第二十二話 〈ラビリントス〉攻略

 第一関門であるリスナーへの挨拶をなんとか終えたことで、カノンは少し余裕を取り戻した。

 これなら戦闘が起こっても、緊張で動けなくて大変なことになるという展開は起こらないだろう。

 ハルカはそれを確認し、いよいよ〈ラビリントス〉の攻略を始めることにした。

 と、その前に──


「【調理器具創造クリエイト・クッキングツール肉斬包丁ブッチャー・ナイフ】!」


 〈料理人〉のスキルを発動し、巨大な肉斬包丁を手のひらの中に作り出す。

 〈ラビリントス〉は開放型の迷宮と違い、閉ざされた迷路の中だ。

 曲がり角で急にモンスターと出会うこともあるので、敵を見つけてから武器を創っていては少々遅い。


「不意の遭遇戦に備えて武器を出しておきます。ちょっとデカくて邪魔ですけどね」


『出たクソデカ包丁』

『鉄の塊やん何キロあるんだこれ』

『ハルカくんの腕力どうなってんの?』


 と、リスナーが盛り上がりを見せる。

 デカい武器はただそれだけでロマン、とボスが言っていた。

 そして今回は、カノンにもデカい武器を用意してある。


「カノン、そっちの武器も見せてくれ」

「わかった。──はい」


 と言ってカノンがカメラの前で構えたのは、銀色の銃身を持つ長銃ライフルだった。

 今回の配信のために用意した、インパクト重視のである。

 サイズそのものは一般的なライフルとさほど変わらないが、カノン自身が小柄であるために、相対的に巨大に見える。

 これまで使っていた拳銃は、副兵装サイドアームとしてホルスターに収めている。


『こっちもでけぇwwwww』

『おー小さい女の子にデカい銃ってこっちもロマンだな』

『これもボスの趣味だな絶対』

『見た目はマスケットっぽいな』

『銃使うクラスって何かあったっけ』


 迷宮ダンジョン内では、一般的な実弾銃が武器として使われることはあまりない。

 なので探索者が使用する銃は、ほとんどの場合、見た目が銃に似ているだけの別種の装置デバイスだ。


「さて、前回はDランク迷宮ダンジョンということで、ほとんどスキルを使わずに戦いました。いわゆる舐めプって奴ですね。でもCランクからはそんなことも言っていられないので、俺とカノンのスキルをお見せして行けると思います」


