第十六話 遼と正樹のレスバトル
月曜日になった。
遼はいつも通りの朝を過ごし、学校へと向かった。
教室に行けばシオンと会えるのは嬉しいが、同時に正樹とも顔を合わせなくてはならない。
正直に言って、その点は憂鬱だ。
向こうが何事もなかったかのように、こっちを無視してくれれば万々歳なのだが。
教室に入ると、妙な雰囲気だった。
いつもは正樹を中心に、取り巻きたちが騒ぎながら賑やかな雰囲気を作っており、それ以外のクラスメイトたちは静かに過ごしている。
だが今日は教室全体が静かだ。
遼が教室に入ると、早速正樹が席を立って話しかけてきた。
「おい、お前──」
「礼なら要らないよ」
「・・・・・・はあっ!?」
遼の言葉に、正樹が面食らって驚きの声をあげた。
正樹が先日の礼を言いに来た感じではないと、わかりきって放った台詞である。
牽制のジャブ、といったところだ。
クラスメイトの注目が一気に遼と正樹に集まり、ざわつき始めた。
「誰が誰に礼を言うって? お前に礼を言わなきゃいけないことなんて何一つないけど?」
「ああそう・・・・・・それじゃ、何の用?」
どうやら正樹は、遼に命を助けられた事実をなかったことにするつもりらしい。
最初から恩着せがましくするつもりはなかったので、それは別に構わない。
「お前、この前の金曜日の休み時間、花田たちに暴言を吐いたらしいじゃないか」
「花田・・・・・・? ああ、あいつらか」
シオンを取り囲んでサンドイッチを台無しにした、正樹の取り巻きの女子たちのことであろう。彼女たちは案の定、正樹に告げ口したらしい。
それもたぶんかなりねじ曲がった内容で。
教室を見渡すと、その三人がこちらを見てくすくす笑っているのに気づいた。
「それで?」
「それで、じゃないだろ? 女性に暴言を吐くなんて、男らしくないとは思わないか」
どうやら正樹は、遼が言った“男らしく”という言葉を使ってやり返したいらしい。
「思わない。時の場合によるだろ、そんなもん」
一人を三人で取り囲んで、あげく弁当を地面にぶちまけた連中に暴言を吐いて文句を言われる筋合いはない。たとえ相手が女性でも。
「いいや。何があっても女性に暴言を吐くなんて、俺は絶対に許せない。花田たちに頭を下げて謝ってくれ、今この場で」
──これこそ、正樹が土日を使って考えた、自分の株を上げつつ御園遼の地位を貶める作戦だった。
先日オークを相手に無様を晒した件は、もちろん、クラス内でも噂になっている。クラスメイトにも〈SEIGI〉のリスナーは何人もいるからだ。
噂は既に広まっており、これまで培った正樹の名声は大いに傷ついている。
ここでひとつ男らしいところを見せて、失った尊厳を取り戻さねばならない。
ついでに遼の頭を公衆の面前で下げさせれば、自分の溜飲も下がる。
それが正樹の考えだった。
しかし──そう思い通りにはならなかった。
何故なら正樹は口論に弱く、遼は強かったためである。
「何があってもダメ、か。じゃあ暴力を振るうのもダメか?」
「はあ!? 暴力なんてなおさらダメに決まってるだろ! お前は女性に暴力を振るってもいいと思ってるのか!?」
「ナイフ持った女が家に押し入ってきて家族を襲ったら、俺なら全力でぶん殴るよ。そっちは違うのか?」
「なっ・・・・・・えっ、いや、それは・・・・・・」
正樹が言葉を詰まらせ、混乱と怒りで顔を紅潮させた。
「きょっ、極論だろうそれは!」
「それならまず“何があっても許されない”ってのが極論だろ」
「それは・・・・・・うぐっ・・・・・・」
高校に入学して以来、
そんな彼が正樹と正面衝突し、しかも完全にやり込めているのを見て、クラスメイトたちは騒然となった。
「御園の奴、レスバつえーな・・・・・・」
「あんな気が強くてよくしゃべる奴だったのか」
「浅村って結構ダサくね?」
「わたし、幻滅したかも・・・・・・」
そんな声が、あちこちから聞こえる。
普段は正樹を盛り立て、全面的に肯定してくれる取り巻きたちも、今日は静かだった。
戦況がどっちに傾くのか見守っているのだ。
と、そこへ──
「・・・・・・何の騒ぎ?」
シオンが教室に入ってきた。
遼と正樹、そして二人を取り巻いて観戦するクラスメイトたちを眺め渡し、首を傾げる。
「御園くん、何か困ってる?」
「いや別に。大丈夫だよ」
「そう。何か力になれることがあったら、なんでも言って」
「ありがとな。でも大げさだって」
気遣わしげに、そして親しげに遼に話かけるシオンの姿に、正樹が、そしてクラスメイトたちが目を見開いた。
シオン・スプリングフィールドが、あんな風に誰かに優しく話しかけるところは見たことがない。
「あの二人、仲良いのか?」
「シオンさんのあんな顔見たことないぞ」
「御園って実はスゴい奴?」
「意外とそうかもしれん・・・・・・」
「レスバつえーしな」
このクラスの孤高の花であるシオンに一目置かれている様子に、自動的に遼の評価も変化いていくのであった。
「ちょっと、正樹くん! あいつにハッキリ言ってやってよ!」
と、そこで痺れを切らして声を上げたのが、例の女子三人組のリーダー格、花田である。
正樹がこの言い争いに負けるということは、自動的に正樹の取り巻きも“敗者”側に放り込まれるということになる。
そうなればもはや、スクールカーストの上位としてデカい顔をすることは出来なくなる。
今後の学生生活に関わる死活問題だ。
なんとしても、正樹には遼をヘコましてもらわないといけないが──
「うっ、はっ、ハッキリって言ったって・・・・・・」
当の正樹はなかなか上手い言葉を絞り出せずにいる。
「ホームルームやるぞー。お前ら席つけー」
結局、担任の教師が入ってきたことで、正樹が戦況を挽回することなく騒動は収束した。
遼は正樹に構わず、また正樹は遼への反撃材料が思いつかなかったことで、昼休みや放課後に口論が再発することもなかった。
クラスの誰もが思った。
正樹、完璧に言い負かされたな、と。
そうして、
そしてクラスの雰囲気や力関係は徐々に変化していくのであった。
────
あとがき
ざまぁ展開って難しいですね
性格悪い主人公が可哀想なやられ役をイジメている図にならないよう気をつけたいです
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