第5-2話 離別②

「やれやれ……祭の空気だけ味わいに来たつもりだったのに、あんなに素晴らしいプレイングを見せられたんじゃあ黙っちゃいれないな。お兄さん、一回分頼むよ」


 サングラスの男は、どこか演技がかったような口調で一回分の料金を店員に渡すと続けた。


「お嬢さん、君の腕を見込んで提案なんだが……よかったら勝負しないか?」


 横にいた聡子は訝しんだ様子で言う。


「なにこれ、新手のナンパ? ねぇ、大丈夫この人?」


 これだけ目立つ格好をしている私たちが言うのもなんだが、その珍妙な出立ちでそのようなことを言われたら聡子が警戒心を抱くのもわかる。だが、私はこのサングラスの男の見た目と口調には胡散臭さを感じながらも、何故かそれ以上の警戒心を抱くことはなかった。特に根拠はないがおそらく彼には他意はない。


「勝負って……どうするの? この競技一人用だし、点数を競うってこと?」


 すると男は、プレイヤーの立ち位置を示すために設けられている場ミリと垂直になるように木の枝を置いた。そしてその枝の延長線上にある一体の的を指して言う。


「あの黄色いクマのぬいぐるみがちょうど真ん中だ。君はあのぬいぐるみより左側のターゲットを、俺は右側のターゲットを狙う。それで獲得した点数が高い方が勝ち。ああ、それとあの真ん中のぬいぐるみに誤って当てて落としたらその時点で負けってことにしよう。制限時間は……ターゲットの数が半分だから10秒でいいか」


 サングラスの男がルールを説明していると、店員が口を挟む。


「おいおい、勝手にルール変えてもらっちゃ困るよ」


「お金は払っただろう? なんなら景品もいらない。それに……」


 男はそう言って店員に耳打ちする。こちらに視線を向けられている気がするが、なにを言っているのかまでは聞き取れなかった。だが、男の話を聞いて店員は納得したような、半分諦めたかのような顔をする。


「ちっ……わかったよ、一回だけだからな! ほら、さっさと選んだ選んだ」


 男は店員が差し出したトレーから一機を選ぶ。


「『ウォーズヘラクレス』……!」


「そう、主人公機にして君が今持っている『ブラッディイーター』に土をつけた機体だ。とはいえ、それは漫画の中の話……お互い健闘を祈るよ」


 2人が位置に着く。ギャラリーは先程よりも少し増えているような気がしたが、皆、固唾を飲んで見守っているのか、祭会場とは思えない静けさだ。集中しているせいか、鳴り続けていた笛の音や太鼓の音はずっと遠くに感じた。


「用意……スタート!!」


 店員の声が高らかに響く。最初に的を撃ち落としたのは相手の方だった。全機体の中で最強の威力と呼び声の高い『ウォーズヘラクレス』の弾速は半端ではなく、瞬く間にターゲットが弾け飛んだ。だが、こちらも負けてはいない。例によって、2点射の分割により連射はこちらに分があり、2体目までを撃ち落としたのはこちらが早かった。軽い的を撃ち落とすには向こうは明らかに威力過多だ。今のうちに差を広げよう、そう思った矢先だった。


「な……!」


 連射はこちらに分があると言った。たしかにそれは間違いではない。だが、相手の連射速度がパワー特化の機体を扱っているとは思えないほどに早い。それだけでなく狙いも恐ろしく正確で、次々とターゲットが弾け飛ぶ。さらに恐ろしいことに、まるでボウリングのスプリットを回収するときのように、過剰にターゲットを弾け飛ばすことで、別のターゲットにぶつけ、隙あらば時間短縮を図っていることだ。

 残る的はそろそろ単発では撃ち落とせない重さのものが多くなる。私は重い的に対応するため2点射に切り替える。だがそれは、単発で狙っていたときよりも連射速度が落ちることを意味する。一方で相手の連射速度は変わらない。それもそのはず、最強級のパワーショットを放つあの機体の前では、的の重さに意味はなく、連射速度と正確性を競うだけの競技になり果てる。


「そこまで!」


 店員の声が響き渡り競技の終了を告げる。点数を数える必要はなかった。なぜなら、サングラスの男はタイムアップを待たずに右側の全ての的を撃ち落としていたからだ。


「2点射はたしかに強力だが、2点射するためには2発の弾を込める必要があり、必然的にリロードにかかる時間が増える。それが『ブラッディイーター』の弱点だ。と言っても落としたターゲットは1個差……同じ機体を使っていたら勝負はわからなかったがね」


