桐花とハルカノ編

第四十一話 報道の自由

 〈レン・スターライト〉が配信の真っ最中に〈ハルカ・ミクリヤ〉を思いっきりハグした件は、少なからず炎上した。

 そしてレンが注目を集めたために、〈雷電刀華〉が男性配信者であるハルカと共演コラボした件については、さほど騒がれず問題視もされなかった。

 世間ではそれについて、レンが自分から炎上騒動を起こして刀華とハルカから批判の矛先を逸らしたのだ、という噂がまことしやかに語られるようになった。

 そして最終的に、レンは親友である刀華のために自分から炎上騒動を起こし、批判を一身に引き受けたのだ、という説が有力なものとして世間に浸透し、レンの好感度はハグ以前よりもちょっぴり上がった。

 果たして本人がどこまで考えていたのかはわからないが、結果的にはレンのファインプレーによって、ハルカ、刀華、そしてレン自身の評判は見事に守られたのである。




 さて、レンの狼藉が世間を騒がせていたその頃――


「どうしてダメなんですか、編集長!」


 ある週刊誌のオフィスにて、一人の若い記者が、編集長に向かって声を荒げていた。


「今〈ハルカ・ミクリヤ〉の正体を暴ければ、これ以上のスクープはありませんよ! 取材許可を出してください! 相方のハルノ・カノンはスプリングフィールド家の娘で間違いありません。そこから徹底的に調べていけば、絶対にハルカの正体に辿り着けます!」

「・・・・・・ったく、何回同じことを言わせる気だ、田辺。ハルカの正体について余計な詮索はしない。それがウチの社としての決定だ」


 鼻息を荒くして詰め寄る記者――田辺に対して、編集長はうんざりした様子でつっぱねた。

 ハルカの正体をスクープしたい、という田辺の要求は、これが初めてではない。


「無理にハルカの正体を暴けば、あのクリスティナ・マクラウドが敵に回るんだぞ。それだけじゃない。〈虎ノ巣〉にも、〈雷電重工〉にも、スプリングフィールド家にも目をつけられることになる。ウチみてーな小さい雑誌なんざ一瞬で吹き飛ばされちまうだろうが」

「そんな・・・・・・それじゃまるで、脅しに屈するみたいじゃないですか。報道の自由はどうなるんですか!?」


 田辺が記者として勤務するこの週刊誌は、決して有名とも、売れているとも言えない。当然、田辺の給料もパッとしない数字であった。

 だが、今配信者界隈で一番ホットな話題である〈ハルカ・ミクリヤ〉の正体を独占報道できれば、とんでもない売り上げが期待できるだろう。

 それは自分にとっても編集長にとっても、大いに利のある話のはずだ。

 そう信じて疑わないだけに、編集長の判断には容易には従えなかった。


「田辺。お前、報道の自由が何のためにあるか知ってるか?」

「え・・・・・・そりゃ、我々記者を保護するためでしょう?」

「ちげぇよバカ」


 田辺の返事を聞いて、編集長はあからさまに呆れた様子を見せた。


「報道の自由ってのはな、大衆の知る権利に奉仕するためにあるんだ。だから大衆が知る権利のないことを報道する自由ってのは無いんだよ」

「・・・・・・大衆にハルカの正体を知る権利が無いから、報道する自由も無い、ってことですか」

「おう、その通りだ。正体隠して配信者やるのは別に犯罪でもなんでもねぇ。悪いことしたわけじゃねぇのに無理に暴き立てるってのは、プライバシーの侵害だろうが。違うか?」


 週刊誌の編集長とは思えない正論に、田辺はうっと言葉に詰まった。


「確かに今、雷電刀華とのコラボやレン・スターライトのハグで、ハルカの周りは盛り上がってる。刀華とレンの熱狂的なファンの中には、ハルカを潰したがってる奴もいるだろうな。そんな状況でハルカの正体を実名報道すりゃ、そりゃあ雑誌はバカ売れするだろうさ」


 射抜くような視線で田辺をまっすぐに見ながら、編集長は言った。


「んでその結果、ハルカが刺されでもしたらどうする? お前は責任取れんのか?」

「い、いや・・・・・・仮にそういうことが起こったとしても、悪いのは刺した奴でしょう。責任なんて・・・・・・」


 田辺がしどろもどろに答えると、編集長は盛大にため息をついた。


「法の話じゃねぇ、人としての責任感の話だ。確かに俺たちの仕事は上品でも高貴でもねぇ、むしろクズの類だ。だが、クズはクズなりに守らなきゃならん一線がある。それを破っちまったらクズ以下だ」

「・・・・・・」


 言い返す言葉が思い浮かばず、田辺は黙り込んだ。

 編集長はそれを、納得の態度と受け取った。


「ま、どうしてもハルカの正体を報道したいってんなら、ウチを辞めてからやってくれよ。お前の巻き添えでクズ以下に成り下がるのはごめんだからな」

「・・・・・・はい、わかりました」


 しぶしぶ、といった様子で田辺は頷いた。


「取材行ってきます、編集長」

「おう、さっさと行ってこい」


 田辺は編集長に背を向け、オフィスを出て行った。

 通りを歩きながら、スマホを取り出して動画サイトを開き、アーカイブから例のシーンの切り抜き動画を再生する。

 ハルカに抱きつくレン、そしてそれを必死で引き剥がそうとするカノンと桐花キリカ

 華やかで、美しく、楽しげなその光景を見ると、田辺の中で暗く激しい感情が燃え上がった。


「こいつは利用できる。利用できるんだ・・・・・・」


 自分でもその感情の正体を知らぬままに田辺は呟き、そしてポケットに手を突っ込んだ。

 指先に当たる小さな感触の正体は、小型の盗聴器だ。

 その使い道を考えながら、田辺は通りを歩いて行った。

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