第三十七話 〈ダーク・ネスト〉の迷宮災害
モンスターが
だからハルカと刀華が対応のために共闘しても、大規模な炎上に繋がる可能性は極めて低い。
この共闘を今後の
そのような意図のもとで、ハルカ、カノン、刀華の三人は〈ダーク・ネスト〉に向かった。
Bランク
普段なら、この空洞に進入するモンスターは速やかに駆除され、安全と静寂を保っているのであるが──
「クソっ、多すぎる──応援はまだか!?」
押し寄せる敵から必死で
周囲は今、〈アイアン・アント〉と呼ばれる、巨大な蟻型のモンスターによって埋め尽くされていた。
「早くA級か特級を呼んでくれよ! もう保たねぇって!」
別の探索者が、そんな叫びをあげる。
〈アイアン・アント〉は、鉄の如く黒く堅牢な外骨格を持ち、体の大きさは牛ほどもある。それがあらゆる通路から黒い洪水のように押し寄せ、
一匹一匹は決して手強い相手ではない。
外骨格の強度は厄介だが、その隙間を狙って正確に攻撃すれば、C級の探索者でも問題なく倒せる相手だ。
しかし今、何百という数が押し寄せているこの状況では、そんな悠長なことはしていられない。
必要なのは、外骨格ごと蟻どもを叩き潰せる、強力な範囲攻撃の使い手だ。
そんな大技を使えるのは、A級以上の探索者しかいない。
そして──
「お待たせしました、みなさん──雷電刀華、参ります!」
待望の援軍がやってきた。
〈雷電刀華〉だ。
「〈
彼女が〈アイアン・アント〉の大群に向かって野太刀を一閃すると、刃から
直撃を受けた数十の蟻たちがまとめて斬り裂かれ、体液を散らしながら吹き飛ばされる。
が、〈アイアン・アント〉たちは怯まない。
昆虫型のモンスターである彼らは、恐怖や動揺といった感情を持っていない。
ただ本能に突き動かされ、獲物に襲いかかるのみだ。
「〈
刀華の後を追って
そして体の奥底から
「〈半月〉!」
蟻の群れをめがけて、横薙ぎの一閃を放った。
その瞬間、肉斬包丁の刃から、
刀華の〈太刀風〉にはさすがに劣るが、〈アイアン・アント〉の外骨格を斬り裂くに十分な重さと鋭さを持つ、立派な“飛ぶ斬撃”だ。
「やったね、ハルカ」
ハルカの隣に立ち、ライフルを構えて蟻の群れに銃撃を浴びせながら、カノンが言った。
「うん、特訓の成果が出たな」
かつて〈半月〉は、ただ
だが
「そっちはスキル行けるか?」
「やってみる。──〈ハイドラ〉」
カノンが頭上に向けて手を掲げ、スキルの名を呟いた。
と──広げた手のひらの先に、渦巻く巨大な炎の塊が生まれる。
「刀華先輩、カノンの援護お願いします!」
「わかりました。任せてください」
ハルカと刀華はスキルの制御に集中するカノンを守る位置に立ち、押し寄せる蟻たちを次々に斬り捨て、近づけさせない。
カノンが生み出した巨大な炎は、手のひらの中に徐々に圧縮され、やがて人の頭ほどの輝く球体となった。
そして──
「・・・・・・行くよ!」
カノンの宣言とともに、球体が破裂し、何十もの炎の矢となって蟻の群れに降り注いだ。
パイロマンサーの攻撃スキル〈ハイドラ〉は、凝縮した炎を大量の矢に変えて放つ面制圧射撃だ。
一撃の威力では〈ジャベリン〉に劣るが、それがかえって、洞窟という閉鎖空間では都合が良い。
大きすぎる爆風で仲間が巻き込まれることもなく、また衝撃で洞窟を崩落させてしまうこともない。
それでいて、〈アイアン・アント〉の外骨格を貫くに十分な威力を持っている。
カノンも特訓を通して、着実に炎の制御能力を向上させていた。
〈太刀風〉、〈半月〉、〈ハイドラ〉。
三人の探索者の大技三連発を受けて、
