プロローグその五 初配信を終えて

 最終的な同時接続者数は二十万超を記録した。

 つまりつい先ほどの配信を、二十万人以上の人々がリアルタイムで配信を見ていたことになる。

 もっとも、その全てがハルカの実力だとは到底言えない。

 最強の迷宮探索者“ボス”ことクリスティナ・マクラウドのプロデュースで新しくデビューする迷宮配信者ダンジョン・ライバー、という特大看板のおかげで注目を集められたのが大きいだろう。

 また後半、クリスティナが配信に姿を現してからは、爆発的に同接が伸びた。

 誇張なき世界最強の探索者であり、また予測不能な自由人である彼女は、良くも悪くも目が離せない人物なのだ。

 そのネームバリューを借りる形で、ハルカ・ミクリヤの初配信は大盛況のうちに終わったわけだが──


「二十万か。つまりお前の“ドラゴンを料理してやる”という宣言を、世界で二十万の人々が聞いていたわけだ」


 腕を組み、ニヤニヤと笑いながら、さも面白そうにクリスティナがそう言った。


「どうだ、ハルカ。いや──りょう。記念すべき初配信を終えた気分は?」

「ううん、そうですね・・・・・・」


 ホワイトブリムとゆるふわウルフカットのウィッグを外し、化粧を落とし、エプロンドレスから普通の服装に着替え、“ハルカ・ミクリヤ”から“御園みそのりょう”へと戻った少年は、そう問われてしばし考え込んだ。

 と──


「どうだ、じゃありませんよこの馬鹿」


 背後からつかつかと歩み寄ってきたマネージャーが、クリスティナの後頭部をスパーンと叩いた。


「同接がから、貴方の出番は最後の最後に一瞬だけのはずだったでしょう。しかもカメラマンを放棄してビールまで飲み始めて・・・・・・それが良い大人のすることですか?」

「ふっ、私の心はいつだって少年のままだ。盛り上がったのだからいいではないか」

「反省してください、反省」


 再びスパーンと一撃。

 世界最強の探索者の頭をこれだけ気軽に叩ける人間は、この世で彼女しかいないだろう。

 “マネちゃん”ことマネージャー、レア・すめらぎは、いかにも敏腕秘書という感じの美女だ。ノンフレームの眼鏡をかけ、一分の隙もないスーツ姿で、素晴らしくスタイルがいい。

 二人は長い付き合いらしく、そのやり取りには遠慮というものがない。


「そうポカポカ叩いてくれるな。私の頭は打楽器じゃないぞ、レア」

「あらそうですか? それにしては実に良い音か鳴りますね。きっと中身が空っぽなせいでしょう」

「はっはっは、相変わらずジョークがきついな。だがそれが愛情の裏返しだということを私は知っているぞ」

「あまりふざけたこと言っていると、その使っていない頭取り外して中古の打楽器として売り飛ばしますよ」

「その時は百億兆ドルの値札を貼ってくれ」


 かかか、と笑うクリスティナに対して、レアは仕方ないとばかりにため息をつき、それから遼のほうを向いた。


「遼くん、初配信お疲れさまです。体調はどうですか?」

「体はぜんぜん元気です。精神的には、まあさすがにちょっと疲れましたね。二十万人の前で喋ることになるなんて、今まで生きてきて想像もしてなかったので」


 二十万どころか二十人に注目される事態すら、普通に生活していれば中々ない。

 今になって思い返すと、緊張でぶっ倒れなかった自分を褒めてやりたい気分だ。

 いやそれどころか、結構いつも通りに話せたのではないかと思う。

 俺って自分で考えているよりずっと肝の据わった人間なのかもしれないな、と遼はちょっと思った。


「まったく、ボスが勝手をやったせいですよ」

「私は配信を盛り上げるために尽力したまでだぞ」

 

 レアに怒られても、クリスティナは悪びれる様子がない。

 確かに、どこまで天然でどこまで計算かはわからないが、彼女は良い仕事をした。

 圧倒的な存在感でリスナーを集め、配信を盛り上げながらも、必要以上にリスナーの注意をハルカから奪うことはなかった。

 仕事を放り出して酒を飲み始めるという超弩級の狼藉の是非はさておき、結果的には最高の立ち回りだったと言えるだろう。


「まあ、私のことはもういいだろう。今はハルカのことだ。コメントを見る限り、ドラゴン討伐の目標に対しては懐疑的な声もあるが、全体としては圧倒的に好評と言っていいだろうな」


「そうみたいですね・・・・・・なんかこう、もうちょっと、気持ち悪いとかいろいろ言われると思ってました」


 ここまで好意的な反応ばかりとは思っていなかったのが本音だ。


「今日集まったのは大半が私のリスナーだ。そんなことを言う奴はいないさ」

「類は友を呼ぶと言いますからね」


 クリスティナは腕を組み自慢げに言った。

 そこにレアが冷静に突っ込む。


「俺、ボイスチェンジャーも使わなかったし、全然女の子っぽい喋り方もしなかったけど、あれでよかったんですかね? まあ、可愛く喋れって言われても無理ですけど・・・・・・」


 演技というものがまったく得意でないのが、御園遼という少年である。

 今日の配信でも、カメラの前ということでさすがにテンションは普段と違っていたが、話の内容自体はほとんど素の自分で喋っただけだった。“ハルカ・ミクリヤ”をという気はまったくしない。配信者としてこれでいいのかと、少々疑問に思うのだが・・・・・・

 しかし、クリスティナは鷹揚に頷いた。


「それがよかったのさ。いわゆるギャップ萌えというやつだ。ただ可愛いだけの男の娘はみんな見慣れているだろうが、可愛くて強くて男らしい男の娘というのは中々いないはずだ。我ながら良いプロデュースだった。ふふ、自分の才能が恐ろしいぞ私は」


「なるほど・・・・・・」


 ボスにそこまで自信満々に断言されると、もう素直に頷くしかない。

 とにかく、素の自分で喋っていいのはありがたい。

 これなら無理せずに配信を続けられそうだ。


「ところでお前はどうだったのだ、遼」

「え? 俺ですか?」

「そうだ。今日の配信、リスナーはかなり盛り上がったようだが──お前自身は配信を楽しめたのか? それを聞いておかないとな」

「む、そうですね・・・・・・」


 これは真剣に答えたほうが質問いいと思い、遼はしばし考え込んだ。

 クリスティナに“ドラゴン殺し”を教わる交換条件として出されたのが、“ハルカ・ミクリヤ”としての迷宮配信者ダンジョン・ライバーデビューだ。

 それがなければ、メイド服を着てカメラの前で喋るなんてことは一生なかったと思う。

 では、自分はそれをどう感じていたのか──


「・・・・・・正直、まだいろいろ現実感がなくて、自分でもよくわからないです。でも、見てくれている人々が楽しんでくれるなら、次もやってみようって気持ちになりますね」

「ほう、そうかそうか!」


 遼が正直な気持ちを答えると、クリスティナは少年のような笑顔を浮かべて、軽く肩を叩いた。


「そう思えるなら素質は十分さ。お前はきっと大物になるぞ。──さて、今日の配信で方向性は決まったな。お前は男らしさを隠さなくていい。ハルカ・ミクリヤは、可愛くて男らしい最強の男の娘を目指すのだ!」


────

あとがき


ようやくプロローグ終了

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