プロローグその三 ボアジンジャー完成! そして実食!
「はいっ、お待たせしましたこちらキッチンです。今からファングボア料理作っていきまーす!」
『まってた!』
『いえーいどんどんぱふぱふー』
『今日はファングボア食ってもいいのか!』
『ああ・・・・・・しっかり食え』
ファングボア狩りを終え、〈ビーストランド〉から脱出したハルカは、事前に申請して借り受けておいた最寄りの配信用スタジオに到着した。
ここまで少々時間がかかってしまい、移動中は一時カメラを切る必要もあったが、高い注目度のおかげで同接は減っていない。
いやそれどころか、十万よりもさらに伸び、今は十三万を超えたところであった。
最初にこの配信計画を立てた時、狩りと料理の間にどうしても時間が生まれてしまうことが心配だったのだが、ボスは問題ないと言っていた。
そして、どうやらその通りだったようだ。
「料理にはさっき狩ったファングボアの肉を使います。──って言いたいところだけど、狩ったばっかりの肉はその日には食べられません残念ながら。血抜きにも下拵えにも時間がかかるので」
『知ってた』
『知らなかった』
『で、下拵えを終えたものが?』
「はい、こちらになります。ファングボアのロースです。背中のとこのお肉ですね。これは俺が狩って自分で血抜きして解体しました。百パーセント・ハルカ・ミクリヤ製のお肉です」
キッチンの上、カメラの前に準備しておいた肉を並べる。厚切りのロースだ。
全て事前に入念な下拵えを済ませており、またその他の食材や調味料の準備も抜かりない。
『ひえっなんか猟奇的』
『いいなー俺も食べたいハルカ・ミクリヤ製』
『結構量あるな。一人で全部食えるのか?』
『ハルカくんもしかして大食い系アイドル?』
「食べきれないぶんはカメラマンさんが全部食べてくれるそうなので、ガンガン作っていきます」
『カメラマン裏山』
『いや結構な量だぞこれ。見方によっちゃ拷問では?』
『カメラマンって誰がやってるの?』
「それはまだ秘密です。──さて、しっかり臭みを抜いたファングボアの肉は大体めちゃくちゃ美味い豚肉だと思っていただいて大丈夫です。なので今日はロースを使った豚肉料理を作っていきます。メニューはポークジンジャー! わかりやすく言えば洋風生姜焼きって感じですかね」
『おおーなんか家庭的?』
『うちでも作れそう』
『もうちょっと高級な料理作るのかと思った』
『でもまあ食べたことない料理作られても味が想像できんからなー』
「俺の配信で作る料理は、だいたい普段俺が家で作って食べている家庭料理になると思います。なのであんまり複雑で高級な料理はやらない予定です。では、さっそく焼いていきます」
調理とはいっても簡単な料理なので、下拵えさえ終えてしまえばあとは焼くだけだ。
だからこそ、初回配信にはこの料理を選んだ。失敗する心配がないからだ。
フライパンに油を引き、十分にあたため、そこに肉を投入する。
肉の焼ける音と、かぐわしい芳香がキッチンに漂い始めた。
「今のうちに付け合わせのキャベツを刻んでおきます。って言ってもすぐ済みますけど」
ここはちょっとした見せ場かもしれない。
カメラマンに合図し、一玉まるごとのキャベツを置いたまな板を映してもらう。
そして包丁を握り──
「はい、オッケーです」
ほぼジャスト一秒でキャベツの千切りを終えた。
『は? 今何が起きた?』
『なんか一瞬でキャベツが粉々になったんだが』
『戦闘スキル使ったのか?』
『たかがキャベツにオーバーキルだろwwwwww』
『キャベツくんが何をしたって言うんだwwwwwww』
間近で見せられたとんでもない早業に騒然とするコメント欄。
どうやら上手くアピールできたようだ。
こういうのをちょくちょく挟んでリスナーを飽きさせないのが配信のコツかもな、とハルカは漠然と思い始めた。
合図してカメラをフライパンに戻してもらう。
「肉は事前にパイナップルの果汁に漬けておきました。生姜焼きを作る時にこれやる人多いんじゃないでしょうか。肉がやわらかくなるし、後味がさっぱりするのでオススメです。今回はソースにも果汁を入れました」
『パイナップルか聞いたことあるな』
『今度生姜焼きでやってみよう』
『さっぱりしそう。夏に食いてぇなコレ』
しばらく焼いたところで、ソースを投入する。
「俺が料理をする時に個人的に大事にしているのが、味のバランスです。ファングボアの肉は旨味が凄いのですが、そのままだと他の味とのバランスが悪くて美味しさよりしつこさを感じます。なのでパイナップルで酸味を足すと、後味が爽やかになっていい感じです。このバランス論は大体の料理で通用するんじゃないかな。──っと、もういいかな」
肉には十分に焼き色がつき、ほどよくソースと絡んで
「ファングボアのロースで作ったポークジンジャー、名付けてボアジンジャーの完成です! カメラじゃ匂いを届けられないのが残念ですねー、すごく良い匂いしてるのに」
『うおおおおおおお!』
『思ったより結構普通だけど普通にめちゃくちゃ美味そう』
『普通とは?』
『普通が一番よあんまり斜め上行かれても理解が追いつかん』
『他の配信者がやってる上級モンスターのゲテモノ料理よりは味の想像つくな』
フライパンを振るって肉を滑らせ、キャベツを盛った白い皿の上に放り込む。
焼き加減は絶妙で、タレが光を反射して輝いている。
最高の出来映えだと言っていいだろう。
「それじゃあ早速一口目、いただきます!」
ぱくり。特にリスナーを焦らすことなく、豪快にかぶりつく。
その瞬間、口の中に濃厚な風味と旨味が弾け、脳の芯が揺さぶられるような衝撃が走った。
『美味いものが食べたい』という人間の本能が、大満足の叫びをあげる瞬間だ。
顔が勝手に笑顔になるのを止められない。
「・・・・・・ふはあっ! シンプルにガツンと来る旨さですね! 肉を噛んだ瞬間には濃厚な味わいがあるんですが、後味は果汁の風味でさっぱりです。飽きずに何枚でも行けそうです!」
『めっちゃ良い笑顔するなあおい! そんなに美味いか!?』
『可愛すぎて草。もう男でもいいや結婚してくれ』
『毎日俺にモンスター狩って来て料理作ってくれー』
『ヒモじゃねーかwwwww働けwwwwwwwww』
『配信終わったら速攻でボア肉買ってくるわ。どこで売ってるか知らんけど』
『協会の認可を受けた店じゃないと買えないよ。そこらのスーパーには置いてない。あと結構高い』
『探索者が知り合いにいれば安くわけてもらえるんだろうけどなー』
『つまりハルカくんと知り合いになればワンチャン?』
『ストーカーはやめろォ!』
怒濤の勢いで流れていくコメント欄。
そして──
ごくり、と唾を飲み込む音がした。
「マネちゃん、ちょっとカメラ持っててくれ。私はビール取ってくる」
「は? 何言ってんですか貴方?」
カメラマン──いや、ボスが、そんなことを言い出した。
そしてその瞬間、
『今の声ボス!?』
『カメラマンってボスがやってたんか!?』
『マネちゃんもいんの?』
『ボス、俺だ! 結婚してくれ────ッ!』
『仕事放棄して飲み始める気かボスぅ!?』
コメント欄にさらなる騒乱が起きるのであった。
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