第二十五話 惚れました!

「──はあっ!!」


 咆哮をあげ、猛然と突進するゴールド・ホーンを、ハルカは肉斬包丁を振るって迎え撃った。

 刃と角がぶつかり合い、激しく火花を散らす。


「ブモオッ!!」

「うおっ、やるな!」


 ゴールド・ホーンは激しく首を振り回し、まるで二刀流の剣士のように二本の角を振るう。ハルカもそれに応じ、肉斬包丁の斬撃を立て続けに繰り出す。

 まるで剣闘士の試合のように、ハルカのゴールド・ホーンは数合も斬撃を打ち合った。

 と、そこへ──


「ハルカ、離れて」

「了解!」


 カノンが長銃を構え、ゴールド・ホーンの脇腹を狙って立て続けに引き金を引いた。

 凝縮された火の元素エレメントが次々と撃ち込まれ、折り重なるようにいくつもの爆発を起こした。

 その一発一発が、小型爆弾の直撃に等しい威力だ。

 さしものゴールド・ホーンも悲鳴をあげ、焦げた毛皮からは煙が立ち昇り、爆風に押されて大きくよろめいた。

 爆炎による火傷、そして爆圧による裂傷が、確実に白い毛皮にダメージを刻んでいる。


「さすがB級、このまま撃ち続ければ楽に勝てちゃいそうだな」


 ハルカは思わずそう呟く。

 カノンの放つ炎の太矢ボルトは、〈パイロマンサー〉としての彼女の能力によって生み出されている。

 能力の使用には気力・体力を消耗するため、弾数が無限ということはないのだが、百発や二百発程度撃ったぐらいではなんともないと、カノンは事前に語っている。

 この調子で撃ち続ければ、ゴールド・ホーンを近づかせることなく一方的に倒せてしまいそうだ。

 あまり配信映えする戦法ではないが、現在は人命救助中。

 そういうことは考えなくていいだろう。

 と、そんなことを考えていると──


「ブモオオオオ──ッ!!」


 このままでは一方的に撃ち倒されることを理解したのか、ゴールド・ホーンが反撃に出た。

 二本の角が雷気を帯び、大気が焼け弾けるバチバチという音を鳴らす。

 雷撃攻撃の予兆だ。角の向きからして、狙いはカノン。


「【調理器具操作コントロール・クッキングツール】!」


 ハルカはスキルを発動しながら、肉斬包丁を投擲した。

 スキルによって正確に制御された肉斬包丁は、放物線を描く軌道で回転しながら飛翔し、ゴールド・ホーンとカノンの間の地面に突き立った。


「ブモォッ!!」


 そこに放たれる雷撃。

 それはカノンを害することなく、肉斬包丁が避雷針の働きをして、無力化されてしまう。

 自身の最大の切り札が空を切ったことで、ゴールド・ホーンに隙が生まれた。


「【調理器具創造クリエイト・クッキングツール肉斬包丁ブッチャー・ナイフ】──〈半月〉!!」


 その隙を見逃さず猛然と駆け寄ったハルカは、スカートをふわりと広げながら、ゴールド・ホーンの頭上へと跳躍する。

 空中で手の中に肉斬包丁を生み出し、その勢いのままにゴールド・ホーンの首筋を狙って、〈半月〉を叩き込んだ。

 闘気オーラを帯びた重く鋭い斬撃が、ゴールド・ホーンの頑健な頸椎を圧倒的な破壊力で叩き斬り、その命を奪った。




「死にそうな怪我してる奴はいないか?」


 戦闘が終了すると、ハルカは三人組に声をかけた。

 雷撃を浴びて気絶した二人は、今はなんとか意識を取り戻している。

 三人とも、命に関わる怪我はしていないようだった。

 カノンはそれをやや遠巻きに見守っている。会話に参加するつもりはないらしい。

 どうやら人見知りを発揮しているようだ。


「大丈夫っス・・・・・・あの、助けてくれてあざっした」


 意気消沈した様子のリーダーが、頭を下げた。

 彼は命を救われる前、ハルカを『注目を集めるために女装して配信やってるキモい奴』としか思っていなかった。

 そして、そんなハルカが成功を収めていることに対して苛立ちと嫉妬を感じていた。

 が、今となってはそんな気持ちは吹き飛んでいる。


「あ、あの──すいませんでしたッ! 俺たち、ハルカさんの配信に映り込んで有名になってやろうって魂胆だったんです。なのに命を助けてもらって・・・・・・」

「お、おい!?」


 と、そこで、罪の意識に耐えかねたか、仲間の一人が計画をゲロった。

 リーダーは慌てた。売名行為に利用するつもりだったと白状すれば、ハルカは烈火のごとく怒るだろう。

