第5-3話 離別③
私と聡子は来た道を戻り麻美と合流した。麻美が待っていたのは、観光客用に開放されたラウンジスペースやトイレが設けられた休憩所だった。歩き疲れた者や設置されたリーフレット等の観光情報を眺めている者、屋台で購入した食事を食べに来た者、麻美らのようにトイレを利用しに来た者など様々だった。貼られている掲示物や案内板を見るに、ここは地元の商工会により運営されているようだ。
「ここで千景とはぐれたってこと?」
聡子が尋ねる。
「うん。ほんとは中のラウンジで待ってたかったんだけど、座るとこも空いてなかったから外で待ってたんだ。ほら、私らの衣装、トイレしづらいからお互い手荷物持ってもらってね。それで、千景がいつまで経っても来ないからさすがに変だと思って様子を見に行ったの。暫く化粧直すフリして個室の出入り見てたんだけど、結局どの個室からも出てこなくて……」
麻美は千景とはぐれたときの状況を説明する。
「千景に連絡してみたら……ってそっか、千景の鞄は麻美が預かってたんだもんね」
「そう。あのコ、ケータイも鞄に入れっぱなしだったから連絡も取れなくて……」
そう言って麻美は千景から預かった鞄を見せる。
「それにしても……外で待ってたとはいえ、この距離ではぐれることってある? 誘拐とかじゃないでしょうね」
「あのときは今よりももっと人が多かったし、さすがに人目が多すぎるというか、そういう素振りがあれば周りで不審がると思うんだよね」
私は休憩所の中を歩いて見回る。中央に木製の階段があり、吹き抜けのような構造になっている。階段の手前には『お手洗いはこちら→』とマジックで書かれた紙が貼られている。
「あれ? トイレって2階なんだ?」
「うん、1階にも一応あるっぽいけど、あれはたぶんここの管理人用。祭期間だからかわかんないけど、今は封鎖されてるみたい」
麻美はそう言って管理人室らしき方を指差す。そちらの方へ行って見てみると、たしかに管理人室に併設されたトイレには立ち入り禁止の注意書きが貼られていた。そうなると、千景が1階のトイレを利用していて探しに来た麻美と行き違った可能性は低い。
「ねぇ、2階も見てみましょうよ」
聡子が提案し、私たちは階段を昇る。階段を上がって左側にトイレが、右側には多目的室と書かれた部屋が設けられ、正面にあるスペースには工芸品などが展示されている。
「もっかいトイレの中探してみたら案外いたりして……ってなにしてんの?」
改めてトイレの中を探そうとする聡子は、入口前で足を止めた私の方を振り返って不思議そうな顔をする。
「……私はここで待ってるから、行くなら二人で行ってきなよ」
その言葉に聡子は思い出したかのようにわざとらしく笑ってみせる。
「あっ、あはは……そうだったわね、失敬、失敬」
聡子と麻美が女子トイレに入って間もなく、聡子の千景を呼ぶ大きな声が外にまで聞こえてくる。ほかの利用者も少なくないのによくやるものだ。仮に個室にいたとして、その状況下、千景の性格で返答できるのか疑問が残るところではある。
私は一人で待っている間、ある一節が脳裏に浮かぶ。
『あ……でもそういえば、恋人関係でなかったにしても、仲の良かった異性がその後疎遠になった……なんていうのもあったんだっけ? やきもち妬きなのかしらね、この桜は』
あの言葉はしずくと蓮を指しているものだとばかり思っていた。しかし、『仲の良かった異性』がどの程度のものを指しているのかはわからないが、その条件には私たち、正確には私と三人のうち誰かも該当するのだ。
もし本当に呪いなどというものが実在し、真由美らが語ったことが真実だとすれば、千景は私が男であったために行方がわからなくなったということになる。そんな非科学的なことはあり得ないと思いながらも、心の奥底では、私が男でなければこんなことは起こらなかったのだろうかとの思考を振り払えない。
「やっぱりいなかったわ!」
諦めて帰ってきた聡子の大きな声が私の思考をかき消した。
