第二十六話 ハルカの特製カレーレシピ
「お待たせしましたー、こちらキッチンです! では、今からゴールド・ホーンの肉を使ったビーフカレー、作っていきたいと思います!」
『まってたぞー』
『はじまた!』
『今日はカレーライス食っていいのか!』
『ああ・・・・・・しっかり食え』
『この流れ前もあったぞwwww』
『ただ今より毒ガス訓練を開始する!』
『(トラウマが蘇るから)やめろォ!』
例の要救助者三人組を探索者協会にまで送り届けた後、ハルカとカノンの二人は予定通り、料理配信のために予約したスタジオのキッチンに到着した。
カメラが回され、配信が再開されると、一気にコメントが書き込まれた。
そして──
「うわっ、同接十八万!? いつの間にこんな増えたんだ?」
「じゅっ、じゅうはち・・・・・・?」
同時接続者数を見たハルカが驚き、カノンが口をぱくぱくさせた。
配信をスタートした時点では十万だったはずだ。
『さっきの救出劇が拡散されて人集まってきたっぽいな』
『SNSでもトレンドになってるよー』
『ハルカくんクッソカッコよかったからな』
『前回は最後二十万行ったんだっけ?』
『あれはボスが出たからだな。でも今回はハルカくんとカノンちゃんだけで二十万行きそう』
想定外の事態であった、三人の探索者からの救援要請。
どうもあれが大きく話題を呼び、キッチンへの移動中にかなりの人が集まってきたらしい。
「ま、まあ、人がいっぱいって意味では十万も二十万も同じようなもんなんで、気にせず行きたいと思います。カノンは大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫、たぶん」
同接が出るのはもちろん喜ぶべきことではあるが、改めて大きな数字を目の当たりにしたことで、カノンの緊張が微妙にぶり返してきてしまっている。
だが、ハルカはあまり心配していなかった。
何かあれば自分がフォローすればいいし、それに──
『カノンちゃん落ち着いてー』
『いやむしろもっと慌てて。慌ててるところが一番可愛い』
『畜生で草』
『このコンビほんといろいろ好対照だな』
緊張でガチガチになっていても、それはそれでリスナーを惹きつけられる魅力をカノンは持っている。
また、こういうリスナーの好意的な反応を見て、カノンも少しずつ自信をつけつつある。
自分が余計な気を回しすぎなくても、きっと上手くやれるだろう。
「では、今回使うメインの食材をお見せしていきます。ゴールド・ホーンの肩ロースです! 大きめに切って、下拵えとして一晩赤ワインに漬け込んでおきました。赤くてきれいでしょ」
ハルカはカメラの前に、ボウルに入れたゴールド・ホーンの肩ロースのぶつ切りを映した。
この肉が今回の主役だ。
『たしかにきれいな色してるな』
『宝石みたいに輝いとるわ』
『赤ワインか。牛肉柔らかくするのに使うよな』
「ゴールド・ホーンの肉は脂身が少なくて、強烈な旨味としっかりとした
「ん、ある。でもカレーは初めて」
「そっか。それじゃ、カノンも未体験のゴールド・ホーンカレー、早速作っていきましょう!」
ハルカとカノンは手分けにして、カメラの前に用意した食材を次々に並べていく。
「とりあえず食材を切っていきます。使う野菜はトマトとタマネギ」
と言って、まな板の上に二種類の野菜を乗せる。
包丁を持ち──
「はい完了。今回の主役は肉なので、肉は大きく、野菜は細かく切っていきます」
一瞬の早業で、みじん切りを完了した。
それからフライパンにバターを溶かし、タマネギを炒め始める。
『はっやwww何が起きたwwww』
『前回もやってたなこれ』
『剣士系の攻撃スキルっぽい動きだよな』
「あー、そういや結局、クラス明かすの忘れてましたね。いい加減言っちゃいましょう。ハルカ・ミクリヤのクラスは〈料理人〉です!」
包丁を片手に持ちながら、ハルカはカメラの前でそう宣言した。
『料理人? そんなクラスあんの?』
『聞いたことねぇ。キャラ付けのための設定じゃないの?』
『いや配信でクラスの偽称なんかしないやろ。協会にアホほど怒られるぞ』