 そう予想したのだが──


「なんだ、そんなこと考えてたのか」


 ハルカはただ、仕方ないという風に苦笑いを浮かべるだけだった。


「そ、それだけっスか?」


 思わずリーダーはそうたずねる。

 もっと、感情のままに罵られると思っていたのだ。

 きっと、自分だったらそうしていただろうから。

 ハルカは肩をすくめた。


「俺が何も言わなくても、この後協会とか家族とかにしこたま怒られるだろ。説教ならそれで十分だ。とにかく命が無事で良かった、俺からはそれだけだよ」


 リーダーも、二人の仲間も、呆気に取られて馬鹿みたいな表情でハルカを見つめた。

 と──


『クッソ男らしくて草生える』

『文句ひとつ言わんのかなんてええや』

『ハルカくん男前すぎるwwww』

『見た目と性格のギャップエグいwwww』

『だがそれがいい』

『説教大好きなウチの上司に見せたいこの配信』

『ハルカくんが許すなら俺もこいつら許すわ』


 今まで完全に意識から外れていたが、タブレットに表示されるコメント欄には、猛烈な勢いで賞賛の言葉が流れていた。

 そういえば配信の途中だった。

 人命救助に気を取られて、完全にカメラとリスナーの存在を忘れていたのだ。

 いかん、なんかカッコつけまくった気がするし、偉そうなこともいろいろ言ったかも。

 ハルカはちょっと赤面した。

 

「ほっ、惚れました!!」


 そんなハルカを見て何を思ったのか、リーダーがいきなりそんな台詞を叫んだ。


「は?」


 カノンが今まで一度も聞いたことのない声を出し、


『は?』

『は?』

『は?』


 コメント欄の空気も一瞬で冷え込み、彼女に追従した。

 その様子を感じ取ったリーダーが、慌てて言い繕う。


「すいません、変な意味じゃないっス! 男として惚れたってことっス!」

「は、はあ。男として・・・・・・?」


 ハルカが首を傾げる。


「俺、女装して配信とか最初は意味わかんねぇって思ってました。そこまでして注目集めたいのかよ、って」


『おまいう』

『まーそういう人もおるよね』

『啓蒙が足りんな』

『万人受けするジャンルじゃないから』

『しゃーない』


「でも、ハルカさんはマジで強くて男前っス。一人の男として尊敬します! 配信、応援するっス!」

「お、おう。ありがとう・・・・・・」


『まあそういうことなら許したるわ』

『よかったな若造。死なずに済んだようだぞ』

『誰目線なんだその台詞wwww』

『伝説のヒットマンか何か?』

『こえーよこのコメ欄wwww』


 惚れた、と言われた時は何事かと思ったが、どうやらそういうことらしい。

 まあ、そう言われて悪い気はしない。


「あっ! 握手してもらってもいいっスか?」

「ダメに決まってるでしょ。ハルカから離れて」


 ヒートアップするリーダーの前に、ハルカを庇うようにしてカノンが割り込んだ。


「触ったら撃つから」

「サっ、サーセン。調子乗りすぎました」


『カノンちゃんナイス!』

『まさに騎士ナイト

『嫉妬してるwww可愛すぎかwwwww』

『ハルカくん目当てで見始めたけどカノンちゃんもクッソ可愛いわ』

『可愛いの過剰接種でそろそろヤバい』

『なんだこの幸せな空間は・・・・・・俺は天国に来ちまったのか?』


 長身の男の娘メイドを守る銀髪ロリっ娘騎士。

 クリスティナが描いたその構図は、今まさにしっかりとリスナーの心を掴んでいた。

 コメント欄の雰囲気は大いに盛り上がっているが、そろそろ話を先に進めないといけない。

 ハルカはこほんとひとつ咳払いをした。


「えー、まあ、とにかく死者が出なくて良かった。当初の目的も果たしたので、この三人を連れて迷宮ダンジョンを脱出します。その後はいよいよゴールド・ホーンの実食です。行くぞカノン、急いで脱出だ!」

「うん。みなさん、少し待っててね」


『おつー』

『待ってる』

『実食楽しみ』

『ハルカくんの料理だ!』

『帰りも気をつけてなー』


 リスナーの声援を受けながら、二人と三人組は急いで帰還を目指した。

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