第三十一話 エピローグその二

「ふふ・・・・・・やっぱりうちのって世界一可愛いわ」


 タブレットに映る〈ハルノ・カノン〉の姿を見て、アリサ・スプリングフィールドはニヤニヤしながらそんなことを呟いた。

 娘のシオンが、迷宮配信者ダンジョン・ライバーをやるつもりだ、と言い出した時は、彼女にはそれが良いアイディアだとはまったく思えなかった。

 スプリングフィールド家の本国である英国イギリスでは、シオンは高名なスプリングフィールド家の娘として、そして特級探索者の間に生まれたサラブレッドとして、幼い頃からどこへ行くにも注目され、心が安まる暇などなかった。

 彼女が母親と同様のクラスに覚醒していることが知れ渡ると、いくつものクランから勧誘の声がかかり、街を歩けば当たり前のように声をかけられ、勝手に写真を撮られることもあった。

 おかげですっかりコミュ障というか、人と話すのが苦手な性格となってしまったのである。

 そこでアリサは、シオンに普通の学校生活を送らせてあげるために遠く離れた日本という国に引っ越したわけだが、環境が変わっても一度染み着いた引っ込み思案はそう簡単に拭えるものではない。

 日本での生活は本国よりずっと平和だったが、シオンの口からなかなか「友達ができた」という一言を聞くことはできなかった。

 それがある日、「友達が迷宮配信者ダンジョン・ライバーをやるから、私も一緒にやりたい」といきなり言い出したのである。

 アリサは悩んだ末、夫と相談してオーケーを出した。

 世界一可愛い娘が迷宮配信者ダンジョン・ライバーとしてデビューすれば、瞬く間に大人気になるであろうことは自明の理である(彼女は親バカであった)。

 その結果、利益だけでなく、いろいろと不都合なこともあるだろう。

 だが、そこは自分たちが守ってやればいい。それが親の役割というものだ。

 大切なのは、やりたいという本人の意志。

 そう考えての決断である。


「でもまさか、友達がこんな変わった子だとは思わなかったわ」


 画面の中で、〈ハルノ・カノン〉の隣で〈ハルカ・ミクリヤ〉と名乗る

 その姿はどう見ても、絶世の美少女にしか見えない。

 この少年こそが、シオンに出来た友達だという。


「まあ、悪い子ではなさそうね。それにシオンの次くらいに可愛いわ。料理も上手みたいだし・・・・・・」


 男の娘、というのはアリサにとって未知の概念であったが、とりあえず性格が良さそうなのは配信から伝わってくる。それにシオンも、ずいぶん彼女──じゃなくて彼──を頼りにしているようだ。

 ひょっとして・・・・・・

 ひょっとして、このまま関係が進めば、いつかボーイフレンドとして紹介されるのかしら?

