第三十三話 初雑談枠やります!
数日前、御園家の遼の自室にて──
「うん、完璧! いいよー、お兄ちゃん。めっちゃ可愛い!」
メイクアップを完了し、御園遼からハルカ・ミクリヤへと変身した兄を見て、遼の妹・琴歌は目を輝かせながら言った。
「照れるからやめれ。どれどれ・・・・・・」
ハルカは鏡をのぞき込み、メイクの完成度をチェックする。
琴歌は完璧な仕事をやってくれたようだ。
これなら配信を始められそうだ。
「・・・・・・よし、やるか。コトちゃん、声くらいはいいけどカメラに映るのはダメだからな」
「わかってるよー。よいしょっと」
琴歌はアコースティックギターを抱え、遼のベッドに腰掛けた。それから、簡単なフレーズを弾いてチューニングの具合を確かめる。
ハルカはカメラの位置を調節し、自分の上半身がしっかりと映り、かつ琴歌が見えないように調整した。
さて、準備完了である。
ひとつ深呼吸して、配信をスタートする。
「みなさん、こんにちは。ハルカ・ミクリヤの初雑談枠へようこそー」
いつもの配信より、ややまったりした口調で挨拶する。
と──
『はじまったぞおおおお!』
『きたああああ!』
『雑談タイムだあああああ!』
『相変わらず美少女すぎて草』
『今日は自宅から?』
一気にコメントが流れ、瞬く間に同接が五万人を超えた。
さすがに
「はい、今日は自宅からお送りしております。雑談なのでねー、戦ったり、料理したりはありません。それでもよければゆっくりしていってね」
『雑談も歓迎よー』
『初雑談楽しみ』
『なんかお洒落なBGM流れてるな』
『これ生演奏っぽくね?』
『カノンちゃんはいないの?』
「えー、残念ですが今日はカノンはいません。カノンのファンの方には申し訳ないですが、ハルカ単独での雑談となります。後ろで流れてる音楽は、うちの妹が演奏するギターになります」
『ハルカくん妹いるの!?』
『しかもギター弾けるのか』
『結構上手くね?』
『カフェで流れてる音楽っぽい』
『ハルカくんの妹!? 絶対美少女やん顔見せて!!』
「残念ながら顔出しはできません。うちの妹は世界一の美少女なんでね。ネットに拡散されて、ストーカーが大量発生したら困るので。悪しからずです」
「もー、お兄ちゃん何言ってるのー。恥ずかしいじゃん」
至極真剣に言ってのけるハルカに、思わず琴歌がツッコミを入れる。
日頃から兄には褒められたり、可愛がられたりしているが、人前でやられるのはさすがに恥ずかしいらしい。
『【悲報】ハルカくんシスコンだった』
『朗報の間違いでは?』
『男の娘と妹の百合が見れると聞いて』
『妹ちゃん声かわええ!』
『妹ちゃんもデビューしてくれー』
ハルカの妹、という予想外の新キャラクターの登場に、コメントが一気に加速する。
クリスティナ曰く、配信者の肉親というのは人気になりやすい傾向があるらしい。
十分に場が温まったと見て、ハルカは本題に入ることにした。
「初の雑談枠ということで、何を話そうかいろいろ考えたんですけど、まずはみなさんにお礼を言わせてください。ご視聴とご声援、いつもありがとうございます。おかげさまで、登録者数五十万人を突破しました。配信を始める前は想像もできなかった数字です」
感謝の気持ちを込めて、カメラに向かってぺこりと頭をさげる。
ただ見てくれるだけでなく、いろいろな言葉で配信を明るく盛り上げ、応援してくれるリスナーへの感謝は、どうしてもやっておきたかった。
『相変わらず良い
『性格良くて可愛くて礼儀正しいとか無敵か? でももっとはっちゃけてもいいのよ?』
『五十万おめ!』
『もう五十万行ったのか早すぎて草』
『ってかもう六十万突破したぞ』
「あ、あれ、ほんとだ。えーっと、おかげさまで六十万人突破しました。いつもありがとうございます!」
『ドジっ娘属性まで持ってて草』
『あかん可愛すぎる惚れそう』
『落ち着け男だぞ』
『だからどうした! 俺は惚れるぞ、止めても無駄だ!』
『止まれ! 止まらないと撃つぞ!』
『なんか刑事ドラマみたいなの始まってて草』
「賑やかだねー。お兄ちゃん、ほんとに人気者なんだね」
「ああ。ありがたいことにな」
ギターを爪弾きながら流れるコメント欄を読み、琴歌がニコニコしながら言う。
ハルカは笑顔で頷いた。
もちろんこれまで、ハルカに心ない言葉を浴びせた者もゼロではない。
SNSや掲示板に、目を疑うコメントが投稿されたこともある。
だが、常にそれを圧倒する声援があったので特に気になったことはない。
「えーっと、それでですねー。今日の雑談なんですけど、正直言って、フリーでいろいろ話すってのはまだ俺には難易度高いんですよね。そこで今回は、これまで寄せられた疑問質問に答えていくという形にさせていただこうと思います」
『おお質問コーナーか!』
『楽しみ!』
『ボスの裏話とか聞ける?』
『それは聞きたいような怖いような』
