プロローグその二 男の娘料理人のファングボア料理法
ファングボアが敵意の咆哮をあげ、暴走機関車のごとくハルカに突撃した。
二つの鋭い牙がぎらりと光る。
「ファングボアの
しかしハルカは慌てることなく、ギリギリで横に飛び、紙一重でやり過ごした。
巨大な肉斬包丁を持っているとは思えない身軽さだ。
「急停止も急カーブもできないので、実はそんなに怖くありません」
『いや怖いて普通に』
『カメラ越しでも鳥肌立ったわ』
『頼むもうちょっと余裕持って避けてくれ心臓が持たん』
『めいどふくひらひらしててかわいい』
『あかん精神崩壊しとる』
その場合どうすればいいかは、ボスに教わっている。
圧倒的な実力を見せて安心させろ! とのことだ。
「あー、ちょっと心臓に悪いかもしれませんが、ファングボアはもう何回も倒してるのでご安心を。こいつは突撃以外に攻撃方法がないので、一度攻略法覚えればただの美味しいお肉です」
『そうなのか。ビビらずによく見れば確かに避けられそうだ』
『そのビビらずにってのが難しいんですが』
『それな』
『ファングボアって美味いん? 食べたことないわ』
『うーん前食った時は微妙だった気がする。獣臭いんだよね』
「あー、それはアレですね。たぶん血抜きとかがちゃんとできてない奴に当たっちゃったやつですね。臭みを抜くにはきちんとした下処理とスパイスワークが大事。それさえできれば市販の豚肉の完全上位互換です。旨味のパワーが全然違います」
二度、三度と繰り返される突撃を余裕でかわしながら、ハルカはよどみなくコメントに応答する。
彼とファングボアの間には、確かな実力差がある。
それが徐々に明らかになると、リスナーもまた安心してコメントし始めた。
『そうなんか、勉強になるわ』
『やだメイドさんみたい』
『メイドさんっていうか肉屋さん? それか狩人?』
『豚肉とどんくらい違うの?』
『それ知りたい。結構値段違うから買うの躊躇する』
「そうですねぇ、軽自動車に轢かれるのと新幹線に轢かれるのぐらい違います」
『なんだその例えはwwwwww』
『微妙にわかりやすくて草』
『旨味の衝撃度が違うってことか』
「そんな感じです。──それじゃ、そろそろ倒していきます!」
再びファングボアの突撃をかわし、ハルカは立ち位置を調整して、迷宮内に生える巨木を背にして肉斬包丁を構えた。
ファングボアは飽くことなくその姿に狙いを定め、懲りずに突撃の姿勢を取る。
「今回は『誰にでもできるファングボア料理』ですので、なるべくスキルに頼らず戦います。俺のスキルやクラスについて詳しく知りたいという人は今後の配信を追いかけてくださいな」
『これは商売上手』
『そんなこと言われたら見たくなっちゃうだろ』
『ってかスキルとかクラスとかなくても見ちゃうよ可愛すぎる』
『だが男だ』
『だがそれがいい!』
「来ます。一撃で決めるんでよく見ててください!」
ぴったりと巨木に背を寄せたハルカに、ファングボアが再度突撃。
その一撃を、ハルカはギリギリのタイミングで上に跳んで避けた。
肉斬包丁を肩に担ぎ、エプロンドレスのスカートを白い花弁のように広げながら、優雅に空中を舞う。
急停止も急カーブもできないファングボアはそのまま巨木に激突し、両方の牙が幹に深々と刺さった。
そして──
「はあっ!」
武器の重さを利用して空中で旋転、勢いをつけて急降下。
上空から振り下ろされたギロチンの如き肉斬包丁の一撃が、ファングボアの太い首を一撃で断ち落とした。
「──はいっ、誰にでもできるファングボアの倒し方はこんな感じです。今みたいな感じで動きを止めて急所を一撃。ねっ、簡単でしょう?」
一瞬、呆気にとられたリスナーたちはコメントを忘れた。
が、次の瞬間──
『すげええええ!!』
『めちゃくちゃ豪快な一撃だったなまるでギロチン』
『このメイドさんファングボアより怖い』
『全然簡単ちゃうわ! でも参考になった!』
『すかーとひらひらしてきれい』
『また精神崩壊しとるwwwwww』
再び大量のコメントが流れ始めた。
──最初は心配だったが、どうやら盛り上がってくれているようだ。
ハルカはほっと一息をついた。
「それじゃ、次はいよいよボア肉の実食です。キッチンにゴー!」
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