 と、そんなことを考えていると──


「ただいま、ママ」

「おかえりなさい、シオン」


 シオンが帰ってきた。

 日本におけるスプリングフィールの家は、富裕層向けのマンションの一室である。

 静かで警備が行き届いている、というのが選択の決め手となった。

 本国にあるスプリングフィールド家の本邸に比べればウサギ小屋とも言えるサイズだが、その分手入れは楽だし、何人も使用人を雇う必要もない。

 家族水入らずで暮らすにはぴったりな場所であると言えた。


「ご飯できてるわよ」

「今日は何を作ったの?」


 アリサがニコニコと笑顔で言うと、若干警戒心を露わにしながら、シオンがたずねた。


「今日はカレーよ。この前の配信を見て、あなたのお友達のメニューを真似してみたの」

「ふーん・・・・・・ちゃんとハルカと同じように作った?」

「あら、きっとお友達が作ったカレーより美味しいわよ。ゴールド・ホーンじゃなくて、ワイバーンの肉を使ったんだから!」


 自信満々でそう言い張るアリサを、シオンはジトっとした目で見た。

 ワイバーンの肉と言えば、ゴールド・ホーンを上回る高級素材であるのだが──


「ママ、ハルカが料理は味のバランスが大事、って言ってたの覚えてる?」


 しかし、高い肉を使えばそれだけで美味い料理ができるとは限らない。

 食卓に並べられたカレーを、シオンはじっと観察した。

 大ざっぱに切られたワイバーンの肉がごろごろと浮かんでおり、確かに見た目は、ハルカが作った〈ゴールドカレー〉によく似ている。


「同じレシピなら、良いお肉を使ったほうが美味しくなるでしょ? まあまあ、食べてごらんなさい」

「料理って、そんな単純じゃないと思うけど・・・・・・いただきます」


 目をキラキラさせたアリサに促されて、シオンは最初の一口を頬張った。

 と──


「どう? 美味しいでしょ?」

「・・・・・・ママも食べて。そしたらわかるから」

「そうね。わたしもいただくわ」


 アリサもカレーを頬張る。


「あ、あら、おかしいわね」


 そして、首をかしげた。

 不味くはない。決して不味くはないのだが、強すぎるワイバーンの肉に味に、カレーが完全に負けている。

 たとえるなら、高級なステーキに安いカレーをかけたような有様だ。

 調和とか、相乗効果シナジーとか、そういうものは全てどこかに吹き飛んでいた。

 予想されていた衝撃的な美味さはどこにもなかった。


「もー、なんでレシピ通りに作らないの・・・・・・」

「うぐっ。だって、同じものを作ったってあの子には勝てないじゃない」


 どうもハルカに対抗意識を燃やした結果、彼より美味しいカレーを作ろうとしてこの結果になったようだ。

 残念なことに、アリサ・スプリングフィールドは料理がド下手であった。

 しかもド下手のくせに妙なプライドがあり、やたらレシピをアレンジしたがる悪癖があった。

 その結果スプリングフィールド家の食卓にのぼるのは、料理人の不手際をなんとか高級食材の味でカバーした、まあ別に不味くはない料理となるのが通例なのである。


「勝ち負けなんて考えなくていいから。どうせ勝ち目ないし」

「くうっ、遠慮なくグサリと来たわね」


 容赦のないシオンの言葉に、アリサは涙目になる。

 しかし、このカレーの出来では何も言い返せないのであった。




「・・・・・・で、学校ではどうだったの? イジメられたりしなかった?」


 カレーを食べ終え、食後の紅茶を出したところで、アリサが言った。

 今日は迷宮配信者ダンジョン・ライバーとしてデビューしたことで、学校ではずいぶん騒がれたことだろう。

 親として気にかかるのは当然のことだ。


「ううん、大丈夫。むしろ前より・・・・・・少しだけ、みんなと話せるようになった」


 シオンは今日一日の出来事を思い出しながら、そう答えた。

 クラスメイトと普通に挨拶をかわした。

 正樹に言い寄られた時は周囲が庇ってくれた。

 配信を応援する、と言ってくれた。

 それを思い返すと、自然と頬に微笑が浮かぶ。


「それはよかったわ。ふふっ、ハルカくんのおかげかしら?」


 アリサはからかうようにそう言った。

 赤面のひとつでもするかしら、と思っての一言だったが──


「うん、全部あの人のおかげ。あの人が一緒にいてくれると・・・・・・すごく心強くて、安心する」


 シオンは母親の自分でも今まで一度も見たことがない、陶然とした表情でそんなことを呟いた。

 その声音には、単なる友人に向けるものとは明らかに異なる感情が宿っている。


「・・・・・・あらあら」


 ──恋かしらね、これは。


 そんな言葉が頭に思い浮かび、アリサは自分の顔がニヤつくのを止められなかった。


────

あとがき


とりあえず十万字行きましたので一区切りです。

見切り発車のシリーズゆえいろいろ練り込みが甘いところはありますが、よろしければこれからもお付き合いください。

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