「はっ……気休めはよしてよ、それウォーズヘラクレスをあんな速さで打ち続けられるわけないでしょ」


「ふっ……君とは色々と語りたかったところだが、俺も長居できなくてね。わがままに付き合ってくれてありがとう。祭、楽しんでいってくれ」


 そういうと男はそそくさとその場から立ち去って行った。


「名乗りもしないで行っちゃった……ほんとに勝負したかっただけ?」


 一部始終を見ていた聡子は唖然とした様子で言う。おそらく彼女にはあまり理解できない感覚だろう。数年前まで少年の日々を送っていた私としては、彼の気持ちがわからないでもなかった。


「なんだ今の勝負……すげぇ……」


「おい、お前もやってみろよ……ってお前じゃ無理か」


「ふざけんな、俺だってなぁ……」


 ギャラリーの熱気が先程よりもさらに高まっているのを感じる。なんだろう、なにかいやな予感がする。


「あ、あの、お姉さん! 次は俺とも勝負してくれよ!」


 ギャラリーの一人が触発されて、私に勝負を挑んできた。いや、一人ではない。先の一人を皮切りにほかのギャラリーも後に続く。


「げっ……ちょっとルナどうするの? っていうかアイツ、こうなることがわかって────」


 パンパンと響いたハンズクラップの音が、その場の空気を一瞬留めた。音の主は店員だった。彼はすかさず、両手で口元をメガホンのように囲って大きな声で言う。


「はい、さっきのはデモンストレーションね! 競技の受付はこっちだよ! 並んで並んで!」


 ギャラリーはその勢いに流されるまま店員の指示通り列をつくる。こういう状況下で場を仕切るのは慣れているのだろうと感心した。


「ありがと、お兄さん」


 店員がこちらをちらりと見て、行けと顎で示したように見えたので、私は小声で店員に礼を伝え聡子とその横を通り抜ける。




「はぁ……とんでもない目に遭うとこだったわ」


 私たちは先程の会場から少し離れたところにあったベンチに腰を落ち着ける。


「ほんと、まさかあんなに熱気に溢れてるとは……まぁ、店員さんが上手く捌いてくれたからよかったけど」


 そう言う私の顔を呆れ顔で見つめる聡子。


「あんたねぇ、平和ボケも大概にしなさいよ。あの店員、最初からああなることはなんとなくわかってたはずよ!」


「えぇ、なんで!?」


「はぁ……やっぱり気づいてなかったの。あのグラサン、勝負の前に店員に耳打ちしてたじゃん? あれ、『いい宣伝になるから』的なことを言って丸め込んでたんでしょ。まぁ、あんた単体でも目立つのに、あれだけ白熱した接戦を見せられちゃったら盛り上がるのも不思議じゃないけど。それはそうとして、ルナは集中してたからわからないかもしれないけど、店員もギャラリーもニヤニヤしながらあんたのこと見てて超キモかったわ」


 まさかそんなことが。童心を刺激されつい夢中になってしまい、周りが見えていなかったようだ。いつもは聡子を諌める側であることが多かったのに、今回は逆に聡子から諌められてしまった。


「ごめん……そんなことになってたなんて……」


 私が謝るのを聞いて聡子は小さくため息を吐いて言う。


「まぁ……珍しい体験だったからいいわ。射的自体は楽しかったし……それに……」


「それに?」


「……ううん、なんにも!」


 聡子は妙に上機嫌そうにこちらへ微笑むと、そう言ってはぐらかした。




 突如、聡子の鞄の中で携帯電話の着信音が鳴り響く。


「あれ……? 麻美だ。なんだろ?」


 聡子が電話に出るとスピーカー越しにかすかに麻美の声が聞こえる。直接聞いているわけではないため内容は不明だが、いつも落ち着いている麻美にしては声色が切羽詰まっているように聞こえる。そしてその予想は当たっていたようで、聡子の表情も険しくなるのがわかった。


「え……!? わかった、すぐ行く!」


 そう言って聡子は電話を切る。私は憔悴している様子の彼女に尋ねる。


「どうしたの?」


 彼女の口から返ってきたのは思いもよらぬ回答だった。


「……千景の姿が見当たらないんだって……!」

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