『おー楽しみずっと気になってた』

『俺も気になって夜八時間しか眠れなかった』

『しっかり寝てんじゃねぇかwwwww』

『ハルカくんはほぼ間違いなくレアクラスだよな』

『ひょっとしてカノンちゃんもレアクラスだったり?』


「さて、モンスターが出てくればさっそく披露できるんですが──っと」


 噂をすれば影というやつか。

 曲がり角の向こうから、モンスターの臭いと足音が近づいてくる。


「第一モンスター発見です。カノン、ちょっと下がってて」

「ん、わかった」


 ハルカが肉斬包丁を構えて前衛に立ち、カノンがその背後で銃を構える。

 そして──

 前方の曲がり角から、二メートルを超える巨体の人型モンスターが現れた。

 半人半牛の巨人、ミノタウロス。

 この〈ラビリントス〉でもっとも頻繁に出現するモンスターである。

 巨大な斧を武器として携え、迷宮ダンジョンに侵入した二人の探索者の姿を見つけると、フシュウ、と息を吐く。


『うおー怖えー』

『腕太wwww斧デカwwwwww』

『笑い事ちゃうわ』

『ファングボアは動物っぽかったけどコイツはマジでモンスターって感じだな』

『ミノタウロスって美味いの?』


「うーん、高級な牛肉って感じで美味いらしいんですが、俺は食べたことないです。なんか人型なのが気になっちゃって。同じ感想の人は多いんじゃないでしょうか?」

「私も、人型はちょっと・・・・・・」


『いや呑気かwwww』

『食べる話してる場合じゃないだろwwwww』

『でもわかるわ気になるよね』

『安かったら人型でも気にせず買うけど高いしなー』

『来るよ二人とも気をつけて!』


「ブモオオオオォォォ──ッ!!」


 呑気にコメント欄と会話するハルカに痺れを切らしたか、ミノタウロスが太い咆哮をあげ、斧を振り上げて突進してきた。


「このパーティでは俺が前衛として足を止め、カノンが射撃で援護ってスタイルで戦います。──こんな感じで!」


 ハルカは巨大な肉斬包丁を軽々と持ち上げ、迫り来るミノタウロスへの叩きつけるように振り下ろした。

 力任せの豪快な一撃を、ミノタウロスが咄嗟に斧で受け止める。

 力と力の真っ向勝負だ。

 体格の差だけを見れば、どう考えてもハルカに勝ち目はないが──


「──でりゃあっ!」

「ブモッ!?」


『マジで!?』

『は? 今何が起こった』

『押し返したぞwwww』

『ハルカくん怪力wwwww』


 ハルカの一撃はミノタウロスの突進を食い止め、のみならず後方へと大きく退かせることに成功した。

 そして──


「カノン、頼む」

「ん、わかった」


 今度はカノンが長銃を構え、たたらを踏んで後ろに下がったミノタウロスに狙いを定める。

 〈パイロマンサー〉の能力によって生み出された炎の元素エレメント薬室チャンバーに装填され、圧縮され、加速され、発射される。

 銃口から放たれた高エネルギーの太矢ボルトは、性質的には〈魔法使い〉系のクラスが使用する〈ファイア・ボール〉のスキルに似ているが、より高密度で高威力だ。

 火の玉、というよりは、小型の爆弾に等しい。

 その直撃を受けて、ミノタウロスは爆炎に巻かれながらさらに後方へと吹き飛ばされ、迷宮ダンジョンの壁へと叩きつけられた。


『うおっ爆発した』

『大砲かなんかか?』

『銃の威力あげるタイプのスキル?』

『そんなのあったっけ』


「その辺の解説は後ほど──とりあえず、トドメ行きます!」


 ハルカが肉斬包丁を構え直し、そして、深く息を吸って集中した。

 自分の内側から闘気オーラを呼び起こし、手に持つ刃に流し込む。


「戦闘包丁術──《半月》!」


 そして、跳躍。

 カノンの攻撃によって動きを止めたミノタウロスに、半月の軌道を描く縦一閃の斬撃を打ち下ろす。

 全身の瞬発力と闘気オーラを肉斬包丁に集約し、威力のみを重視した豪快なる一撃を放つ〈料理人〉の固有攻撃スキル──戦闘包丁術〈半月〉。

 別にを叫ぶ必要はないのだが、探索者協会は周囲への注意喚起のため、なるべく声に出すことを奨励している。

 軍人が手榴弾を投げる際、「グレネード!」と叫ぶのと同様である。

 探索者協会の偉い人が、「技名叫んだほうがカッコよくね?」と言い出したことで推奨されているという噂もある。

 それはともかく──


「──はい、第一モンスター討伐完了。どうだったでしょうか?」

 

 〈半月〉を受けたミノタウロスの巨体は手に持つ斧ごと両断され、左右に分かれて迷宮の床に転がった。

 言うまでもなく即死。

 戦闘終了だ。


『ハルカくんつっよwww強すぎて草生えるわwwwww』

『なんちゅー怪力じゃハグされたら潰れるぞ』

『そんな機会は永遠に来ないから安心しろ』

『カノンちゃんの銃も威力やべーな』

『この遠近コンビどっちも火力エグい』


 Cランク迷宮ダンジョンの敵を一方的に瞬殺した戦いぶりに、コメント欄も盛り上がる。


「ではそろそろ、俺とカノンのクラスとスキルについて説明していきましょう。まず、カノンのクラスは〈パイロマンサー〉。炎を生み出し、操る能力を持ったレアクラスです」


 ハルカがそう解説し、カノンがひとつ頷いて、カメラの前に銃を見せた。


「私のスキルは、そのままだと威力と範囲が大きすぎて物凄く使いづらい。だからこの銃で、威力を撃ち出してる」


 挨拶を無事に終え、モンスターとの初戦闘に勝利し、少し肩の力が抜けてきたようだ。

 なんとか自然に話せるようになってきている。


『パイロマンサーって魔法系のレアクラスだったか』

『抑えてアレかよやべーな』

『全力でスキル撃つとこ見てみたいな。閉鎖型の迷宮ダンジョンじゃ無理だろうけど』

『爆風で大変なことになるわ』

『パイロマンサーかー知ってるわ火力やべーんだよな。特級の一人もパイロマンサーだった気がする』

『でもカノンちゃんのパイには何のロマンも』

『おい馬鹿やめろ』


「・・・・・・むう」

「おいお前、今見てたからなお前。このコメント欄ボスも見てるからな後で覚悟しとけよ」


『ハルカくん声ひっくwwwww』

『あっ終わった』

『人生終了のお知らせ』

『ご愁傷様です』

『死亡確認!』

『それは生きてるフラグwwww』


 ──と、そんな風に賑やかに盛り上がりながら、二人はさらに迷宮の奥へと進んでいくのであった。

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