第二十三話 予想外の事態

 ハルカとカノンの二人が配信をしている頃──


「・・・・・・ちっ、誰も見てねぇじゃねぇか! なんでだよ!」


 同じ〈ラビリントス〉内に、三人パーティの探索者たちがいた。

 全員が同じ年頃の若い男性だ。

 その中の一人、このパーティのリーダーである金髪の若者が、配信用ドローンに搭載されたタブレットの画面を見て悪態をつく。

 そこには、同時接続者数ゼロと表示されていた。

 つまり、この配信を見ている人間は誰一人いないということだ。


「はあ、やっぱり簡単に人気者になれるほど甘くねぇな」

「同接千ぐらいはすぐ行くと思ったんだけどな・・・・・・」


 あとの二人が、続いてそんなことを呟く。

 三人は少し前に配信を始めたばかりの迷宮配信者ダンジョン・ライバーだった。

 とはいっても、同接が示す通り、人気と知名度は限りなくゼロに近い。

 時々、配信を見に来てくれる者は現れるものの、すぐに去ってしまい固定客になってくれない。


「あーあ、四天王が羨ましいぜ。あいつら、一回の配信で何百万も稼いでんだろ?」

「ちっ。俺らとあいつら、何が違うってんだ?」

「そりゃ実力だろ。あと顔」

「身も蓋もないこと言うなよ、悲しくなってくるだろ」


 三人はそんな風に愚痴りながら、迷宮ダンジョンを進む。

 これ以上配信を続けても仕方ないと、ドローンのカメラは切っていた。


「おっ、見ろよ。今、同じダンジョンで〈ハルカ・ミクリヤ〉が配信してるぜ」

「ハルカ? あー、あの女装してるキモい奴な」


 仲間に見せられたスマホの配信画面を見て、リーダーが吐き捨てる。

 自分よりも後にデビューし、あっという間に人気者に成り上がった〈ハルカ・ミクリヤ〉の存在には、苛立ちを抑えられぬものがあった。


「うおっ、同接十万だってよ! コメントの勢いもすげぇ!」

「うわっ、スゲー可愛い女の子連れてる。パーティメンバーか? こりゃ人気出るわ」


 そんなリーダーの気持ちを知ってか知らずか、仲間二人は羨ましそうに画面を見ている。

 同接十万。

 彼ら三人にとっては異次元の数字だ。


「ちっ。ぽっと出のイロモノ野郎が調子乗りやがって。・・・・・・おい、そいつ〈ラビリントス〉で何してんだ?」

「え? ああ、なんか〈ゴールド・ホーン〉倒しに行くみたいだな」

「ほお、じゃ狙いは最深部か・・・・・・よし」


 リーダーはある計画を思いつき、ほくそ笑んだ。

 今話題沸騰中の注目株〈ハルカ・ミクリヤ〉。

 その名声を利用させてもらおうじゃないか。


「お前ら、今から最深部行くぞ。先回りして、俺たちで〈ゴールド・ホーン〉を倒す」

「はあ? 何言ってんだよリーダー!?」

「まさか、ハルカの配信に無理矢理映り込もうってのか?」

「その通りだ。そいつの配信、十万人が見てるんだろ? 十万人の目の前で〈ゴールド・ホーン〉を倒しゃ、俺たちも一躍有名人だろ」

「いやいや、待ってくれよ!」


 仲間二人は慌てて止めにかかった。


「俺たち、まだ〈ゴールド・ホーン〉と戦ったことないだろ。勝てるのかよ?」

「それに事前に出した配信計画と別のことやると、協会に怒られるぜ!」


 二人の言うことは、それぞれもっともである。

 しかしリーダーの決意は固かった。

 こういう機会チャンスでもないと、ずっと同接ゼロの状態に甘んじることになる。

 それになんとかして、自分たちをあっという間に追い抜いていった生意気な新人の顔を潰してやりたいという気持ちもあった。

 むろん、炎上はするだろう。

 だが、上等である。

 悪名は無名に勝る、という言葉があるではないか。


「〈ゴールド・ホーン〉なんて、どうせミノタウロスよりちょっと強いだけだ。三人でかかりゃ敵じゃねぇ。それに協会には道に迷ったって言っとけばいいだろ。グダグダ言ってねぇで、いいから行くぞ!」


