第二十四話 〈ゴールド・ホーン〉

 Cランク迷宮ダンジョン〈ラビリントス〉最深部──通称〈闘牛場〉。

 〈ラビリントス〉のロードである〈ゴールド・ホーン〉が待ち受けるその空間は、まさしく闘牛場を思わせる広い円形の部屋だった。

 〈ハルカ・ミクリヤ〉の配信を利用して知名度を稼ぐという計画のもと、三人組の迷宮配信者ダンジョン・ライバーたちは〈闘牛場〉に侵入し、ゴールド・ホーンと相対した。

 そして──

 その圧倒的な力の前に、容易く蹴散らされた。


 ゴールド・ホーンは、白い毛皮の巨大な牛型モンスターである。

 牛とは言っても、日本人が見慣れた牧場の乳牛とはまったく違う。

 象をも上回る体格を持ち、全身を鋼のような筋肉に包まれ、頭部から生える黄金の二本角は、湾曲しながら鋭い切っ先を前方に向けている。

 その姿には、平和で温厚な草食動物のイメージなど欠片も見受けられない。

 凶暴で戦闘的な、正真正銘のモンスターだ。


「こっ、攻撃が効かねぇよ、リーダー!」

「いくら撃ってもダメだ! 勝ち目ねぇよ!」

「うるせぇ、いいから撃ち続けろ!」


 三人組のうち、リーダーは〈剣士〉であり、あとの二人は〈アーチャー〉だ。

 〈アーチャー〉の二人が矢の連射を浴びせ、相手の動きが止まったところを〈剣士〉であるリーダーが斬る。ここまでは、そのような連携で上手くやってこれたのだが──

 ゴールド・ホーンの分厚く頑健な白い毛皮は、いくら矢を浴びせても血の一滴も流さない。

 そしてリーダーの剣は──


「おらぁっ!!」


 気合いの叫びを上げて斬りかかるも、その一撃は、ゴールド・ホーンの角によって見事に受け止められた。


「な、なに──うおっ!?」

「ブモォォッ!!」


 ゴールド・ホーンが咆哮をあげ、鍔迫り合いの状態から、思いっきり首を横に振る。

 角に絡め取られたリーダーの剣が、明後日の方向に飛んでいった。


「しまった──うがぁ!!」


 一瞬、呆気に取られ無防備になったリーダーの横腹に、ゴールド・ホーンの角が叩きつけられた。まるで子供に蹴飛ばされた人形のように、リーダーの体が宙を舞う。

 武器を失い、大きな放物線を描いて地面に叩きつけられたリーダーを見送ると、ゴールド・ホーンは今度は〈アーチャー〉二人に狙いを定めた。

 と──

 ゴールド・ホーンの角が、バチバチと音を立てて雷気を帯び始めた。


「なんかやべぇぞ! 逃げないと!」

「でっ、でもリーダーが──」


 留まってリーダーを救出すべきか、自分たちだけでも逃げるべきか。

 二人が混乱し、判断しかねている隙に、ゴールド・ホーンの次の攻撃が放たれた。


「ブモオオオッ!!」

「うぐあああっ!」

「ぎゃばあああっ!?」


 咆哮とともに二本の角から二条の雷撃が放たれ、二人の〈アーチャー〉に直撃した。

 防具に組み込まれた結界術式のおかげで即死こそ免れたが、気を失って地面へと倒れ伏す。

 ゴールド・ホーンについて協会の資料を詳しく調べていれば、相手が角から雷撃を発することは予期できていただろう。

 だが、当初の予定を変更しての急なゴールド・ホーン戦ということで、三人の知識は致命的に不足していた。

 その結果が、この醜態だ。

 リーダーは強烈な打撃を受け、二人の仲間は雷撃を浴び、もはや三人とも戦う力も逃げる力も残されていなかった。

 ゴールド・ホーンは無力化した三人の侵入者を見渡すと、まずはリーダーに狙いを定め、のっそりとした足取りでトドメを刺しに近寄った。

 リーダーは立ち上がって逃れようと足に力を込めるが、角で打たれた脇腹が激しく痛み、思うように体が動かない。


「うあ、くっ、来るな・・・・・・来ないでくれぇっ!」


 リーダーはそう懇願するが、モンスターが人間の言葉に従うはずもない。

 必死に後ずさるリーダーの体を串刺しにするべく、ゴールド・ホーンは角で狙いを定め──

 しかし、その時。


「──〈半月〉!」


 エプロンドレスのスカートを優雅になびかせ、目の前に救世主が降臨した。

 鋼鉄の落雷となって上空から打ち下ろされた刃が、物凄まじい衝突音を轟かせながらゴールド・ホーンの角を弾き返し、その巨体を一歩後ろに下がらせた。


「っと、硬いな。さすがロード

「・・・・・・ハ、ハルカ・ミクリヤ!?」

「よかった、生きてるみたいだな。立てるか?」


 突然現れ、リーダーの命を救った救世主──〈ハルカ・ミクリヤ〉は、ゴールド・ホーンに肉斬包丁を向けたままリーダーに視線を向け、そう問いかけた。


「あっ・・・・・・はっ、はい、大丈夫です!」

「それならあっちで倒れてる二人についていてくれ。こいつは俺たちに任せろ」

「わ、わかりました!」


 リーダーの返事は、自然と敬語になっていた。

 痛みをこらえながらなんとか立ち上がり、指示に従って気絶した自分の仲間二人のもとへと向かう。

 その後ろ姿を見送ると、ハルカはゴールド・ホーンに視線を向け、その巨体を観察した。

 どうも先客の三名は、ろくにダメージを与えられないままに終わったらしい。

 ゴールド・ホーンは手傷らしい手傷を負っておらず、戦意に満ちたギラつく眼で、新しい侵入者に狙いを定めている。

 その視線に、ハルカは挑発の笑みを浮かべて応えた。

 

「こっからは俺が相手だ。かかってこい──刺身にしてやる!」

「ブモオオオオ────ッ!!」


 ハルカの決め台詞に応じるように、ゴールド・ホーンが角を振りかざして突進した。

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