プロローグ ハルカ・ミクリヤの初配信

プロローグその一 男の娘系迷宮料理配信者ハルカ・ミクリヤ

『とにかく自信を持て、自信を』


 ドローンに搭載されたタブレットの向こうで、がそう言った。


『ビジュアルの完成度は完全完璧ハナマル百億兆満点だ。あとはお前が堂々とやり抜けば問題ない。台本は覚えているだろうな?』


「大丈夫・・・・・・だと思います、ボス」


『よし。だが生配信は全てが台本通りとはいかん。アドリブ力も求められるぞ』


「うっ、そうですよね。あー緊張してきたな」


『初回配信なんて大抵の配信者は黒歴史になるものですから、失敗しても気にしなくて大丈夫ですよ』


 画面の向こうから、ボスとは別のおっとりした声が微妙にズレた応援の言葉を贈った。


『とにかく実力を見せればいい。きっとそれだけで喜んでもらえる』


 さらにもうひとつ別の、クールな声音の声援。


「ありがとうございます、先輩。ハルノもありがとう。・・・・・・よし、もう開き直るしかないな。ボス、準備オーケーっス」


『その意気だ。ああそれから、決め台詞は絶対に忘れるなよ。では始めるぞ。三、二、一──スタート!』


 ボスの合図とともにドローンに搭載されたカメラが起動し、そして、記念すべき彼の初配信が始まった。


「みなさん、こんにちは! 迷宮配信者ダンジョン・ライバーハルカ・ミクリヤの初配信へようこそ!」


 彼は元気よく挨拶し、笑顔で愛想を振りまく。

 すると──


『はじまた! ってめちゃんこかわええ!』

『いや可愛いというより美人。というかその完璧な中間』

『この子がモンスターと戦うの? 大丈夫?』

『おー服可愛い。メイド系か?』

『ダンジョン用のメイド服なんてあるのか。作ったのはどこの変態だよくやった』


 タブレットに表示された配信画面のコメント欄に、一気に大量のコメントが流れた。

 同時接続者数は軽く十万人以上。

 事前の宣伝と、ボスや先輩のネームバリューのおかげで、とんでもない注目度となっている。


『これで男ってマ?』

『男の娘って実在したんか』

『いかん何かに目覚めそう。誰か止めてくれ』

『止まるんじゃねぇぞ・・・・・・俺は止まらねぇからよ・・・・・・』

『俺も女装したら可愛くなれるかな?』

『そんなんグロ注意に決まっとるやろ』

『さすがボス。やばいの発掘してきたな』

『ボスのやることはマジで予測つかん』


 幸いなことに、ほとんどのコメントは好意的なものだ。

 リアルタイムで十万人に注目されていると思うと空恐ろしい事態だが、十万人に応援されていると考えれば、期待に応えなくてはという意欲も湧き上がってくる。


「盛大なコメント感謝です。えー、俺は今、Dランクの迷宮ダンジョン〈ビーストランド〉に来ています」


『喋るとちゃんと少年っぽい声だな』

『でもハスキーな女の子の声にも聞こえる。良い声だ』

『ビーストランドって結構危なくね? 初配信でそんなとこ行って大丈夫か?』

『Dとか大したことないだろ』

『それは感覚マヒしてる。Dも十分死ねる』

『ハルカくんのクラスとランク誰か教えてくれ』

『まだ公開してないよ』

『Dランク迷宮ダンジョンで単独配信してるってことは結構強い?』


 彼──ハルカ・ミクリヤがいるのは、壮大な森林風景の中。

 ビーストランド。数多あまたの猛獣型モンスターが出現する、Dランク迷宮ダンジョンの内部だ。


「記念すべき初配信のテーマは『誰にでもできるファングボア料理』。まずは肉をゲットするとこからスタートだ! というわけでファングボア探して出発します!」


『ファングボア食うのか。美味いし迷宮ダンジョン食材にしては手頃な値段だよな』

『ちょっと待ったファングボア倒すところからスタートすんの?』

『ワイルドすぎて草』

『ファングボアって結構強いだろ。一人で倒せるのか?』

『強いって言っても特級探索者なら片手で捻れる程度』

『何の参考にもならなくて草。特級は人間じゃないから』


 コメント欄は多少ざわつくが、ハルカは気にせず森の中を進んでいく。


「おっ、いましたファングボアです。たぶんもうこっちに気づいてますねー」


 ハルカの目線の先を、追従するドローンのカメラがズームして映し出す。

 そこには長く鋭い牙を持つ、巨大なイノシシ型モンスターの姿があった。


『デッッッッッッ』

『体高二メートルはあるな。ファングボアの中でも大型じゃね』

『牙が人の腕ぐらいあって草。あんなんで刺されたら穴から中身全部出ちゃうわ』

『バカやろう想像しちゃっただろやめろめろ』


「はい、それじゃファングボア狩りスタートです。お見逃しなく──【調理器具創造クリエイト・クッキングツール肉斬包丁ブッチャー・ナイフ】!」


 ハルカが短くそう唱えると、彼の右手の中に巨大な剣が現れた。

 いや、それは確かに刃物ではあるが、刀剣の類ではない。

 身の丈ほどの刃渡りを持つ、重厚な肉斬包丁だ。


『なんだ今の魔法? 見たことない』

『今ブッチャーナイフって言わなかったか』

『ひょっとしてレアクラスの固有スキル?』

『馬鹿デカい包丁持った男の娘メイドってロマンに溢れすぎだろ』

『ボス絶対こういうの好きだな』

『僕たちも大好物です』


 ハルカは調子を確かめるように、数度肉斬包丁で空を切り裂く。

 ちなみに、現在の服装はエプロンドレス風の迷宮用コンバットスーツ。

 見た目はまったく戦闘に向いているようには見えないが、変態的な技術と熱意で知られる迷宮装備企業〈虎ノ巣〉社のオーダーメイド品であり、軽く動きを邪魔しない上に、衝撃に反応して起動する何重もの結界術式が組み込まれている。

 巨大な肉斬包丁を構える、エプロンドレスの美少女。

 それが迷宮配信者ダンジョン・ライバーハルカ・ミクリヤの姿であった。

 その姿を敵として認めたファングボアが、低い唸りをあげながら前足で地面を蹴り、突撃チャージの体勢を取る。

 ハルカもまた、肉斬包丁を構えて相手を待ち受ける。

 いよいよ初配信の初戦闘だ。無様なところは見せられない。

 覚悟を決め、そしてボスとともに考案した、渾身の決め台詞を口にした。


「かかってこい──刺身にしてやる!」


『用心棒かな?』

『名台詞で草』

『絶対ボスの趣味だろ今の』

『危なくなったら逃げろよ!』

『がんばえー』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る