第三十七話 〈ダーク・ネスト〉の迷宮災害

 迷宮災害ダンジョン・ハザードが発生した場合、近隣の上位探索者には即座に応援要請が送られる。

 モンスターが迷宮門ダンジョン・ゲートを通り、地上世界に進出するのを防ぐためだ。

 迷宮災害ダンジョン・ハザードへの対応は地上世界の平穏を守るために必須であり、褒められこそすれ、非難される謂われはない。

 だからハルカと刀華が対応のために共闘しても、大規模な炎上に繋がる可能性は極めて低い。

 この共闘を今後の共演コラボの試金石として、世間の反応を見る。

 そのような意図のもとで、ハルカ、カノン、刀華の三人は〈ダーク・ネスト〉に向かった。


 Bランク迷宮ダンジョン〈ダーク・ネスト〉は、蟻の巣にも似た無数に枝分かれする地下洞窟である。

 迷宮門ダンジョン・ゲートはその中の一角、比較的広い空洞の中にある。

 ゲートの周囲には堅牢なバリケードが敷かれ、安全地帯セーフ・ゾーンを構築している。

 普段なら、この空洞に進入するモンスターは速やかに駆除され、安全と静寂を保っているのであるが──


「クソっ、多すぎる──応援はまだか!?」


 押し寄せる敵から必死で安全地帯セーフ・ゾーンを守りながら、探索者の一人が悲鳴を上げた。

 周囲は今、〈アイアン・アント〉と呼ばれる、巨大な蟻型のモンスターによって埋め尽くされていた。


「早くA級か特級を呼んでくれよ! もう保たねぇって!」


 別の探索者が、そんな叫びをあげる。

 〈アイアン・アント〉は、鉄の如く黒く堅牢な外骨格を持ち、体の大きさは牛ほどもある。それがあらゆる通路から黒い洪水のように押し寄せ、安全地帯セーフ・ゾーンに猛攻をかけている。

