第十三話 男の娘と美少女の友情誕生の瞬間

「遼ならこのフロアにいるぞ。見つけてみろ」

「なんですか? それ・・・・・・」


 謎かけを楽しむようなクリスティナの言葉に、シオンは首を傾げ、フロアを見渡す。

 シオンの他にこの場にいるのはクリスティナ、レア、シュウ、またその他の〈虎ノ巣〉社員たち。

 そして、エプロンドレスを着た正体不明の絶世の美少女。

 身長は女性にしては高く、髪型はふわふわのウルフカットで、なんだか妙に気まずそうな苦笑いを浮かべている。


貴女あなたは・・・・・・?」


 今までちょっと見たことがないほどの美少女だったが、その顔には、どこか御園遼の面影があるような気がした。

 たとえば、そう。

 彼に美人の姉がいれば、このような姿になるのではないか。


「やあ、シオンさん」

「へっ?」


 謎の美少女に聞き覚えのある声で名前を呼ばれたシオンは、目を丸くした。


「俺俺、俺だよ。御園遼だよ」

「え・・・・・・えっ? 御園くん? 本当に? ちょっ、ちょっと待ってください、頭が・・・・・・」


 シオンは混乱のあまりその場にすてんと尻餅を付き、目の前の信じがたい現実に頭を抱えた。

 大きな瞳がぐるぐるになっている。

 そして、


「・・・・・・きゅう」


 そのまま気を失った。


「ふははっ、サプライズ大成功だな」

「成功しすぎです。気絶しちゃったじゃないですか!」


 クリスティナが満足げに笑い、遼が叫んだ。

 クリスティナが遼とシオンの集合時間をずらしたのは、どうやらこれがやりたかったらしい。




「本当に御園くんなの・・・・・・信じられない」


 あの後しばらくして目を覚ましたシオンは、未だ半信半疑のままに、遼を観察している。

 シオンの中にあるイメージでは、御園遼は非常に男らしい少年だった。

 確かに顔は女顔というか童顔というか、カッコイイというよりも可愛らしいほうに属するタイプだったが、カラッとした快活な笑い方やその性格、喋り方から、あまり中性的な印象はなかったのである。

