第二十七話 実食!〈ゴールドカレー〉

「それじゃカノン、最初の一口どうぞ。熱いから気をつけてな」

「うん。いただきます」


 キッチン内に併設されたテーブルに二人分の〈ゴールドカレー〉が配膳され、まずはカノンから賞味することになった。

 白いご飯とカレールー、そして大きな肉の塊をスプーンにすくい取り、ふーふーと息を吹きかけて少し冷ます。

 そして、最初の一口を頬張った。


「んっ・・・・・・美味しい!」


 捻りのない感想だったが、心からの一言だ。

 まず感じるのは、圧倒的な香りとコク。いくつもの匂い、いくつもの味が複雑に混じり合い、互いを高め合いながら一体となっている。

 そしてゴールド・ホーンの肉を噛みしめると、心地よい歯応えとともに、濃厚な旨味が凝縮された肉汁が溢れ出る。

 それが口の中でルーと一体になると、爆発的と言っていいほどの相乗効果シナジーを生み出す。

 最高のカレーに、最高のステーキをぶち込んだような美味の暴力だ。

 それでバランスが破綻せず、むしろ互いを高め合うことに成功しているのは、ハルカが“味のバランス”にこだわり計算した結果だろう。


『子供みたいな笑顔になってるwwwかわええwwwww』

『カノンちゃんこんな顔するのかwww』

『これ絶対美味いわあの顔見るだけでわかる』

『うちの子供がカレー食べた時あんな感じだわ』


「カノン、辛さは平気か?」

「うん、大丈夫。・・・・・・今まで食べたカレーで一番美味しいと思う」

「おお、高評価いただきました。カノンが喜んでくれてるみたいでよかったです。それじゃ、俺もいただきます」


 カノンやリスナーの反応を確かめてから、ハルカも最初の一口を頬張る。


「うおっ・・・・・・自分で作っといてこんなこと言うのもアレですけど、めちゃくちゃ美味しいです。とにかくゴールド・ホーンの肉が美味い。まさに極上の肉、って感じの歯応えと肉汁です。そんで、肉汁とルーが混じり合うと凄まじい破壊力が生まれますね。もうこれは美味の暴力ですよ」


 十八万人の前で自分の作った料理を絶賛するのはちょっと勇気がいるが、これはもうそういう企画なので仕方がない。

 肉の旨味とスパイスの辛味が見事に溶け合い、その中に、上品でさわやかな桃の甘味や、ワインの芳醇な酸味、薫り高いコーヒーの苦味が感じられる。


『ハルカくんもめっちゃ笑顔wwww』

『ぐあああ腹減ってきたあああああ』

『羨ましすぎて草』

『二人とも可愛すぎか』

『料理は食えなくてもこの二人の笑顔だけで満腹』

『でも食えるなら食いたいよね?』

『それはそう』


「・・・・・・あっ、今気づいたけど同接二十万行ってました。みなさん、ご視聴ありがとうございます! 一人で、っていうか二人だけで美味いもん食べちゃってごめんね」

「んくっ・・・・・・ご、ごめんなさい」


 視聴者全員に分けてあげることなど出来ないので仕方ないのだが、ハルカとしては、やはり見せるだけで食べさせないというは少々罪悪感がある。

 同じ気持ちを抱いているカノンも、慌ててカレーを飲み込んでから小さく謝った。

 もちろん、それに本気で恨み言を言うようなリスナーはおらず──


『二十万おめ!』

『おお今回はボス抜きで二十万行ったか』

『めでてぇー』

『ハルカくんとカノンちゃんが幸せならそれでええよ』

『気にせずこれからもガンガン美味いもん食ってくれ!』


 コメント欄には祝福の言葉があふれた。

 そして、


『そういやボスは? 今回もボスがカメラマン?』

『今回もボス出てくる?』

『前回はあっという間に我慢できなくなってたけど今日はよう我慢しとるな』


 やはりと言うべきか、前回同様にクリスティナの姿を見たいというリスナーもいるようだ。

 今回は、その要望に応えられないのだが。


「あー、いや、今回のカメラマンはマネちゃんさんです。前回のことがあって、ボスはキッチンから締め出されました。今、ドアの隙間からこっち見てます」

「・・・・・・あっ、ほんとだ。気づかなかった・・・・・・ひょっとしてずっと見てたの?」

「ああ、最初からな」


 現在キッチンの中にいるのは、ハルカ、カノン、そして真面目にカメラマンを務めるレアの三人。

 前回配信時の狼藉で、クリスティナはレアからキッチンに入ることを禁じられている。

 片手に赤ワインの瓶を持ち、ドアの隙間からキッチンの様子を恨めしげに覗いているのだった。


『ボスwwwマネちゃんに追い出されたのかwwww』

『残念でもないし当然』

『前回はカメラ押しつけて酒飲み始めたからなwwww』

『このカメラ持ってるのマネちゃんか! マネちゃん結婚してくれぇぇぇぇぇ!!』

『おいやめろボスに殺されるぞ』

『後でボスもこのカレー食べるの?』


「もちろん、カレーはこの後ボスとマネちゃんさんにもお裾分けするつもりです。出来ればお二人のリアクションも皆さんに見ていただきたいんですけど、それやるとハルカとカノンのチャンネルじゃなくて、ボスの食レポ配信みたいになっちゃうので・・・・・・残念ながら今日はここまでです」


『まあしゃーないな』

『あんまやるとボスの人気に便乗してるだけって言われそうだからなー』

『俺はボス関係なく二人を追っかけるぞ』

『俺も! 今日の配信最高だった!』


「応援ありがとうございます。次回もハルカとカノンのコンビをよろしくお願いします。あっ、いきなり言うけどコンビ名は“ハルカノ”に決まりました」


 ハルカとカノンで、ハルカノ。実に安直だが、覚えやすいのはいいことだ。

 今後はハルカノ・チャンネルとして配信をしていくことになる。


「というわけで、今日はそろそろお別れです。皆さん、次回も見に来てくださいねー」

「ごきげんよう、みなさん。また会いましょう」


 ハルカが明るく、カノンが少し澄ました調子で、別れの挨拶を告げる。


『おつかれー』

『おつハルカノ!』

『今からカレー作る!』


 そうして、大盛況のうちにハルカにとって二度目の配信、そして“ハルカノ”にとっての最初の配信が終わった。

 最終的な同接は前回と同じ二十万超を記録し、異色の男の娘料理人ハルカ、そしてその護衛を務める少女騎士カノンの名は、ますます広く知れ渡っていくのであった。

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