第9話 初恋桜

 フィナーレのプログラムが終わると、それまで中央広場に集まっていた人々が一斉に帰途に就き始めた。駅へ向かう道は特に混雑しており、大きな人の流れがうねるように続いている。一方で四人は駅へ向かう道ではなく、公園の西側を目指して歩いていた。例の呉服屋へ借りていた衣装を返却するためである。


「ねぇルナ。さっきはあんなこと言ってたけど……実際どう? あのコ、彼と会えると思う? 第一、彼が今日ここに来てるかどうかさえわからないのに」


 前を歩く聡子が振り返って尋ねる。


「あぁ、あれは別に気休めで言ったわけじゃないよ。少なくとも蓮さんが今日この祭に来てるのは確かだし」


 そう答えると、聡子の隣を歩いていた麻美も反応して振り返った。


「えっ、そうなの? なんでわかったの?」


「ほんと、そこまで言うからにはなにか根拠があるんでしょ?」


 聡子は振り向いたままさらに問いかける。隣を歩く千景も言葉にこそしないが、何故だろうと言いたげな視線を送っている。


「根拠っていうか……そもそも聡子と私は直接会ってるんだよ」


 私がそう言うと、聡子が反射的に答える。


「はぁ? なに言って……ん……? ちょっと待ってもしかして……」


 聡子と私だけが出会っているということは、その候補者は限りなく絞られる。聡子はある人物の存在に気づいた素振りを見せる。一方で、話の見えてこない麻美と千景は、引き続き不可解な面持ちをしている。


「麻美と千景がトイレに行くって言って別行動したあのとき、私たちは時間潰しに射的してたんだけど……そのときに一人の男の人が私に射的勝負を申し込んできたんだ」


「なんか……話がさっぱり読めないけど……ま、いいや続けて」


 自分で言ってても突飛な話だとは思ったが、それでもその辺りをさらっと流すのは麻美らしい。


「……その射的屋では、市の条例だかの関係で実銃を模したものは使えなかったの。で、代わりに使ってたのが私たちが小学生くらいの頃に流行った『コルクマン』っていうホビーなんだけど……ほら、こういうやつね。お腹からコルクを発射するようになってて……」


 私は携帯電話を取り出し、適当に検索して出てきた画像を見せる。


「あぁ〜なんか見たことある。小学校の頃クラスの男子がそんなの学校に持ってきて没収されてたような気がするわ」


 麻美の通っていた小学校では割と流行っていたのだろうか。私の通っていた河澄小の場合、上の学年ではそこそこ流行っていたようだが、私の学年ではそうでもなく、あまり話題を共有できなかったのを覚えている。


「でね、その勝負を仕掛けてきた男っていうのが、滅茶苦茶腕が立つ人で……それこそ傍らで見てたギャラリーが大いに湧くくらいに。その人はその後そそくさといなくなっちゃったんだけど、少し引っかかることがあって確認したら……ほら」


 そう言って私は次に、杏から送られてきた画像を見せる。それは私が幼少の頃に買ったコルクマンのファンブックの一頁。当時開かれたコルクマンの大会で優勝した少年へのインタビューの記事が掲載されている。


「2大会連続優勝を果たした貝沼蓮くん(9才)。『関東の狩人ハンター』の異名は伊達じゃない! ……だって。え……この二つ名のセンスヤバくない? こういうのって自分で考えるの?」


 聡子が記事を読み上げると、杏と全く同じところに言及する。私からしたら今でも浪漫があるというか、少年心を擽る二つ名だと思うのだが、女子にはまるっきり刺さらないようだ。


「二つ名のセンスのことはいいの。注目すべきはこの名前と年齢! この大会の開催年から計算すれば、この子は私たちと同い年くらいになってるはずでしょ?」


「つまり、あのときあんたに勝負を仕掛けてきた胡散臭いグラサン男が、元大会優勝者の貝沼蓮くん(9才)の成長した姿ってことよね。そしてその貝沼蓮くん(9才)は当時関東に住んでいて、数年後にこっちに越して来てしずくさんと仲良くなった……それにしても、しずくさんも真由美さんも、なんだってあんな変人のことを好きになったんだろ?」


 さすが聡子、理解が早い。それだけでなく、当事者に直接会っていないため、事態を良く飲み込めていない麻美と千景にもわかりやすいように整理して説明してくれている。


「蓮さんの性格はよく知らないけど、あの格好と妙に芝居がかった喋り方は素ではないと思うよ。たぶんだけど、蓮さんは自分がこの街に来ていることを知られたくなかったんじゃないかな。しずくさんのおじいさんをはじめ、街の人たちからよく思われていないと思っていたわけだし、そのことが巡り巡ってしずくさんに迷惑がかかるのも嫌だろうから」


 私自身、柊野翠として地元の同級生らに再会するよりは、白中ルナとして赤の他人でいた方が良いと思っているくらいだ。そう考えると、境遇こそ違うものの、蓮と共感できるところは少なくないのかもしれない。


「ふーん、そんなもの?」


 聡子は納得したようなしていないような微妙な表情で言う。彼女の性格的には共感し難いところだろうからそういった反応になるのも頷ける。

 もちろん、これらの推理も正しいかどうかはわからない。先程保険をかけたようにあくまで仮定の話に過ぎない。数少ない状況証拠を妄想で補完して、辻褄が合うように繋ぎ合わせただけのものだ。私たちは別に警察でも探偵でもないのだから、それが真実かどうかを検証する必要はない。それでも、先程麻美が怒ってみせたように、私たちはこの都市伝説もとい彼女らの痴情のもつれに巻き込まれた身だ。なにかしらの結論を導き出さなければ、いつまでも釈然としない気持ちばかりが残ってしまっただろう。


「────あ、あのさ……私は変な人たちに絡まれたし、千景は連れ去られて巫女さんの演舞させられるし、インチキな都市伝説に踊らされてしずくさんたちの色恋沙汰に巻き込まれたけど────これはこれで濃い体験っていうかさ……なんだかんだ楽しくなかった?」


 聡子は当たり前だとでも言いたげな表情を、麻美は少し困ったような笑みを浮かべ、千景は自分の胸に問いかけては頷くような素振りを見せる。

 ライトアップされ照明を受け止めた満開の桜は、空の濃紺へ妖艶にそして壮麗にその彩りを浮かべている。あの『初恋桜』は一際鮮やかにその色を主張しているだろうか。それとも、ひっそりと夜風に花を揺らしながら恋人たちを見守っているだろうか。

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