第十二話 男の娘なら許される!

 〈虎ノ巣〉社の社員は何か質問するわけでもなく

 かといって嫌悪の表情もなく

 戸惑う遼の前に一着のメイド服を差し出した──


「──って、ストップストップ! なんですか、メイド服って!?」

「ふむ、説明が必要か?」

「いや、まあだいたい想像つきますけど・・・・・・男性配信者がマズいから、女装して女性配信者としてデビューしろってことですよね?」

「それは違うな」

「えっ、違うんですか?」


 てっきりそういうことだと思ったのだが。

 しかしクリスティナ・マクラウドの発想力は、遼の一段階上を行っていた。


「性別を偽ってデビューなどしたら、秘密が漏れた時にどんな炎上の仕方をするか想像もつかん。だからお前はしっかり男としてデビューさせる。しかし──」

「しかし?」

「男は男でも男の娘だ。遼よ、お前は男の娘になるのだ!」




 男の娘とは。

 端的に言えば、女の子にしか見えないくらい可愛い男の子のことである。

 クリスティナ曰く近年世界的に人気を博している属性であり、英語圏ではトムガールなどと呼ばれていると言う。


「男との共演はダメでも、男の娘なら許される! 何故なら人は皆、可愛いものが好きだからだ!」


 クリスティナは堂々とそう宣言し、レアが深々とため息をつき、遼は呆然として反応も出来ない。

 と、そこへ。


「あらティナちゃん、この子が昨日言ってた例の?」


 新たな人物が現れた。

 背の高い金髪の外国人で、恐ろしいほど整った顔立ちをした壮年の男性だった。

 イケオジ、という言葉がこんなにピッタリ似合う人物はなかなかいないだろう。

 白いシャツをラフに着こなし、今すぐにモデルとして撮影を始められそうだ。


「その通りだ、シュウ。私の見立ては間違っているか?」

「そうねぇ。確かに可愛い顔してるわ。お化粧したら大化けするわね、これは」


 ただし、何故かオネエ口調だった。

 シュウ、と呼ばれた人物は遼を上から下まで見つめ、両手で抱え、くるくると回し、地面に寝かせ、ひっくり返し、そしてまた立たせた。


「あっ、あの・・・・・・?」

「あらごめんなさい、まだ名乗ってなかったわね。ワタシはシュウ・フリーマン、〈虎ノ巣〉のチーフデザイナーよ。シュウちゃんって呼んでくれると嬉しいわ」

「は、はあ。自分は御園遼です」

「リョウちゃんね。ふふっ、素晴らしい素材だわ。ワタシが完璧にコーディネートしてあげるから安心なさい!」

「えっ、ちょっ、うわあああ! ボ、ボスぅ──!」


 シュウは遼の意見など一顧だにせず、人攫いのように抱えて部屋の奥に消えて行った。

 後には満足げなクリスティナと、頭痛をこらえるレアだけが残った。


「遼くん、何もできない私を許してください・・・・・・」

「シュウに任せておけば間違いあるまい。さて、そろそろもう一人が来る頃かな。レア、すまんが迎えに行ってきてくれ」

「はいはい。でもその前に一発殴らせてください」

「手加減してくれよ」

「もちろんです。手を痛めたくないですからね」




 シュウ・フリーマンの手によって、遼は大変身を遂げた。

 顔には入念な化粧を施され、頭にはウィッグとホワイトブリムを被せられ、革のブーツを履かされ、そして何より、ふりっふりの可愛らしいエプロンドレスを着せられ──


「って、なんで迷宮用装備の会社にエプロンドレスが!?」

「需要があるからよ!」


 世の中まだまだ、知らないことでいっぱいである。

 ともかくシュウのなされるがままにメイクアップを済ませた遼は、フロアの真ん中に戻ってきた。

 ほう、と周囲を取り囲む社員たちが感嘆のため息を漏らした。


「すげぇ、本当に男?」

「マジかよ。さすがボスが選んだ人材だ」

「俺、この会社に入ってマジで良かったぜ・・・・・・!」


 そんな声が、あちこちからあがる。


「あの・・・・・・俺、今、どうなってるんですか?」


 クリスティナにそうたずねる。

 彼女は目をかっぴらいで、鼻息を荒くしていた。

 ガンギマリフェイスである。


「抱きしめたいなあ、少年!!」

「ひええ・・・・・・」

「あらダメよ、ティナちゃん。女性による男性へのセクハラだって立派な犯罪なんだから」

「ぐぬぬ・・・・・・わかっているとも」


 クリスティナは唇を噛んで、なんとか興奮を抑えた。

 どうやら今の自分は彼女を叫ばせる容姿をしているらしい、ということが遼にはわかった。

 と、そこへ、ちょうど〈虎ノ巣〉の社員がキャスターつきの全身鏡を運んできてくれた。

 それをのぞき込んだ瞬間、遼は驚愕した。


「こっ・・・・・・これが俺!?」


 そこにいたのは、世界一の美少女(※遼個人の感想です)である御園琴歌に良く似た、絶世の美少女だった。

 琴歌がもう少し成長し、その可愛らしさが美しさに変化し始めたら、このような容姿になるだろうか。

 琴歌を愛らしい子猫に例えるなら、今の遼はその美しい姉猫といったところか。


「想像を絶する出来だな。さすがだ、シュウ」

「素材が良いおかげよ。ティナちゃん、よく見つけてきてくれたわ」


 クリスティナとシュウは、まるで最高のチームプレーを決めたスポーツ選手のように爽やかなハイタッチをかわした。

 やっていることは全然爽やかじゃないが。

 と、そこへ──

 ポーン、とエレベーターの到着音が鳴り、ドアが開いた。

 出てきたのは、レアとシオンだ。

 シオンはきょろきょろと辺りを見回し、


「御園くんはどこですか?」


 とたずねた。

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