第6-1話 捜索①

 二人と別れてから5分、聡子は中央広場へと続く道を進んでいた。祭のメインプログラムの時間にあって、その会場となる中央広場は混雑を極める。当然ながら中央広場に近づくほどに人混みは増していった。やはりこちら側の捜索に単独を割り当てたのは正解だった。単純に中央広場を目指すだけならまだしも、この人混みの中で千景を探しながら彷徨いていたら、自分たちが逸れてしまうだろうから。

 とはいえ、これだけの人の中で特定の一人を探し出すのは難儀な話である。巫女装束という目立つ格好をしているのは幸いだったが、それでも人の壁に覆われて見逃してしまっているということは十分にあり得る。


 屋台に並ぶ人、複数人で闊歩するグループ、それらを掻き分け、視界に入って来る白と赤の組み合わせに意識を集中させて進み続ける。そうこうしているうちにいつの間にか中央広場へと到着していた。


 通常時は利用者がボール遊びをしたり飼い犬と走り回ったりするのに使われているような広さの芝生が広がり、その芝生を道が取り囲んでいる。広場の南側には仮設ステージが組まれ、ステージの前は多くの観客が所狭しと立ち並んでいる。ステージを挟むように両脇に仮設テントが設けられ、そこにステージ運営に関わる設備や演者の控え室などが設けられているようだった。スピーカーから聞こえてくる弾き語りから察するに、今はタイムテーブルの何番目かにあった地元アーティストのミニライブ的なプログラムの時間なのだろう。

 さすがにあの観客の中にはいないだろうと、聡子は広場の中央からやや北側、観客用に設けられたスペースから10メートルほど離れた場所に設営された仮設テントへ向かう。おそらくはあれが祭の本部であり、もし千景が迷った挙句ここへ辿り着いたのであれば、そこにいるのが可能性としては高い。三つの併設したテントのうち、中央にあるテントにはスーツを着た年配の男性が数人着座している。おそらく役員や来賓かなにかのお偉いさんなのだろう。向かって右側のテントには、どこかの施設の備品であろうパイプ椅子や会議テーブルが並べられ、白衣を纏ったスタッフが数人歩きまわっている。飲料用のポリタンクや救急箱のようなものが置かれていることから、あそこは救護ブースだろう。もしいるとすればあちらのスペースだろうか。


 救護ブースへ近づくも、そこに千景の姿は見えない。聡子は近くにいた救護スタッフの女性に尋ねる。


「すみませーん! ここに私くらいの歳の女の子が来ませんでしたか? 長い黒髪で背は私よりちょっと小さいくらいなんですけど」


 救護スタッフの女性はそれを受けて答える。


「あなたくらいの歳の女の子? 私は見てないけど……ちょっと待って、ほかの人にも聞いてみるから」


 女性がその場にいたほかのスタッフに聞いて周り、暫くして戻ってくる。


「うーん、誰も見てないみたい。でも、私たちも交代でやってるから、もしかしたら前のシフトの人たちが見てるかも」


「交代したのは何時頃ですか? その子がいなくなったのはここ1時間の話なんです」


「1時間か……それなら私たちがもう入れ替わった後だから、やっぱり誰も見てないことになるわね……っていうか迷子ならちょっと待って、あっちにも確認してみるから!」


 そう言って女性は反対側のテントへ走っていく。また暫くすると女性が呼びに来たので、言われるがままに彼女に付いて左側のテントに向かうと、スタッフ用のジャンパーを羽織った男性が紙と筆記具を持って待っていた。


「迷子と聞きましたが、もう一度その方の特徴とお名前、それと行方がわからなくなった際の経緯を教えていただいてよろしいでしょうか?」


 聡子が説明すると男性は項目の記載された様式に書き込んでいく。


「そうですね……申し上げにくいのですが、只今仰ったような方がこちらに来たという情報はありませんね。差し支えなければ、あなたの連絡先を教えていただければ、そのような方がこちらにいらした際にご連絡差し上げることも可能ですが……」


 聡子は静かに頷くと、男性から指示された記入欄に住所氏名と連絡先を書いた。


「演目の合間にはなってしまいますが、一応、園内放送で迷子の呼びかけをすることもできますが……」


「お気遣いありがとうございます。今、私の友だちも別を探してるところなの。もしそっちでも見つかってなさそうなら、そのときはお願いします」


 男性の提案にそう返事したところで、先程の女性スタッフが話しかけてきた。


「よかったら少し休んでいかない? 今は気を張ってると思うけど、お友達と逸れちゃって精神的にも結構疲れてるんじゃない? 今ちょうど救護スペースもガラガラで暇してるからさ」


 聡子は再び救護ブースのテントへ連れられ、パイプ椅子に座らせられる。間もなくして女性は、置いてあったポットからほうじ茶を紙コップに汲んで持って来た。


「はいこれ。少し肌寒いし、水よりは温かい方がいいと思って。それにしても、そのカッコかわいいね。『纏々』で借りたんでしょ? いいなぁ、私ももう少し若かったらそうやって祭に行きたかったなぁ」


「えーそんなの、全然イケますよ! だって私とそんな変わんないですよね?」


 聡子の言葉に女性は口を大きく開けて一瞬静止した後、頬を緩ませて言う。


「あらやだ! でもありがとう、お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいわ」


 聡子と女性の笑い声がテント内に響く。


「実際、あの店には若い子からお婆ちゃんまで着れるくらいのバリエーションは揃えてるから、着れないこともないんだろうけどね。でも、私の友だちはもうそういう歳じゃないからって言って着てくれないだろうなぁ……今思うと、一緒に馬鹿なこともやってくれる友だちって希少だったんだって思うよ」


「一緒に馬鹿やってくれる友だち……」


 手元のほうじ茶の水表面に映る自分の顔が、何故か酷く幼く見えた気がした。

 そういう存在が大切だということは一般論としてわかっているつもりだ。というか、そういう存在こそが友だちなのだと思っていた。実際、クラスの女子とだって毎日馬鹿みたいな話で盛り上がっている。でもそれが希少だという観点は自分にはなかった。


『ルナくらいしかこういう派手なの着てくれなさそうだし』


 いや、そのこと自体に気づいてはいたが、向き合わないようにしていたという方が近かった。本当に馬鹿なことに付き合ってくれるのは一握り。それが数年、十数年来の関係ともなるとさらに少なくなる。そのときに友だちとしていられる存在は、今の自分には知りようもない。知りようはないが、そのときまで関係が続いていたら良いと思える存在はいる。


「なんて……だったら恋人とお揃いで着物でも着て歩いたらいいんだろうけど、残念ながら相手がいないのよね……『初恋桜』にでも祈願しに行こうかしら?」


 女性はそう愚痴をこぼす。聞き慣れない単語に聡子は食い付く。


「『初恋桜』……? なんですかそれ?」


「あーそっか、市外の人はあんま知らないよね。もし気になる人がいるなら一緒に行ったらいいんじゃない? この公園の東側にある小さな広場に一本だけ鮮やかなピンクの桜が咲いててね。少し前から市でも観光のために恋愛成就のパワースポット的な感じで売り出してるの」


「え……それって……」


 聡子はこれまで自身の得ていた情報との乖離の大きさから、楽しそうに語る女性スタッフとは対照的に困惑の表情を浮かべるほかなかった。

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