 そんなリーダーの一喝によって、パーティはハルカを先回りすべく、最深部を目指して移動を始めた。




 ハルカとカノンは、息の合ったコンビネーションで危なげなくモンスターを倒しながら、〈ラビリントス〉の広大な迷路の中を進む。


「いつも使ってるこの包丁ですが、これは俺のスキルでその場で作成してます。〈調理器具創造クリエイト・クッキングツール〉って名前のスキルです。それから、調理器具を持つと戦闘能力が強化ブーストされる〈戦闘包丁術〉ってスキルも持ってます」


『調理器具作れて調理器具持つと強化される? 聞いたことねー』

『こりゃまた面白いというか変なスキルだな』

『でもめっちゃ強いよね。ミノタウロス一刀両断ってB級上位の剣士系でも難しくね?』

『とにかく腕力がエグい』


「これよく言われるんですけど、カノン、俺の腕力ってそんなにヤバいかな?」

「うん。単純な力だけならA級に匹敵すると思う。腕力以外の身体能力もかなり高い」


『だよな。俺も前衛型の探索者だけどハルカくんと腕相撲したらポッキリ行く自信あるわ』

『ポッキリ行くとしてもハルカくんの手を握れるなら腕相撲するぞ俺は』

『覚悟決まりすぎだろwwwww』

『長身男の娘メイドに加えて怪力属性とな』

『筋力最強って武闘家系だっけ?』

『基本的にはそう。でもレアクラスは例外だらけだからわからん』

『そろそろハルカくんのクラスとランクおせーて』


「あー、すいません。ちょっと焦らしすぎましたね。俺は今C級で、この配信で〈ゴールド・ホーン〉を倒したらB級に昇格する予定になっています。ちなみにカノンもB級です。で、クラスなんですが──」


 と、そこまで言ったところで、〈ダンジョン・ウォッチ〉がピピピ、と警告音を鳴らした。


「ごめん、ちょっと待ってください。なんだろう」

「ハルカ。この音、救援要請」


 カノンがそうぽつりと呟き、コメント欄はにわかにざわついた。


『近くで困ってる探索者がいるってこと?』

『配信中にタイミング悪いな』

『これって聞いちゃったら助けに行かなきゃいかんの?』

『いやあくまで任意協力。迷宮ダンジョン探索は自己責任よ』


「えーっと・・・・・・あれ、この救援要請、最深部からですね。おかしいな、協会には今の時間、最深部に挑むパーティはいないって聞いてたんですが。ボス、どうなってます?」

『うむ、どこかのパーティが急に予定を変更して最深部に突入したようだな。単なる気まぐれか、この配信を妨害する意図があるのかはわからんが、道に迷ったわけではなかろう。地図があるのだからな』


 ハルカがクリスティナに繋ぐと、そんな言葉が返ってきた。


『もしかして獲物の横取り?』

『あーありえる。それで勝てなくて救援要請か』

『だっせぇwwww』

『助けなくてええんとちゃう』

『いや難しいな。ここで要請無視したら難癖つけてハルカくんが燃やされるかも』

『あーそれはあるな。助けられたのに見捨てたってことにされるかも』


 迷宮ダンジョン探索では、けが人はもちろん、時には死人も出る。

 だが、それは全て自己責任ということになっている。

 ここでハルカとカノンが救援要請を無視しても、法的には何の問題もない。

 ただしハルカをよく思わない勢力は、これ幸いと“非情”のレッテルを貼るだろう。

 そうすれば、炎上の憂き目にあうかもしれない。

 ──だが、そうした可能性を考えなくても、ハルカは最初から悩んでいなかった。


「放っておいて死なれたら寝覚めが悪い。ボス、救援要請に応じます。カノン、付き合ってくれるか?」


 すぐ側で死にかけている人がいるなら、助けるに決まっている。

 それがハルカ・ミクリヤの──御園遼という少年の性格だ。

 どのみち、今回の配信では最深部を目指していたのだ。

 ただその道程を少し急ぐというだけのことだ。


「当然。ハルカを守るのが私の仕事」

『いいだろう。だがくれぐれも無茶はするなよ、二人とも』


 カノンがハルカの目を見て頷き、そしてクリスティナから許可が出た。


『おお助けに行くんか』

『ハルカくん男前やなー』

『安全第一で行ってくれよ!』

『そうそうハルカくんとカノンちゃんの安全が一番大事』

『頑張れ二人とも!』


 そんなリスナーからの声援を受けながら、ハルカとカノンの二人は最深部へと急いだ。

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