたら、目が合ってしまった。

 シオンは慌てて誤魔化し、クリスティナのほうを向いた。


「ええと、だから・・・・・・これからもよろしくお願いします、ティナさん」

「うむ、任せておけ。・・・・・・ところで、そろそろ私の空腹が限界なんだがな。遼、カレーをもらってもいいか?」

「あ、どうぞどうぞ。今よそいますよ」


 クリスティナにそう言われて、遼はカレーを皿に盛り付け、テーブルに出した。


「おお、実に素晴らしい匂いだな。なあ遼、いやハルカ。ひとつ頼みがあるのだが」

「なんですか?」

「うむ。是非とも、食べる前に“萌え萌えキュン☆”をやってくれないか」


 スパーン、とレアがクリスティナの頭をはたいた。


「やらなくていいですから、遼くん。ボス、ふざけたこと言っていないで普通に食べてください」

「もえもえ・・・・・・ってなんですか?」

「遼くんとシオンちゃんは知らなくていいです。後で調べる必要もないですからね」

「は、はあ。わかりました」

「うーむ、絶対に似合うと思うのだがな・・・・・・おっ、美味いな!」


 豪快にスプーンにすくったカレーを一口で頬張り、クリスティナが大好物を口にした少年ような笑顔を浮かべた。

 そして──


「そろそろ刀華にもハルカの料理を食べさせてやりたいな。コラボの準備を進めておくか」


 ──そんなボスの宣言によって、近いうちに“ハルカノ”と〈雷電刀華〉の競演コラボが行われることが決定したのであった。

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