第三十六話 恋華と桐花

「ほんとに可愛いなー、ハルカくん! もー大好き! 一生推せる!」


 クラン〈スターライト〉の事務所、休憩室にて。

 〈スターライト〉のリーダーであり、迷宮配信者ダンジョン・ライバー四天王の一人にも数えられるA級探索者〈レン・スターライト〉は、タブレットに映る〈ハルカ・ミクリヤ〉の動画に夢中になっていた。

 ここ最近の彼女は、ずっとこんな感じだ。


「ねぇ桐花キリカ、ハルカくんって本当に男の子なのかな? こんなに可愛くって男ってあり得ると思う? あたしはあり得ないと思うんだけど!」

「またその話ですか、レン


 レンの傍らに控える少女、〈スターライト〉の仲間である〈桐花キリカ〉が、あきれたようにため息をつく。


「あのクリスティナ・マクラウドが男だと言うのなら男なのでしょう。ですから顔を合わせることがあったとしても、抱きついたりキスしたりなんて絶対にダメですよ。わかっておられますか?」

「えー、抱きつくぐらいはよくない? いいでしょ?」

「よくないです!」


 〈レン・スターライト〉、通称“レン様”。

 A級の探索者で、クラスは〈魔導王〉。

 チャンネル登録者数は雷電刀華を上回る五五〇万人で、四天王最強。

 そこらのアイドルなど相手にもならない美貌を持っているが、活発な性格と堂々とした振る舞いのおかげで、どこかボーイッシュな印象を受ける。

 迷宮配信ダンジョン・ライブに限らず、音楽やダンスなどで幅広く活躍しており、そのマルチな才能は迷宮ダンジョンに興味のない層にも広く知れ渡っている。

 配信者以前に、一人のアーティストとして老若男女から支持を受けており、それが五五〇万という登録者数に繋がっている。

 そんな彼女がこの世でもっとも好きなものは、可愛い女の子である。

 そして今夢中なのは〈ハルカ・ミクリヤ〉であった。

 もっとも、ハルカは女の子ではなく男の娘なのだが。


「まったく・・・・・・厄介な奴です、ハルカ・・・・・・」


 画面の中のハルカを切れ長の目で睨みつけながら、桐花は唇を噛む。

 桐花キリカにとって、レンは憧れの存在だ。

 レンに出会って以来、桐花キリカは全身全霊を尽くして、隣に立って彼女の力になれる立場を目指してきた。

 その結果、今では〈スターライト〉のナンバーツーとしてレンを補佐する立場についている。


「刀華に共演コラボさせてーって頼んだんだけど、まだダメって言われちゃったんだよね。まあ向こうだってまだやれてないんだし、しょうがないけどさー」


 刀華の名が出たことで、桐花キリカか微かに胸が痛んだ。

 雷電刀華はレンの一番の親友であり、配信者としてもよく共演コラボしており、〈恋華コイバナ〉というコンビ名で呼ばれている。

 〈恋華コイバナ〉はガチ、とよく言われるくらい、それこそ恋人同士のように仲が良い。

 レンを崇拝している桐花キリカにとって、刀華は恋敵にも等しい存在だった。

 それも、絶対に勝てない恋敵だ。


「あまり刀華さんに迷惑をかけてはダメですよ、レン。親しき仲にも礼儀あり、です」


 もっとも、刀華の人柄はよく知っている。

 優しく穏やかで、桐花キリカの内心を知ってから知らずか、いつでもよくしてくれている。

 刀華にならレンを奪われても仕方ない。

 いやむしろ、刀華以上にレンのパートナーに相応しい存在はいない。

 最近はそう思うようになった。

 自分でも気づかないうちに、桐花キリカ恋華コイバナガチ勢と化していたであった。

 だからこそ、そこに現れたハルカというの存在が許せない。

 百合の間に挟まる男は死ぬべきである。

 古事記にもそう書いてある。


「とにかく、見た目はどうあれハルカの中身は男性なんですから、不用意な行動は避けてくださいませ。女の子扱いしてべたべたするなんてもってのほかです」

「えー」

「えーじゃありません」


 不満そうな顔をするレンに、桐花キリカはぴしゃりと言い放つ。

 レンはバイタリティの塊のような女性だ。

 物怖じしない性格であり、圧倒的な体力と行動力で、思い立ったことは大抵実現させてしまう。

 だからこそ、これほどの成功を手にしているのだが、そのバイタリティのせいで思わぬ方向に暴走してしまうこともある。

 それを御するのが副官たる自分の役目だ、と桐花キリカは密かに思っていた。

 彼女が美少女に絡むノリでハルカに絡みに行ったら、自分がそれを止めなければならない。


「あんだけ可愛ければもう女の子扱いでいいと思うけどなー・・・・・・っと、なんだろ」


 不意に、レンのスマホが鳴動した。

 見てみると、探索者協会からメールが来ている。


「なになに、Bランク迷宮ダンジョン〈ダーク・ネスト〉にて迷宮災害ダンジョン・ハザード発生の予兆あり。付近の探索者は可能な限り対応に参加されたし・・・・・・だって」

「応援要請ですか。行かれるおつもりで?」

「うーん、どうしよっかな。ちょっと遠いけど、協会が困ってるなら行ってあげようかな。配信のネタにもなりそうだし」


 スマホで詳細な情報を確認しながら、レンは思案する。

 と、そこへさらに、もう一通のメッセージが届いた。

 それを確認したレンの目が見開かれた。


桐花キリカ、今すぐ〈ダーク・ネスト〉行くよ! 急いで用意して!」

「どうしたのですか、突然」

「今、刀華から連絡来たの。刀華も〈ダーク・ネスト〉に来るんだって!」

「ああ・・・・・・承知しました。すぐに準備します」


 親友の刀華と共闘できるとあれば、この喜びようも理解できる。

 だが桐花キリカにとって残念なことに、レンのはりきりはそれだけが理由ではなかった。


「それでね、ハルカくんも一緒だって! やったね、ようやく生でハルカくんが見れるよ!」

「なんですって・・・・・・」


 桐花キリカの口から、思わず低い声が漏れた。

 なんだか、嫌な予感がしてきた。

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