第5-1話 離別①

 私たちは西側の入口から再び公園の中へ入る。陽が傾きかけるこの時間、中央広場の催し物はメインプログラムを迎える。屋台からは昼間よりも炭とアルコールの匂いが増し、電飾や景品のケミカルライトが彩りを強めている。中央広場に向かうまでの道も人で溢れており、祭の盛り上がりは最高潮に達しつつあるのを感じた。


「ちょ……こんなに人がいるなんて聞いてないんだけど!」


 想像以上の人混みを目の当たりにした聡子が悪態をつく。


「今までも人が多いとは思ってたけど……なんだかんだ皆ステージ観たいんだね。どうする? 私らも本当に観にいく?」


「……ここまで来たら観たいじゃない! これだけ盛り上がってるのに観ずに帰るのも損した気するし!」


 演目への興味関心よりも盛り上がりを体感することが目的となっているような節はあるが、祭とは得てしてそんなものなのだろう。


「あ……ちょっと待って。私と千景、トイレ行って来てもいい? ステージの方行っちゃったらそれどころじゃなさそうだし」


 前方を歩く私と聡子を麻美が呼び止めた。


「いいけど……この辺にトイレあった?」


「ここに来る途中、休憩スペース? みたいな開放してるとこあったからさ、たぶんそこにトイレもあると思う。私たちの衣装、結構めんどくさいから時間かかると思うんだよね。ここ割と屋台とかあるしちょっと時間潰しててよ」


 そう言って麻美は千景を連れて、やって来た道を戻る。


「もう……さっきの呉服屋で行っとけばよかったのに。ま、いいわ。ルナ、何処から巡る?」


 聡子はそう言って私の顔を覗き込む。ずっと四人でいたからあまり気にしなかったが、お揃いの衣装を着て歩く私たち二人は、客観的にどう見えているのだろう。


「うーん、なんか食べてもいいけど……どうせならみんなで食べたいよね……あ! あっちの方に面白そうなのあるじゃん!」


 指差した先には型抜きや射的、金魚すくいや輪投げなどアミューズメント系の屋台が並んでいた。


「へぇ〜! なんか懐かしいねこういうの! どうしよ、目移りする〜」


 聡子はそう言って順番に屋台を物色する。子どものように飛ぶような足取りの彼女の後を追う。


「そこのお姉さんたち、うちのゲームやっていかない!?」


 声をかけて来たのは射的の屋台の店員だった。20代くらいの男性で、肌を焼いているのかこの時季にして浅黒く、金色に染めた短髪とのコントラストが印象的だ。


「ねぇルナ、射的だって。ちょっとやってみない?」


 屋台の中には、赤い布が敷かれた4段のラックが設けられ、そこにぬいぐるみやフィギュアなどが置かれている。


「へい、まいど!」


 店員は私たちから挑戦料を徴収すると、射撃を行う所定の位置まで案内する。すると、よくある縁日の射的とは様子が異なることに気づいた聡子が尋ねる。


「あれ? 鉄砲は?」


「あ〜ウチね、鉄砲じゃないんスよ」


 そう言いながら店員はプラモデルのようなものがたくさん入ったトレーを持って来た。


「なにこれ? なんかかわいい!」


 そう言って聡子はその中から一体を取り出す。その手にあったのは、幼少の折に幾度も目にしたシルエットだった。私は懐旧の念に思わず声を上げる。


「そ、それは……『コルクマン』……!」


 10年近く前に少年向けホビーとして売り出され、当時は販促漫画が少年誌で連載されていた、腹部にコルクの発射機構を持つ二頭身の人形型の玩具だ。まさかこんなところでお目にかかるとは。


「持ち弾は30発、制限時間は20秒。20秒経ったらいくら持ち弾が残っててもその時点で終了だ。的にはそれぞれ点数の書かれたタグが付いていて、撃ち落とした的に応じて点数が加算される。獲得した点数で引けるくじの種類と枚数が決まる。なにか質問はある?」


