〈ハルノ・カノン〉初登場!編

第二十一話 〈ハルノ・カノン〉からの挨拶

 Cランク迷宮ダンジョン〈ラビリントス〉は、前回配信を行った〈ビーストランド〉とは違い、閉鎖型の迷宮ダンジョンである。

 閉鎖型とはつまりは、建物や洞窟の中ということだ。

 〈ラビリントス〉の内部構造は、巨大な石造りの迷路。天井は高く、幅は人が三、四人は手を広げて並べるほど。ハルカの武器は結構なだが、これだけの広さがあれば不自由なく戦える。

 この迷路を抜けた最奥の部屋に、今回の標的である巨牛型モンスター〈ゴールド・ホーン〉が待っている。

 迷宮門ダンジョン・ゲートから少し離れた、人気ひとけもモンスターの気配もない通路で、〈ハルカ・ミクリヤ〉と〈ハルノ・カノン〉は配信準備を完了した。

 そして──


「みなさん、こんにちは! 迷宮配信者ダンジョン・ライバーハルカ・ミクリヤの第二回配信へようこそ!」


 カメラが〈ハルカ・ミクリヤ〉の姿を映し、配信が始まった。


『きたあああああ!』

『はじまた!』

『ハルカくんきちゃ!』

『一週間長かったぞー!』

『マジで男? ほんとに?』

『脳が混乱する』


 配信用ドローンに取り付けられたタブレットの画面に、大量のコメントが流れる。

 前回と同じく、既に同時接続者数は十万を超えている。

 ハルカを中心に巻き起こっている旋風は、いまだ熱冷めやらずと言っていいだろう。


「はい、今回はCランク迷宮ダンジョン〈ラビリントス〉からお送りしております。閉鎖型の迷宮ダンジョンで、要はデカい迷路の中。一般の人がダンジョンと聞いてまず思い浮かべるのは、こんな感じの場所じゃないですかねー」


『〈ラビリントス〉かー。昔はめちゃくちゃ危険だったけど今はそうでもないよね』

『今は迷う心配ないってのがデカいよな』

『協会が完璧なマップ作成しちゃったからな。もはや迷路ではない』


「おっ、探索者っぽいコメントがちらほらありますね。その通り、〈ラビリントス〉は探索者協会が完璧な地図を作成して公開してます。〈ダンジョン・ウォッチ〉からいつでも確認できるので、迷うことなく一直線に最深部まで行けます。テクノロジーの進歩に感謝ですな」


