第二十話 反響と次への準備

 〈ハルカ・ミクリヤ〉の名は一躍世に広まった。

 SNSではトレンド一位を獲得し、登録者数は既に三十万を超え、大量の切り抜き動画が作成され再生されている。

 一番再生されている切り抜きは、ハルカではなくクリスティナが登場したシーンのものだったが。まあ、人気でボスに勝てないのは仕方がない。

 開設された〈ハルカ・ミクリヤ〉の公式SNSアカウントは、既に様々な有名人によってフォローされている。

 その中にはハルカの先輩であり、迷宮配信者ダンジョン・ライバー四天王の一人に数えられる〈雷電刀華〉。

 そして、刀華と同じく四天王の一人である〈レン・スターライト〉、通称“レン様”もいた。

 レンは刀華に向けて、「ハルカに会わせてくれ」と言うようなメッセージを送り、それがまた、各方面で物議を醸した。

 むろん、世間の反応は好意一色ではない。否定的な意見も散見される。

 しかしともかく、めちゃくちゃバズっている、と言って良い状況だろう。

 この勢いのままに次の配信で〈ハルノ・カノン〉を世に出し、さらなる旋風を巻き起こす。

 それがクリスティナの計画だ。


「日本の古いことわざにもあるだろう。ピザは熱いうちに食えというやつだ」

「ピザはイタリアの料理ですが・・・・・・」

「ひょっとして鉄は熱いうちに打てって言いたいんですか?」

「そうそれ」


 と、そんな感じである。

 かつて遼は、ボスや刀華を火星ぐらい離れた世界の人々と考えていた。

 だが今はボスの薫陶を受け、刀華の後輩として、その後を追いかけ始めている。

 火星にたどり着けるかはまだまだわからないが、大地から飛び立つことには成功したと言えるだろう。




 さて、正体を隠してのデビューとはいえ、一気に人気配信者の仲間入りをした遼ではあるが、喜んでばかりもいられなかった。

 何故なら──


「このハルカって子、お兄ちゃんと声そっくりだねー」

「ソウダネ」

「身長も同じくらいだね」

「ソウカモネ」

「特技は料理だって。お兄ちゃんと同じだね」

「グウゼンダネ」

「・・・・・・お兄ちゃん、メイド服似合うね」

「アッハイ」


 御園家のリビングで、琴歌はスマホで〈ハルカ・ミクリヤ〉の動画を再生しながら、遼を尋問していた。

 正体は完全にバレていた。

 もはや誤魔化してもどうにもなるまい。


「はー・・・・・・迷宮配信者ダンジョン・ライバーやるとは聞いてたけど、女の子の格好でやるとは思わなかったよー。お兄ちゃん、そういう趣味があったんだ・・・・・・」

「い、いや、これは俺の趣味ってわけじゃ・・・・・・」

「お父さんとお母さんビックリするだろうなー」

「ど、どうかこの件は内密に、コトちゃん」

「わたしが喋らなくてもいつか気づくよ。二人とも探索者協会で働いてるんだから」

「うっ、で、ですよね・・・・・・」


 なんと説明したものか、頭を悩ませる遼であった。

 怖い。両親からの着信が怖い。

 まあ最悪の場合は全てボスに丸投げしよう、と遼は決意した。


「あー、それでですね・・・・・・琴歌さん・・・・・・ひとつ、頼みがあるんですけど」

「何? お兄ちゃん」


 遼はおずおずと話を切り出した。

 実は最初から、琴歌には〈ハルカ・ミクリヤ〉の正体を明かすつもりでいた。

 そう長く隠し通せる気もしなかったし、何より、遼がハルカとして活動するためには琴歌の協力が不可欠だからである。


「お兄ちゃんは今後〈ハルカ・ミクリヤ〉として活動するわけになったんですけれども、迷宮ダンジョン攻略だけじゃなくて、自宅から雑談とか歌などの配信もする予定でして。その際は、琴歌さんにお化粧の手伝いをお願いできないかと・・・・・・どうでしょう」


 遼がハルカに変身する際、化粧はシュウかボスにやってもらっていた。

 遼は今まで、もちろん化粧などしたことがないので、一人でハルカになるのは不可能である。

 そこで、琴歌の手を借りる必要があったのだ。


「んー・・・・・・いいよ、面白そう! ねねっ、その代わりわたしに配信手伝わせて! いいでしょ?」

「えっ、手伝うって・・・・・・どんな風に?」

「後ろでギター弾くとかさー、BGMあった方がいいでしょ? それに歌枠やるなら伴奏やりたい!」

「うーん、それは・・・・・・まあ、うん、確かに面白そうだな。わかった、ボスに聞いてみるよ」

「やたっ! 楽しみー」


 兄の贔屓目を抜きにしても、琴歌の楽器の腕はかなりのものである。

 それに兄妹で協力して配信というのは、実に楽しそうだ。

 きっとボスも面白がるだろうと思い、遼は琴歌の提案を受け入れた。




 そして、学校では。

 ここでも〈ハルカ・ミクリヤ〉の配信は話題になっていた。


「マジで可愛かったよな、ハルカくん!」


 朝、教室に入ろうとした寸前にそんな言葉が聞こえてきて、遼は扉の前でフリーズした。


「それにめっちゃ強いし! 俺一瞬でファンになったわ」

「デカい包丁めっちゃ軽々振り回してたよな。腕力ヤバすぎ!」

「次の配信待ちきれねーよ!」


 と、そんな風に盛り上がっているのは、主に男子である。

 クラスメイトが自分のことで、というか女装した自分の話題で盛り上がっているなど、これまでの人生で想像したことすらない事態である。

 何事もなかったかのように教室に入り、席に着いてからも、遼は落ち着かなかった。

 もしバレたら、どんな目で見られることやら・・・・・・

 想像もしたくない。




 何事もなく一週間が過ぎた。

 その間、遼とシオンは次回の配信に向けて、入念な打ち合わせを行った。

 遼は〈ハルカ・ミクリヤ〉として配信をするにあたって、台本を用意しつつも、基本的には素の自分を出してアドリブで喋っている。

 ただし、そのやり方は基本的に物静かで口下手なシオンには少々難しい。

 なので、ある程度〈ハルノ・カノン〉のキャラクターを作って、それを演じる必要がある。

 二人はクリスティナの監修のもとで、協力してそのキャラクター像を固めていった。

 配信は、前回の〈ビーストランド〉より一段階ランクを上げ、Cランク迷宮ダンジョンで行うことになった。

 選ばれた迷宮ダンジョンの名は〈ラビリントス〉。

 狙いはその最下層で待ち受ける巨大な牛型モンスター〈ゴールド・ホーン〉

 作る予定なのは、その肉を使ったビーフカレーだ。

 そしていよいよ、配信の日がやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る