「すげぇ・・・・・・本物の陛下だ!」
「それにハルカノだ! 初めて生で見た!」
「三人ともめちゃくちゃ強ぇ!」
「やべぇ、三人とも可愛すぎだろ・・・・・・」
「た、助かった」
さきほどまで追いつめられていた探索者たちだったが、思わぬ援軍、それも有名な
「みなさん、今のうちに防衛線を組み直してください。負傷者は下がって手当を。最前線は私たちが受け持ちます」
「わっ、わかりました!」
刀華が指示を下すと、探索者たちは慌ただしく動き始めた。
刀華に指揮権があるわけではないが、否を唱えるものはいない。
有無を言わせず周囲を従わせる実力と覇気が、刀華には備わっている。
「ハルカくん、カノンちゃん、リスナーの方々にご挨拶しましょう」
「あっ、そうですね。忘れてました。──こほん」
刀華に促されて、ハルカとカノンは既に配信を開始しているドローンのカメラに向き直った。
「みなさん、こんにちは! 〈ハルカノ〉のゲリラ配信へようこそ!」
「こんにちは、みなさん」
『ハルカノきちゃああああ!』
『なんか二人ともめっちゃ強くなってね?』
『カノンちゃんのスキルやべぇwww』
『陛下もいるぞ!!』
『ゲリラ配信で初コラボかよwwwww』
『どゆこと?』
「今回はBランク
『Bランク
『めちゃくちゃ蟻おるwww気持ち悪いwwwww』
『〈アイアン・アント〉か? そこまで強くないけどこの数はエグいな』
『大丈夫? ハルカノ怪我したりしない?』
予定外のゲリラ配信にも関わらず既に大量のコメントが流れ、同接もどんどん増して、二万を超えている。
ただ一方で、ハルカノの身を心配する声もある。
二人の現在の探索者ランクはB級。
Bランク
「今回は刀華先輩が一緒」
その不安を解消するために、カメラに向かってカノンが言った。
それから刀華がカメラの前に姿を見せ、いつもの控えめで上品な笑顔で挨拶した。
「ごきげんよう、ハルカくんとカノンちゃんのリスナーのみなさん。雷電刀華です。今日はわたしがお二人を守るので、安心して見ていってくださいね」
『陛下ああああああああ!』
『相変わらずお美しい』
『ようやく初コラボか! おめ!!』
『この三人が並ぶとビジュアルほんまエグいな』
『陛下がついてるなら安心』
と、刀華を賞賛したり、初の
『は? なんで陛下男とコラボしてんの?』
『ハルカ消えろ。陛下とカノンだけでいい』
『氏ねハーレム野郎』
といったコメントもちょくちょく見られる。
残念だが、仕方がない。こういう反応をするリスナーがいるのも、予想されていたことだ。
だが、批判的なコメントは好意的なコメントの勢いに飲まれて、あっという間に見えなくなる。
炎上、というほどの勢いはない。
この調子なら、とりあえずこのまま
ハルカはそう思っていたのだが──
その時、まったく予想していなかった火種が登場した。
「刀華ー、来たよ!」
そんな声とともに、ひとりの女性が刀華に後ろから抱きついた。
「
とても驚いているとは思えないのほほんとした口調で、刀華が言う。
彼女に抱きついたその人物を、ハルカもカノンも知っていた。
刀華の友人であり、そして
「へっへー、ごめんごめん。ちょっとテンション上がっちゃって」
形の良い大きな瞳が、綺羅星のように輝いている。
ハルカはなんだか嫌な予感がした。
そしてその予想は的中した。
「やっと会えたよー、ハルカくん! あたし
配信中のカメラの前で、ハルカは
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