「あれ……大丈夫、ルナ? なんか顔色悪いよ」
続いて出てきた麻美が私の顔を見て言う。
「ううん……大丈夫。ちょっと千景がいなくなったことに動揺してたみたい」
「…………そっか」
なにか言いたげな風だったが、麻美はそれだけ言って話を切る。
「念のためって思ったけど、やっぱりここにはいなさそうね。別を当たりましょ!」
そうして私たちは階段を降りる。聡子はああ言ったが、ほかになにか手掛かりがあるだろうか。この人混みの中からなんの手掛かりもなく千景を探し出すのは雲を掴むような話のように思えた。
「あれ……?」
「ちょっとルナ、どっち行こうとしてんの。出口はこっちよ」
聡子は階段を降りて出口とは逆方向を向く私を呼び止め、入って来た方を指す。
「ふふ……前からちょっと思ってたけど、やっぱりルナって方向音痴だよね。かわいい」
麻美はそう言って微笑む。正直なところ、それがかわいいかどうかはともかく、方向音痴については自覚がある。ゲームっぽくいうならば、外のマップと建物内部各階のマップのリンクが頭の中でとれていないのだ。だから、こういう踊り場から切り返すタイプの階段があると途端に方向を間違える。私は聡子が指す方へ翻そうとしてあることに気づく。
「あれ、ちょっと待って……なんか……あっちにも出口ない?」
それは私たちが入って来た出入口と階段を挟んで反対側、もう一つの出入口がそこにあった。
「あ、もしかして……千景も間違って……?」
麻美が気づくのとほぼ同時に、私はそちら側の出入口へ向かい外へ出た。てっきり裏口のようなものかと思ったが、その出入口からも同じくらいの人通りの別の道に接していた。
「なんか……こっちも普通に道になってるのね。こっちはこっちで結構人いる……っていうか、なんなら来た道より人多くない?」
私の後に続いて出てきた聡子が周りを見渡しながら言った。
「さっきの出入口はこっちの道に面してて……私たちが入って来た出入口は公園の外側に近い道に面してるってことか」
さらに続いて出てきた麻美が、休憩所に置かれていたリーフレットを手に、そこに描かれた公園の簡単な見取り図を見ながら言った。麻美は私と聡子にもその見取り図を見せる。
「ってことは……もし千景が間違ってこっちから出てったとしたら、公園内にいる可能性が高いってことだよね?」
「この道を右に行ってたら……ね。もし左に行ってたならいずれ公園の北側に出てるはず。どっちにしても、ある程度行き先が絞り込めるのなら捜しようはあるわ。時間的にもそんなに遠くには行ってないはずだから」
「……たぶん、千景がこっちの出入口から出ていったのは間違いないと思う。そうじゃないと私とすれ違いになった説明がつかない」
三者三様に言葉を続け状況を整理する。三人はお互いに顔を見合わせ、一瞬押し黙った後、聡子が号令をかける。
「よしっ、それじゃあ手分けして捜しましょ! 私は右に行って中央広場に向かうから、ルナと麻美は左に行って公園の外をお願い。なんかあったら連絡して、なんかなくても30分後に連絡すること!」
「え……でもそれだと聡子一人になっちゃうよ。なんなら私が……」
私が言い終わるのを待たずに、聡子は私の眼前に人差し指を突きつけて言葉の続きを制した。
「あんたねぇ……ちょっと心配しすぎ。千景がいなくなって動揺するのもわかるけど、子どもじゃないんだから。第一……私の方があんたよりは方向感覚あるっての」
「ぐっ……たしかにそれを言われると……」
私が言い淀んでいると、聡子はふっと笑う。
「……中央広場の方はスタッフ的な人もいっぱいいそうだし、あんたみたいに変な男に絡まれることを心配してるなら大丈夫。ほら、行った行った」
聡子はそう言って私を押すような仕草をする。私たちが聡子に促されるまま北側に延びる道へ足を向けるのを見届けると、彼女も私たちの方に背を向け反対側へ歩き出した。
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