 順調に行けば、二時間かからず〈ゴールド・ホーン〉の待つ最深部の部屋まで行ける予定である。

 迷宮配信者ダンジョン・ライバーにもいろいろな種類の人がいて、配信のやり方も様々だ。

 何十時間もの配信をひたすら垂れ流す人もいるが、〈ハルカ・ミクリヤ〉の配信は、攻略パートと料理パートの二本立てを計画している。

 攻略パートが長すぎるのはよろしくない。


「さて、前の配信で予告した通り、今回の迷宮ダンジョン攻略はパーティで行います」


 と言って、ハルカはカメラから外れて待機するシオン=カノンに目線を送った。

 彼女は、見るからにガチガチになっていた。

 配信前にハルカとクリスティナでいろいろと緊張を解くために声をかけたのだが、配信が始まった途端、石像のようになってしまった。

 だがいつまでも紹介を先延ばしにはできないので、もうやるしかない。


「それでは、今回からパーティに加わったハルカ・ミクリヤの頼もしき護衛を紹介します。ハルノ・カノンです!」


 ドローンが旋回し、カノンにカメラを向ける。

 洗練された騎士風の衣装に身を包む、妖精のごとき銀髪プラチナ・ブロンドの美少女──〈ハルノ・カノン〉。

 その姿が映し出されると、コメント欄は一気に熱狂に包まれた。


『可愛すぎて草。妖精さんかな?』

『ちっちゃい可愛い美しいなんだこれ』

『等身大のドールみたいだ本当に人間かこれ』

『長身メイドにロリっ娘騎士の組み合わせか! さすがボス!』

『美少女というより美幼・・・・・・いやなんでもない』


 カノンの視界の中で、大量の賞賛の言葉が流れていく。

 歓迎一色、と言って良いだろう。

 それが逆に彼女を緊張させた。

 台本のことなど、とうに頭から吹き飛んでいる。


「・・・・・・あっ、あの」


 なんとかか細い声を絞り出すも、普段のクールな調子とは別物だ。

 そして、


「ハルノ・カノンです。・・・・・・よっ、よろしくお願いします」


 台本で予定していたものとはまったく別の、ひどく無難な挨拶しかできなかった。

 声もぜんぜん出ていない。

 ハルカの足は引っ張りたくない──そう密かに決意していたにもかかわらず、第一声から思いっきりやらかしてしまった。

 一瞬、カノンは気が遠くなった。

 しかし──


『は? 可愛すぎて鼻血出たんだが?』

『落ち着いてー。緊張しなくていいよ』

『俺らのことはジャガイモだとでも思ってくれ』

『声めっちゃ可愛いなもっと聞かせてくれ』

『なんだこれめっちゃ胸がドキドキする。これが・・・・・・母性?』

『たぶんそれちがう』


 カノンの予想と違い、責めるようなコメントを書き込むリスナーはいなかった。

 カメラの前で話すというのは、誰だって緊張するものだ。

 ましてや、これは同接十万を超える配信である。

 緊張して失敗するぐらい、誰もが当たり前のことと考えていた。

 と、そこに──


「カノン、台本とぜんぜん違うよ。もう一回、ちゃんとカッコいいやつやって!」


 ハルカが明るい声で茶々を入れる。


「う・・・・・・わ、わかった。もう一回やる。・・・・・・ハルカ、ちょっとこっち来て」

「ん? わかった」


 それで少し緊張の解けたカノンが小さく頷き、それから少し考えて、カメラの前にハルカを呼び寄せた。


『台本wwwwハルカくんそれ言っちゃダメなやつwwwww』

『二人並ぶと結構サイズ差あるな』

『カノンちゃんの小ささが際立つ』

『こうして見るとハルカくんお姉さんっぽいな』

『贅沢言わないからこんな姉と妹が欲しい』

『贅沢すぎるわwwwwww』


 そんなコメント欄を後目に、ハルカはカノンの隣に立つ。

 と──カノンがそっと手を伸ばし、ハルカの袖を小さくつまんだ。

 こうすると、ハルカが持っている明るさと勇気が、自分の中にも流れ込んでくるような気がするのだ。

 カノンは大きく息を吸い、


「みなさん、ハルノ・カノンよ。ハルカの護衛を務めるわ。よろしく」


 キリっとした顔で、今度は事前に決めていた通りのクールな挨拶を決めた。


 ──ちゃんと挨拶できた・・・・・・!


 と、カノンは胸の内で密かにガッツポーズする。

 物静かで口下手な性格の彼女にとって、これだけの人々の前で挨拶をするというのは、ただそれだけで小さな偉業だった。


『やり直したwwww可愛いwwwwww』

『今の見た? ハルカくんの袖つまみながら挨拶してた』

『見た。一瞬ハルカくんがお母さんに見えたわ』

『男の娘お母さんとか新ジャンル過ぎるわwwwww』

『てぇてぇ・・・・・・』

『オイオイオイ死んだわ俺』

『この背伸びしてる感がたまらん』

『ありがとうボス この二人を見つけてくれて 本当にありがとう』


 当初の予定とは違っていたが、コメント欄も大きな盛り上がりを見せる。

 いや──

 ひょっとしたら、ここまで全てボスの計算通りかもな、とハルカは思った。

 ただ単にクールな態度と台詞で挨拶をしただけでは、ここまでの盛り上がりはなかったように思える。

 失敗すらも愛される魅力がハルノ・カノン──シオン・スプリングフィールドにはあると、クリスティナは最初から考えていたのかもしれない。

 それにはまったく、同意見だ。

 そして──


「はい、というわけで、今日はハルカとカノンの二人で〈ラビリントス〉を攻略していきます。目的は最深部で待つ巨牛型モンスター〈ゴールド・ホーン〉! 今日のメニューは、ゴールド・ホーンの肉を使ったビーフカレーだ! お見逃しなく!」


 そんなハルカの宣言とともに、迷宮ダンジョン攻略が始まった。


────

あとがき


メインキャラに名前が複数あるってややこしいな

作者も混乱してきました

ちょっと人称とか呼び方とか後で整理するかもしれません

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