 店員の説明を受けて聡子が質問する。


「あ、落としたぬいぐるみが景品ってわけじゃないんだ?」


「市の条例が色々と五月蝿くてね。今年はより一層厳しくなっちまった……景品の方式も得物がホビーなのも条例に引っかからないようにした結果なんだとさ」


「ふーん……ねぇルナ、どれ使ったらいいと思う?」


 聡子はトレーの中の機体を物色する。的は重くて落ちにくい物や小さくて当てにくいものほど高い点数が設定されているようだ。弾数が決まっているのならば、連射に特化したタイプを選んでも仕方がないとは思ったが、存外制限時間が短いため、パワーも連射の早さも命中精度も求められる競技となっている。最初に聡子が手に取った機体は『ウォーズヘラクレス』。販促漫画では主人公が愛用するパワー特化型の機体で、大人でも射出にそれなりに力がいること、それによって弾道がブレやすいことから初めて扱う女性には不向きだと思った。私はトレーの中から、販促漫画において主人公のライバル兼親友が使用する連射向きの機体を聡子に渡す。


「たぶんそれならあんまり力入れずに撃てると思う。バレルついてるからブレにくいし。一応ここ押さえながら撃つと威力上がるから、重そうなやつ狙うときはそうした方がいいかも」


「オッケー! さ、お兄さん準備出来たわ!」


「はいよ、それじゃあ位置について……スタート!」


 店員が手を挙げて合図し、手に持ったストップウォッチを起動させる。聡子が撃った最初の一発は的の右を通り過ぎる。


「数撃てば当たるから、どんどん撃って!」


 聡子は続けて2発連射する。少しずつ発射の特性を掴んできたのか、2発目は的に命中した。


「お、当たる当たる。その調子!」


 数発を連射し、比較的軽めの的が2体、3体と落ちてゆく。だが、一方で重めの的は1発命中しただけでは落ちそうにない。


「あれが重いやつね! えーと、こう押さえるんだっけ?」


 聡子は発射口の圧力を高めて威力の高い弾を放つ、所謂パワーショットを撃つ。それが命中し的が後にズレると、一部棚からせり出したことでバランスが取れなくなり、ふらふらと揺れてから落下した。そしてそれとほぼ同時にタイムアップとなる。店員は的を拾い上げて整列し直しながら点数を数えている。


「35点っスね、それじゃあここからくじを1枚引いてもらって……」


 店員は30点〜と書かれた箱を持ってきて聡子に引かせる。聡子が引いた番号を確認すると、店の奥から景品を持ってきて聡子に渡す。


「あ、かわい〜!」


 それは、ゲームセンターの景品でありそうな、ボールチェーンがついた高さ15cmほどの猫のキャラクターのマスコットだった。


「さ、次はそっちのお嬢さんの番だよ」


 そう言って店員は機体の入ったトレーを差し出す。私は既に使う機体に目星を付けていた。聡子が先程使用した機体は、販促漫画では主人公の親友兼ライバルが使う『マクロバジリスク』だ。連射と命中精度に特化しつつ、ある程度のパワーショットも撃てるバランスの取れた良機体だ。だが、その機体では聡子が最後に撃ち落とした的以上に重い的を撃ち落とすのは難しそうだ。

 私はそんなことを考えながらある一機を手に取る。販促漫画内では、一章のボス的な位置付けだったキャラクターの愛機『ブラッディイーター』だ。店員はその機体で良いかと確認をすると、開始の合図が大きな声で響き渡った。




「そこまで! いや〜だいぶ落としたねぇ。60、70……えーと、80点だ!」


 店員が点数を発表すると、いつの間にかできていた人集りが口々に声を上げる。


「うぉお! すげぇ、ほとんどの的を落としやがった!」


「あのねーちゃん、一体何者だ!?」


 すると、後ろで見ていた聡子が飛びついてきた。私は思わずよろけそうになる。


「すごーい! ルナ、これ最高点じゃないの!?」


「わ……ちょ、ちょっと聡子危ないって」


 聡子が抱きついてきたことに私はどぎまぎしていると、すぐ近くで声が聞こえてきた。


「『ブラッディイーター』……。そのパワーもさることながら、数少ない2発同時発射の機構を持つ機体だ。威力の高い2点射であれば重いターゲットも悉く撃ち落とすことが出来る。ただ、それよりも着目すべき点は軽いターゲットへの対応だ。通常、パワータイプの機体ほど連射性能は犠牲になる。それは『ブラッディイーター』とて例外ではない。ところが彼女は、軽いターゲットを狙う際は、敢えて2点射を撃ちきらず単発ずつ発射することで疑似的な連射を実現したというわけだ」


「な……!」


 私は驚いてそちらの方を見る。その声はわずか20秒の競技時間の中で、自分の講じた作戦を全て言い当てた。

 そこに立っていたのは、毛束感のある茶髪にサングラスをかけ、ミリタリージャケットを羽織った出立ちの男性だった。

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