 何より、裏庭で三人の女子から自分を庇ってくれたあの瞬間。

 シオンは遼を、まるで物語の英雄ヒーローのようだと思った。

 こんなこと、恥ずかしくて絶対に言えないが・・・・・・


「俺も鏡見た時、誰だ貴様!? ってなったよ」


 その英雄ヒーローが目の前にいる絶世の美少女と同一人物だとは、とても信じられない。

 しかしその声や苦笑気味の笑顔は、確かに御園遼のものである。


「・・・・・・ちょっと触ってもいい?」

「いいよ。納得するまで好きにやってくれ」


 遼に許可を取って、エプロンドレスの胸元をぺたぺたと触る。

 固く平たい感触が返ってくる。

 迷宮探索者として、遼の胸板は結構よく鍛えられている。

 間違っても女性の感触ではない。


「むう。信じられないけど、信じるしかない」


 事ここに至っては認めるしかあるまい。

 シオンはようやく、目の前の現実を受け入れた。

 そして──


「・・・・・・事情はわかった。けど・・・・・・本当にその格好で配信をやるつもりなの、御園くん」


 二人でフロアの隅にあるベンチに座り、女装をするに至った経緯を説明すると、一応は納得したようだった。


「まあ、さすがにちょっと恥ずかしいけど、考えてみれば悪くないアイディアのような気がしてな」


 迷宮配信者ダンジョン・ライバーは大抵の場合、配信者名ライバー・ネームを使って配信を行い、可能な限り正体を隠している。

 しかしそれでも、顔を出して配信を行っている以上、本名や年齢、住所、職場や学校などの情報はバレてしまいやすい。

 しかしこの女装のクオリティなら、中身が御園遼だと気づく者はいまい。

 雷電刀華との関係でユニコーンを怒らせたとしても、中身を特定されなければ遼本人はノーダメージで済む、という寸法だ。

 確かに冴えたやり方であるような気がしてきた。

 単にボスの趣味に付き合わされているだけのような気もするが・・・・・・


「ところで、シオンさんのほうはどうなんだ。迷宮配信者ダンジョン・ライバー、やってみたいと思ってるのか?」


 遼とともにシオンもまた、クリスティナにスカウトされている。

 彼女の構想では、遼とシオンはコンビとして売り出すつもりらしい。

 つまり、パーティを組んで迷宮配信ダンジョン・ライブを行うということだ。

 だが、シオンがその提案をどう考えているのかはまだ不明だった。

 シオンは目を伏せ、しばし考えてから口を開いた。


「私が・・・・・・私が配信をやりたくないって言ったら、御園くんはどうするの。配信を始めたら、私と一緒に迷宮ダンジョンに行く時間はなくなると思う。そうなったら・・・・・・パーティは解散?」

「いや、その時はボスのスカウトを断らせてもらうよ」


 遼はさして悩む風でもなく、きっぱりとそう言った。

 最初から決めていたことだ。

 確かに、ボスのもとでドラゴンの倒し方を学べるというのは、この上なく魅力的な条件だ。

 だから女装だろうとなんだろうと、迷宮配信者ダンジョン・ライバーをやることに否はない。

 だがそれ以前に守るべきものもある。


「シオンさんとパーティを組むって約束のほうが先だからな。いくらボスの勧誘でも、その辺を蔑ろにはできないよ。探索者とか配信者とか以前に、人としてアレだから」


 もともと遼はCランク迷宮ダンジョンに一緒に行ってくれる仲間を探していて、それでシオンが協力してくれることになったのだ。

 ボスに勧誘されたからと言って、もう要らないとばかりにシオンとのパーティを解消するのは道義にもとる。

 シオンのほうから解散したいと言い出さない限りは、彼女とパーティを組むことを優先するつもりだ。

 たとえ千載一遇の好機を蹴ることになっても、だ。


「・・・・・・そう」


 シオンはうつむいていた顔をあげ、遼の顔を見た。

 相変わらずクールな表情だったが、その瞳には安堵の色があり、桜色の唇がわずかに笑みを浮かべていた。


「私はこれからも、御園くんとパーティを組みたいです」

「お、おう。ええと、ありがとう」


 不意にまっすぐな言葉をぶつけられて、遼は動揺した。

 シオンはベンチから立ち上がり、遼の正面に立った。


「御園くんが迷宮配信者ダンジョン・ライバーをやるなら、私も一緒にやりたいと思います。あの、喋るのは得意じゃないですけど・・・・・・出来る限り力になるので、よろしくお願いします」


 そう言って、気品に満ちた仕草で頭を下げる。


「ありがとう、シオンさん。俺も出来る限りシオンさんを助けられるよう頑張るよ」


 遼は立ち上がって、手を差し出した。

 仲間パーティ・メンバーに頭を下げられるのは、どうにも居心地が悪い。

 握手のほうがずっといい。


「──ええ。一緒に頑張ろう、御園くん」


 シオンは花のような微笑を浮かべ、その手を握り返した。


「うおおおっ、てぇてぇ、てぇてぇよぉ!」

「男の娘と美少女の友情誕生の瞬間だ・・・・・・まさかそんなものを生で見れるとは・・・・・・」

「いかん、涙出てきた。前が見えねぇ」

「どっちも良いだなぁ・・・・・・推せるッ!!」

「俺、ファン一号になるわ」

「は? 一号は俺だが?」

「いいや俺だねッ!!」


 〈虎ノ巣〉の社員たちが騒ぎだし、


「どうやら話はまとまったようだな」


 ボスがにやりと笑って二人に笑いかけた。


────

あとがき


ちょっとシオンの反応が淡泊だったので後から書き足しました

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