『世界的に珍しいけど一応実在するクラスだよ。協会の資料で見たことある』
『稀によくいるタイプのレアクラスじゃなくてガチモンのレアクラスか』
『この調理の手際見てるとマジで〈料理人〉ってクラスの恩恵受けてるっぽいな』
一部のリスナーは半信半疑といった様子で、話題集めやキャラ作りのためにクラスを偽称しているのではないか? という意見もあるようだ。
だが、大っぴらに自分のクラスを偽称するのは、探索者協会が定めた規約に違反する行為である。
それに調理器具を自在に操り、恐ろしい手際で調理を進めていくハルカの動きは、確かに〈料理人〉というクラスでもおかしくないと思わせるものがある。
「まあクラスの話は置いといて、今はカレーです。前回ボアジンジャーを作った時、味のバランスを取ることが大切って話をしたの覚えてますか? 今回もこの理論に従って作っていきます」
ハルカは深鍋でオリーブオイルをあたため、そこにカノンが、今回のメイン食材となるゴールド・ホーンのぶつ切り肩ロースを放り込んでいく。
「ゴールド・ホーンに肉には強烈な“旨味”があります。で、肉を柔らかくするために使った赤ワインですが、これはトマトと一緒に“酸味”を担当します。カレールーが“塩味”と“辛味”を担当。けど、ルーだけだと辛味がちょっと足りないので、カレー粉を入れて補強。あと必要なのは“甘味”と“苦味”なんですが──カノン、アレ映してくれるか?」
「わかった」
調理で手を離せないハルカの代わりに、カノンが二つの食材を持ち上げ、カメラの前に大写しにした。
「甘味には桃缶、苦味にはインスタントコーヒーを使います。このやり方、聞いたことあるかな?」
『桃なんて入れんの?』
『隠し味にコーヒーは知ってるけど桃なんて入れていいのか』
『林檎とか蜂蜜は入れるよな。桃はやったことないけど』
『あーなんか聞いたことあるわ。海上自衛隊のカレーは桃缶入れるって』
「おっ、よく知ってますね。おっしゃるとおり、俺のカレーは海自のレシピをもとにしてます。シロップをよく拭き取った桃を刻んで入れると、辛さの中にも上品な甘さが感じられるようになって、非常にオススメです。あとはインスタントコーヒーの粉で苦味を足せば、旨味、酸味、塩味、辛味、甘味、苦味のバランスが取れたカレーの完成です」
ハルカはカメラに向かって説明しながら、よどみなく調理を進めていく。
炒めた肉に水とタマネギを加えて煮立たせ、そこにさらに、残りの材料を順次投入していく。
『ほおーバランスか。今度試してみよう』
『なるほど隠し味ってバランスを整えるために入れるんだな』
『なんかすごい勉強になった気がする』
『すげー料理したくなってきた!』
『ハルカくんマジで料理人って感じだな』
「ハルカって、本当に料理に詳しいのね」
意外に論理的に組み立てられたハルカのカレーレシピに、リスナーも、そしてカノンも感心の反応を示した。
「まあ、あくまで家庭料理レベルで、本物のシェフには全然敵わないけどな。俺もまだまだ勉強中だよ」
「それでもすごい。私、料理はぜんぜん出来ないから・・・・・・」
「ありゃ、そうなのか。でも、一緒にこういう配信続けていけばだんだん出来るようになっていくんじゃないか? 俺に教えられることは教えるからさ」
「・・・・・・ん。ありがと、ハルカ」
『てぇてぇ』
『自然に良い雰囲気出してくるなこの二人』
『これ台本? 素のやりとり?』
『素だったら死ねるわ尊すぎて』
『ハルカくんに料理教わりてぇなー俺も』
『いつかカノンちゃんメインの料理配信も見てみたいなー』
と、そんな話をしているうちに、料理はどんどん完成に近づいていき──
「うん、そろそろいいな」
深鍋の中では全ての材料が渾然一体となって煮詰められ、奥深く香ばしい芳香をただよわせている。
食べる前から、絶対に美味しい、とわかる匂いだ。
白米と一緒にカレー皿に盛りつけ、それをカメラがアップにする。
「お待たせしました。ゴールド・ホーンの肩ロースを使ったビーフカレー、ゴールドカレーとでも名付けようかな? 完成です!」
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