第4-3話 しずく③

 その後、しずくはしきりに彼女を呼んでいた父親のいる店の奥へと消えていった。しずくの話では商品の仕分けをするらしい。

 彼女の姿が完全に見えなくなるのを待って聡子が口を開く。


「ねぇ……どう思う?」


 その言葉に麻美が聞き返す。


「どうってなにが?」


「さっきの“ただの友だち”って言葉よ。絶対なにかあるでしょあれ」


「あぁ……まぁそれは……キーホルダー見せたときの取り乱し方も、さっきの表情も、“ただの友だち”にするものじゃなかったからね。……とは言っても私たちには関係ないでしょ」


 麻美の言うとおりだ。しずくと蓮という人間との間でなにかがあったのは、先程のしずくの反応を見ても明らかだが、かと言って事情の知らない私たちが介入する問題でもない。こちらが手を差し伸べる義理はないし、向こうからしても大きなお世話だろう。


「なによ、つれないんだから……千景はどう思う?」


 千景は急に意見を求められて戸惑いながら答える。


「えーと……その……私たちにできることなら……」


「だよね? さっすが千景、話わかるじゃーん!」


 千景が言い終わるのを待たずに共感を促す聡子。


「千景。人がいいのも結構だけど、聡子のことだから面白がって首突っ込もうとしてるだけだぞ?」


 私が千景に忠告すると、聡子はすかさず反論する。


「ちょっと! あんたたちには人の心ってものがないの?」


 そんなことを話していると、思わぬ方向から声をかけられた。


「あなたたち、この辺じゃ見ない顔だけど、もしかしてしずくちゃんのお友達かい?」


 声の主は先程まで私たちのいる方とは反対側で商品を物色していた老齢の女性だった。


「あ、いえ……そういうわけじゃ……」


 そもそも初対面であり、当然友達と呼べる間柄ではないのだが、なんとなく真っ向から否定するのもどうかと逡巡したのがよろしくなかったのかもしれない。


「そうかい、友達なら話は早い」


 明言こそしなかったとはいえ、私の返答などなかったかのように話を始める女性客。


「もう! どうすんの、友達だと思いこんでるじゃん……!」


 聡子が小声で耳打ちする。


「しょうがないでしょ……! 話聞いてないんだもん、このばあちゃん」


 私も同じように小声で聡子にそう返すのを余所に、その女性客は話し始める。


「私はここの柳田さん……ああ、しずくちゃんのお爺さんね。その方は祭の実行委員会もやられてるんだけどね、今はこの焼物屋も息子さん……しずくちゃんのお父さんに任せて隠居されてるんだけど、現役の頃は色々と良くしてもらってね……」


 本題に入る前にその女性としずくの祖父の昔話が始まる。これは長くなりそうだと心の中で嘆息する。


「……それで、いつだったかこの街に越して来た家族がいてね……たしか貝沼さんとかいったかね。ちょうどそこの家のお子さん……たしか名前は貝沼……蓮くんといったか……がしずくちゃんと同い年でね……」


 貝沼蓮。おそらくはあのキーホルダーにあった名前の人物だろう。私たちは互いに顔を見合わせる。


「その家族は都会の方から引っ越してきたからか、しずくちゃんももの珍しく思ったんだろうね。しずくちゃんからその子に接するようになって、二人は仲良くなってった。あぁそうそう、その子の影響か、しずくちゃんは度々この街を出て行きたいと言い出すようになっては、お爺さんと喧嘩になったと聞いてるよ。……それで、去年のさくら祭の日。いつもは家の手伝いをしてるしずくちゃんも、その日ばかりは抜け出して、その子と祭を楽しんでた。だけどね、なにがあったか知らないけど、あんなに仲の良さそうだった二人はその日を境に遊ぶことはなくなった。それからだよ、しずくちゃんがあんな風に元気なくなっちゃったのは」


 女性の話が一区切りついたところで聡子が尋ねる。


「それで、そんな話をして私たちにどうしてほしいんですか?」


「さて……どうしてこんな話をしたんだったか……歳をとると余計なことばかり喋るようになっていけないねぇ」


 私は聡子に続いて質問をする。


「その……しずくさんがこの街を出たいと言い出したのはなんでですか? 都会への憧れとか……?」


 女性は私の方をじっと見つめた後、一つ溜息をついてから話し始めた。


「まぁ、そういうところも勿論あったろうさ。でも、本当の理由はたぶん違う。その家の旦那さんは転勤族……つまり、その子がこの街にいるのも期限付きだったんだよ。だから、しずくちゃんはその子と同じ学校に行きたいと思っていたんじゃないかね」


 その後、女性と別れ私たちは店を出た。前の方で聡子が歩きながら先程聞いた話について反芻し、それに麻美が受け応えしている。


「去年のさくら祭がターニングポイントってことでしょ! そこで喧嘩でもしたのとか? っていうか、付き合って……はないのよね、あの子の話では」


「わかんないよ? 前は付き合ってたけど、今は“ただの友だち”ってことかもしれないし。付き合ってたけど引っ越すからってことで別れたんじゃないの?」


「だったらあのばあちゃん、そう言うでしょ。そういう噂話大好きそうだし」


「ふーん、そういうものか。さすが、そういう人にはわかるんだねぇ」


「あんたねぇ、喧嘩売ってる?」


 二人の会話を聞きながら考える。それまで付き合っていたにしろ、そうでないにしろ、引っ越し自体は疎遠になった直接の原因ではない気がする。蓮がこの街にいられるのが期限付きだということをしずくは知っていたはずだし、さくら祭から蓮の引っ越しまでは一年近くあったことを考えると、なにかほかに理由があったとする方が自然だ。


「ねぇ、千景はさっきの話どう思った?」


 私は徐に千景に話を振ってみる。


「うーん……そうですね……。そういえばさっきの……真由美さんたちの話ってなにか関係あるんでしょうか? ほら……離別の……」


『あ……でもそういえば、恋人関係でなかったにしても、仲の良かった異性がその後疎遠になった……なんていうのもあったんだっけ? やきもち妬きなのかしらね、この桜は』


 千景が言い終わる前に、先程の真由美たちの話が頭をよぎる。もしかしたら真由美たちが話していたケースというのはしずくと蓮のことだったのではないか。それならば、しずくがあそこにいたことも、そこにいた彼女にまるで生気がなかったのも頷ける。やはり去年のさくら祭で、もっと言えば、あの桜の樹の下でなにかがあったのかもしれない。

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