『あの人表も裏もなくね?』
「それじゃ第一問、行きますよー。これすごく多かったんですけど、『ハルカくんとカノンちゃんは恋人同士なんですか?』 違いますー、普通に友人同士です」
一部では二人は恋人同士であると確定事項のように語る人もいるので、ここで誤解を解いておかねばならない。
『違うのかー残念』
『でもめちゃくちゃ良い雰囲気だったよな』
『恋人同士ってか俺にはお姉さんと妹に見えた』
『俺にはお母さんと娘に見えたぞ』
『でも本当は?』
『隠れて付き合ってます』
もっとも、ハルカが『恋人同士ではない』と明言したからと言って、邪推する輩がいなくなるわけではない。
だが一応、はっきりと言っておくに越したことはない。
「俺はいいけど、あんまりこのネタでカノンをからかわないでやってくださいね、可哀想なので。はい次、『ハルカくんはどこで料理を勉強したんですか?』主にネットや動画サイトですが、一番勉強になるのはやっぱり自分で作ることですね。実際に作ってみないと学べないことって多いと思います」
『やっぱ経験かー』
『ハルカくんは経験豊富、ってこと!?』
『セクハラ発言はやめい』
『最近ハルカくんの影響で自炊してるわ。それでカーチャンに感謝するようになった』
『わかる。料理の大変さがわかると作ってくれる人に感謝するようになるよね』
「・・・・・・お兄ちゃん、いつもありがとね」
楽しそうにコメント欄を見ていた琴歌が、不意に神妙な表情になってそう言った。
「んー、俺は趣味でやってるから。別に大変じゃないし、毎日楽しんでやってるよ」
ハルカは本心でそう答えた。
・・・・・・でも、コトちゃんがお嫁に行くときのことを考えて、少しはやらせたほうがいいのかな。
いや、コトちゃんがお嫁に行くなんて考えたくもない。
もし家に彼氏なんて連れてきたら、妹ちゃんどいてそいつ殺せない、という展開になる自信しかない。
この話は忘れよう、とハルカは密かに決心した。
『姉妹の会話てぇてぇ』
『兄妹です』
『今のキュンときたわ。両方に』
『ハルカくんの家はやっぱハルカくんが料理してるのか』
そんなハルカの内心は知らずに、コメント欄は盛り上がっている。
「はいはい、次。『ボスとマネちゃんが恋人同士って噂は本当ですか?』 知らん、以上。真偽を確かめる勇気もございません」
誰がこんな恐ろしい質問をしたのか知らないが、さっさと流すに限る。
『誰だ質問した奴wwww』
『昔からまことしやかに囁かれてる噂だよなー』
『ボスが恋愛してるとことかまったく想像つかん』
『確かに。告白とかすんのかな』
『お前が好きだあああ!! お前が欲しいいいいいい!! って感じじゃね』
『ありそうwwwww』
いつも思うのだが、みんなボスに対して結構遠慮がない。
これもある種の信頼の現れなのだろうなと思う。
プロレスを仕掛ければ、喜んで応じてくれる、とみんなわかっているのだ。
「次行きます。『夏休みの配信予定は?』これも結構多かったですねー」
もう間もなく一学期が終了し、高校は夏休みに入る。
そうなると当然、自由に使える時間がぐっと増えるので、これまでとは大幅に違ったスケジュールで行動することになる。
その辺りの予定はすでに相談済みだ。
「ボス曰く、夏休みが始まったら『真夏の熱血修行編』に突入らしいです。要は特訓ですね。探索者としても配信者としてもまだまだ未熟なので、この夏の間に少しでも実力を伸ばしたいなと思っております。もちろん、いろいろ配信の予定も立ててますよ。お楽しみに」
『スポ根やん』
『ボスが好きそうなやつ』
『夏といえば強化合宿だよな! ボスわかってる!』
『歌の特訓とかもするの?』
『それ知りたい。ハルカくんの歌とかダンス見てみたいよー』
「音楽系は練習中です。もうちょっとモノになったらみなさんに披露したいなと思っています。今はまだぜんぜん自信がないので、もうしばらくお待ちくださいな」
ハルカは決して音痴というわけではないが、人前で披露するにはまだまだ練習不足である。
よって現在、絶賛練習中。
もう少し完成度が高まったら、歌枠を配信する予定である。
『おー待ち遠しい』
『ハルカくんの歌枠!』
『カノンちゃんとデュエットして欲しい』
『もしかして妹ちゃんが伴奏したりする?』
『ハルカくんどんな歌好きなん?』
「その辺はネタバレになっちゃうのでまだ秘密で。では、次の質問──」
その後もいろいろな質問に答え、ハルカ・ミクリヤの初雑談配信は無事に終了した。
最終的な同時接続者数は八万人超。
新人配信者の単独雑談としては、異例の盛況を見せたのだった。
────
あとがき
こういうのいくらでも書けますね
これだけでストーリーが埋まっちゃダメなんですが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます