第三十八話 桐花ちゃんブチギレ

「本物は配信で見るよりずっと可愛いなぁ! 抱き心地も最高!」


 屈託のないニッコニコの笑顔でハルカを抱きしめながら、レンが言った。


「あわわ・・・・・・」


 あったかい。

 やわらかい。

 そしてめちゃくちゃ良い匂いがする。

 それが、突然抱きしめられたハルカの頭に浮かんだ感想だった。

 あっけらかんとした性格で、あまり物事に動じないハルカであったが、一応それでも中身は年頃の少年である。

 レンのようなとんでもない美人にいきなり抱きすくめられて、さすがに一瞬、思考が吹っ飛んだ。

 刀華は口に手を当て、目を丸くしている。

 カノンは大きく目を見開き、小さな口を開けて硬直している。

 そして──


『レン様いったああああ!!』

『ハルカ今すぐ氏ね』

『ハルカくんがレン様に襲われてるwwww』

『美少女大好きなのは知ってたけど男の娘も射程圏内だったか』

『こいつレン様とまで絡む気かよふざけんな』

『眼福です』

『クッソ羨ましいwww』

『お願いしますレン様男と絡むのはやめてください本当に』


 悲喜交々ひきこもごもの反応でコメント欄が一気に加速する。

 そして──


「もおおっ、ダメだって言ったではないですか! 何を聞いていたんですか、貴女は!」


 レンの後を追いかけてきた一人の小柄な少女が、後ろから彼女を羽交い締めにして引っ張った。

 レンの副官、桐花キリカだ。

 艶やかな濡れ羽色の髪と切れ長の瞳が特徴の少女で、体にフィットする薄手の黒い戦闘服を身に纏っている。


「ハルカ、離れて・・・・・・今すぐ!」


 またカノンも、顔を赤くしながらハルカの腕を両手で掴み必死で引っ張る。


桐花キリカブチ切れで草』

『レン様ほんと頭おかしくて好き』

『炎上待ったなし』

『ラブコメみたいな展開になっとるwwww』

『これにはボスもニッコリ』


 良いのか悪いのか、コメント欄も大いに盛り上がっている。

 カノンと桐花キリカの奮闘で、ようやくハルカとレンは引き離された。


「もう。なんなの、いきなり・・・・・!」


 カノンはハルカを背後に庇い、珍しく強い感情を露にしながら、レンを睨んだ。

 がるる、という唸り声が聞こえてきそうだ。

 それを見たレンは、一層感動に目を輝かせた。


「わあっ、カノンちゃんもめちゃくちゃ可愛い! 妖精みたい!」

「う・・・・・・ど、どうも」


 カノンは裏表の無い賞賛の言葉と、輝くような笑顔を浴びせられて、気圧されて何故かお礼を言ってしまった。

 陽キャの圧に屈したと言える。


「もう、レン。いくら相手が女の子でも、誰彼かまわず抱きつくなんてダメですよ」


 刀華がおっとりとした口調でレンをいさめたが、ちょっと待ってほしい。


「刀華先輩、男です俺」


 ハルカが義務的にツッコミを入れる。


「そうでした。ごめんなさい、ハルカくん」

「いやいや、こうして生で見ても信じられないよ。ホントに男の子?」


 レン桐花キリカに羽交い締めにされながら、キラキラした瞳でハルカを見ている。

 拘束が解かれたら、今にももう一回抱きつきに行きそうだ。

 レンを抑え込みながら、桐花キリカが鋭い目つきでハルカをギロリと睨んだ。


「ハルカ・ミクリヤ、不用意にレンに近づかないでください」

「えっ、いや俺のほうから近づいたわけじゃ・・・・・・いえ、なんでもないです、気をつけます」


 反論してもいいことなさそうだったので、ハルカは大人しく従うことにした。


「そっちこそ、勝手にハルカに触らないで・・・・・・!」


 カノンがハルカの腕を両手で掴んだままやり返す。

 と、そこへ──


「相変わらずおもしれー女だな、お前は」


 口元に苦笑いを浮かべながら、クリスティナがやってきた。

 カオスと化した現場を収拾しに来てくれたようだ。


「あっ、ボス! ハルカくん〈スターライト〉にください!」

「絶対ダメ。欲しかったら私の屍を越えて行け」

「えー、そんなぁ」


 と、レンはまるで物怖じする様子もなく、クリスティナとわいわいやり始める。

 刀華の親友であるレンと、刀華のプロデュースを務めるクリスティナは、以前から面識があると聞いていたが、この様子だと仲が良いようだ。


「お前たち、忘れているかもしれんが今は迷宮災害ダンジョン・ハザードの真っ最中だぞ」


 と、クリスティナが言った。

 レンの衝撃的登場ですっかり忘れていたが、ハルカたち三人は、その対応を配信するためにここに来ていたのである。


「これまで集めた情報から、協会がこの迷宮災害ダンジョン・ハザードの原因となっていると思わしモンスターの居場所を特定した。蟻どもの女王クイーンだ。こいつを倒せば、〈アイアン・アント〉の異常繁殖も終息するだろう」


 〈アイアン・アント〉はもともと繁殖力の高いモンスターであるが、さすがにこの数は異常だ。

 おそらく、突然変異によって通常よりも巨大かつ強大な女王クイーンが生まれ、そいつが大量の兵隊蟻を生産している。

 従って、この迷宮災害ダンジョン・ハザードを終わらせるには、その女王クイーンを倒せばいい。

 それがもろもろの情報を踏まえた上で、探索者協会の出した結論だった。

 女王クイーンの居場所は、〈アイアン・アント〉の動きからおおよそ逆算できる。


「居場所がわかっているなら話は早いね! 行こう、みんな!」


 と、誰よりも早く反応したのはレンである。

 完全にパーティに参加する気満々であった。


「やれやれ、そう言うと思ったぞ。刀華に加え、レンとも共演コラボか。レンが来るなら当然お前も来るのだろう、桐花キリカ

「不本意ですが。レンは言っても聞きませんし、それならついて行くしかありません」


 クリスティナに問われて、桐花キリカは不機嫌そうに答える。


「ふうむ。カノンと刀華に加え、レン桐花キリカか」


 ハルカ以外全員が、タイプこそ違えど、見目麗しく人気のある女性の迷宮配信者ダジョン・ライバーである。

 完全なハーレムパーティーと言えた。

 血の涙を流してハルカの立場を羨む者は多いだろう。

 もっとも、見目麗しいという点ではハルカも決して負けていないが。


「ふふふ、実に面白い展開になったな!」

「面白がってる場合ならいいんですが、たぶん違いますよね?」


 のん気なことを言い出すクリスティナに、思わずハルカが疑念を漏らす。


「そう深刻な顔をするな。私の予測が正しければ、お前が想像しているほど大変な事態にはならんよ。レンはあれでちゃんと先を読んで行動している。今は自分の配信に集中しろ」

「はあ、ボスがそう言うなら」


 クリスティナにぽんぽんと肩を叩かれて、ハルカは気持ちを切り替える。

 どのみち、レンにハグされるところを配信に乗せてしまった時点で、取り返しのつかない事態にはなっている。

 もうどうにでもなれだ。


「ええと、そういうわけで、〈スターライト〉からレンさんと桐花キリカさんの二名がパーティに加わることになりました。今からこの五人で、迷宮災害ダンジョン・ハザードの原因となっているモンスターを倒しに行きます!」


『クッソ面白くなってきた』

『何が起きてんだこれwwww』

『メンツ豪華すぎて草』

『マジでハルカ消えろ』

『裏山けしからん』

『A級三人にB級二人か。かなりの戦力だな』

『これハルカくんどうなっちゃうんだwwww』

『またレン様炎上するん?』


 同接はとんでもない勢いで右肩上がりに増えており、コメント欄の勢いも凄まじいことになっている。


「よーし、それじゃしゅっぱぁーつ!」


 そんなレンの音頭で、即席の五人パーティは女王クイーンを目指して出発した。

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