 一匹一匹は決して手強い相手ではない。

 外骨格の強度は厄介だが、その隙間を狙って正確に攻撃すれば、C級の探索者でも問題なく倒せる相手だ。

 しかし今、何百という数が押し寄せているこの状況では、そんな悠長なことはしていられない。

 必要なのは、外骨格ごと蟻どもを叩き潰せる、強力な範囲攻撃の使い手だ。

 そんな大技を使えるのは、A級以上の探索者しかいない。

 そして──


「お待たせしました、みなさん──雷電刀華、参ります!」


 待望の援軍がやってきた。

 迷宮門ダンジョン・ゲートを通って戦場に飛び出してきたのは、野太刀を携え、和風の戦闘装束に身を包む美しい女性。

 〈雷電刀華〉だ。


「〈太刀風たちかぜ〉!」


 彼女が〈アイアン・アント〉の大群に向かって野太刀を一閃すると、刃から闘気オーラを帯びる衝撃波が放たれた。

 直撃を受けた数十の蟻たちがまとめて斬り裂かれ、体液を散らしながら吹き飛ばされる。

 が、〈アイアン・アント〉たちは怯まない。

 昆虫型のモンスターである彼らは、恐怖や動揺といった感情を持っていない。

 ただ本能に突き動かされ、獲物に襲いかかるのみだ。


「〈調理器具創造クリエイト・クッキングツール肉斬包丁ブッチャー・ナイフ〉!」


 刀華の後を追って迷宮門ダンジョン・ゲートを通ったハルカは、〈料理人〉の固有スキルを発動し、手のひらに巨大な肉斬包丁を作り出す。

 そして体の奥底から闘気オーラを呼び起こし、圧縮・加速しながら手に持つ武器へと流し込み──


「〈半月〉!」


 蟻の群れをめがけて、横薙ぎの一閃を放った。

 その瞬間、肉斬包丁の刃から、闘気オーラを帯びた衝撃波が放たれた。

 刀華の〈太刀風〉にはさすがに劣るが、〈アイアン・アント〉の外骨格を斬り裂くに十分な重さと鋭さを持つ、立派な“飛ぶ斬撃”だ。


「やったね、ハルカ」


 ハルカの隣に立ち、ライフルを構えて蟻の群れに銃撃を浴びせながら、カノンが言った。


「うん、特訓の成果が出たな」


 かつて〈半月〉は、ただ闘気オーラを込めた斬撃を叩き込むだけの技だった。

 だが闘気オーラの制御技術が向上したことで、より強力で使い勝手の良い“飛ぶ斬撃”へと進化していた。


「そっちはスキル行けるか?」

「やってみる。──〈ハイドラ〉」


 カノンが頭上に向けて手を掲げ、スキルの名を呟いた。

 と──広げた手のひらの先に、渦巻く巨大な炎の塊が生まれる。


「刀華先輩、カノンの援護お願いします!」

「わかりました。任せてください」


 ハルカと刀華はスキルの制御に集中するカノンを守る位置に立ち、押し寄せる蟻たちを次々に斬り捨て、近づけさせない。

 カノンが生み出した巨大な炎は、手のひらの中に徐々に圧縮され、やがて人の頭ほどの輝く球体となった。

 そして──


「・・・・・・行くよ!」


 カノンの宣言とともに、球体が破裂し、何十もの炎の矢となって蟻の群れに降り注いだ。

 パイロマンサーの攻撃スキル〈ハイドラ〉は、凝縮した炎を大量の矢に変えて放つ面制圧射撃だ。

 一撃の威力では〈ジャベリン〉に劣るが、それがかえって、洞窟という閉鎖空間では都合が良い。

 大きすぎる爆風で仲間が巻き込まれることもなく、また衝撃で洞窟を崩落させてしまうこともない。

 それでいて、〈アイアン・アント〉の外骨格を貫くに十分な威力を持っている。

 カノンも特訓を通して、着実に炎の制御能力を向上させていた。

 〈太刀風〉、〈半月〉、〈ハイドラ〉。

 三人の探索者の大技三連発を受けて、安全地帯セーフ・ゾーンを取り巻く蟻の群が一気に数と勢いを減じた。


「すげぇ・・・・・・本物の陛下だ!」

「それにハルカノだ! 初めて生で見た!」

「三人ともめちゃくちゃ強ぇ!」

「やべぇ、三人とも可愛すぎだろ・・・・・・」

「た、助かった」


 さきほどまで追いつめられていた探索者たちだったが、思わぬ援軍、それも有名な迷宮配信者ダンジョン・ライバーの到着に、にわかに元気を取り戻した。


「みなさん、今のうちに防衛線を組み直してください。負傷者は下がって手当を。最前線は私たちが受け持ちます」

「わっ、わかりました!」


 刀華が指示を下すと、探索者たちは慌ただしく動き始めた。

 刀華に指揮権があるわけではないが、否を唱えるものはいない。

 有無を言わせず周囲を従わせる実力と覇気が、刀華には備わっている。


「ハルカくん、カノンちゃん、リスナーの方々にご挨拶しましょう」

「あっ、そうですね。忘れてました。──こほん」


 刀華に促されて、ハルカとカノンは既に配信を開始しているドローンのカメラに向き直った。


「みなさん、こんにちは! 〈ハルカノ〉のゲリラ配信へようこそ!」

「こんにちは、みなさん」


『ハルカノきちゃああああ!』

『なんか二人ともめっちゃ強くなってね?』

『カノンちゃんのスキルやべぇwww』

『陛下もいるぞ!!』

『ゲリラ配信で初コラボかよwwwww』

『どゆこと?』


「今回はBランク迷宮ダンジョン〈ダーク・ネスト〉からお送りしております。現在、迷宮災害ダンジョン・ハザードが絶賛発生中です。今回はその対応をお見せします!」


『Bランク迷宮ダンジョン迷宮災害ダンジョン・ハザード? 結構ヤバくね?』

『めちゃくちゃ蟻おるwww気持ち悪いwwwww』

『〈アイアン・アント〉か? そこまで強くないけどこの数はエグいな』

『大丈夫? ハルカノ怪我したりしない?』


 迷宮ダンジョンが普段とまったく違う姿を見せる迷宮災害ダンジョン・ハザードの配信は、注目を集めやすい。

 予定外のゲリラ配信にも関わらず既に大量のコメントが流れ、同接もどんどん増して、二万を超えている。

 ただ一方で、ハルカノの身を心配する声もある。

 二人の現在の探索者ランクはB級。

 Bランク迷宮ダンジョンに挑戦する資格は十分にあるとは言え、迷宮災害ダンジョン・ハザードの発生中は、ランクは当てにならない。


「今回は刀華先輩が一緒」


 その不安を解消するために、カメラに向かってカノンが言った。

 それから刀華がカメラの前に姿を見せ、いつもの控えめで上品な笑顔で挨拶した。


「ごきげんよう、ハルカくんとカノンちゃんのリスナーのみなさん。雷電刀華です。今日はわたしがお二人を守るので、安心して見ていってくださいね」


『陛下ああああああああ!』

『相変わらずお美しい』

『ようやく初コラボか! おめ!!』

『この三人が並ぶとビジュアルほんまエグいな』

『陛下がついてるなら安心』


 と、刀華を賞賛したり、初の共演コラボを歓迎する声がある一方で──


『は? なんで陛下男とコラボしてんの?』

『ハルカ消えろ。陛下とカノンだけでいい』

『氏ねハーレム野郎』


 といったコメントもちょくちょく見られる。

 残念だが、仕方がない。こういう反応をするリスナーがいるのも、予想されていたことだ。

 だが、批判的なコメントは好意的なコメントの勢いに飲まれて、あっという間に見えなくなる。

 炎上、というほどの勢いはない。

 この調子なら、とりあえずこのまま共演コラボを進めて問題無さそうだ。

 ハルカはそう思っていたのだが──

 その時、まったく予想していなかった火種が登場した。


「刀華ー、来たよ!」


 そんな声とともに、ひとりの女性が刀華に後ろから抱きついた。


レン、驚かせないでください」


 とても驚いているとは思えないのほほんとした口調で、刀華が言う。

 彼女に抱きついたその人物を、ハルカもカノンも知っていた。

 刀華の友人であり、そして迷宮配信者ダンジョン・ライバー四天王の一人でもある、〈レン・スターライト〉だ。


「へっへー、ごめんごめん。ちょっとテンション上がっちゃって」


 レンは刀華を離すと、今度はハルカのほうを見た。

 形の良い大きな瞳が、綺羅星のように輝いている。

 ハルカはなんだか嫌な予感がした。

 そしてその予想は的中した。


「やっと会えたよー、ハルカくん! あたしレン、よろしくね!」


 配信中のカメラの前で、ハルカはレンに思いっきりハグされた。

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