第4-2話 しずく②

 大通りは観光客や地元の祭参加者でごった返していたが、その中でも一際注目を集める集団があった。一人は和服美人、一人は巫女、そして二人の大正街娘。彼女らのほかにも貸衣装を纏って往来する者がいないわけではなかったが、やはりその集団は特筆して多くの目を惹きつけていた。


「な、なんか……すごい見られてません?」


 千景が不安そうに囁く。


「ふん、そんなの勝手に見させとけばいいでしょ! こういうのはね、楽しんだもの勝ちなの! ね、お姉さま?」


 聡子はそう言って、いたずらっぽく笑って私に賛同を促す。誰がお姉さまだと否定しようとして留まる。そういえば、こういったロールプレイのようなものに対して聡子が乗り気なのも珍しい。見方によっては、私と接するときは常にロールプレイしているようなものだが、実際にはそうしているようでしていない、複雑な距離感が私と聡子の間にはある。だが、私も聡子も互いに街娘の外殻を纏ったことで、そういった微妙なしがらみが軽減されたのかもしれない。意識的か無意識的かはわからないが、彼女の方から歩みよってきてくれたのだから無下にするのは愚だ。


「あら? あなたにお姉さまと呼ばれる筋合いはなくってよ、聡子」


 私は思いつく限り高飛車な台詞を吐いてみる。すると聡子はそれに対して血相を変えて答える。


「な……! ひどいわ、ルナお姉さま! たしかに私は養子として白中家に拾っていただいた身。ですが、私はあなたのことを本当の……!」


 どんな設定だ。というかよくもまあ、いきなりそんな設定と台詞をベラベラと思いつきで喋れるものだと感心した。そういえば聡子は中学時代は演劇部だったか。どおりで、なんというか小慣れている。


「あはは! どんなキャラ付けよそれ? っていうか大正ってそんななの?」


 傍らで聞いていた麻美が私たちの茶番劇を見て声を上げて笑う。それを受けて聡子は、麻美の方に向き直って言う。


「まぁ、葉山さん。使用人の分際でいい度胸ね。お父様に言いつけてやろうかしら?」


「やめろ、私を巻き込むんじゃない。それになんで私が使用人なんだ」


 悪ノリを続ける聡子とそれには乗るまいとする麻美。

 気がつけば、ただでさえ目立っていたところ、見世物と思われたのかさらに衆目を集めていた。


「あ……あの、皆さん……さすがに目立ちすぎなのでは……?」


 千景の言葉に聡子も周りの目に気づくと、演技を止め苦笑いしてその場をやり過ごす。




「……ったく、見世物じゃないっての。よっぽど娯楽に飢えてるのかしら? 他人の動向が気になってしょうがないのね」


 聡子はそこから数歩立ち去った後で毒づく。往来のど真ん中で茶番をしていた私たちもどうかと思うが、聡子のその気持ちには共感するところがあった。


「同感ね。見ず知らずの他人同士の会話に、よくもまあそんなに関心を持てるものだわ」


「あんたら微妙に口調が抜けてなくない?」


 私と聡子の会話を聞いた麻美が指摘する。


「あら!? ほほは、これは失礼いたしましたわ!」


 わざとらしく手を口元に当てて言う聡子に、麻美ははいはいと言って流す。


 そうして大通りを歩いていると、また商店街が見えてきた。駅から公園までの間にも商店街はあったが、見たところ店舗数も客の数もこちらの方が多いようだ。


「なんか、こっちの商店街のが賑わってるね。いや、あっちのも十分賑わってはいたけどさ」


「立地的にこっちの方は地元民も使うんじゃない? あっちはより観光客向け的な」


 私の言葉に聡子が返す。たしかに地元の人間からしたら車で寄りづらい駅前よりも、大通りに面したこちらの方が寄りやすいというのはあるのかもしれない。祭期間の今は交通規制をしているためよくわからないが、おそらくこの通りは通常、白秋市における人流の大動脈なのだろう。


「ん……?」


 そうして商店街を歩いていると、ある一軒の店が目に留まった。焼物を扱う店舗なのだろう、店頭に仮設された陳列台には、独特の色使いで着色された湯呑みや茶碗が並べられている。数ある店舗の中からこの焼物屋が目についた理由は、店頭に並ぶ商品の整理をしている女性に見覚えがあったからだ。ソムリエエプロンを着用しているため少し雰囲気は異なって見えるが、その長い黒髪とエプロンに隠れていない上半身から覗くアイボリーのシャツは、先程広場で見かけた女性のものだった。

 やはりあのとき見かけた人影は幽霊などではなく実在する人間だったのだと、当たり前のことに少しだけほっとしている自分がいた。


「あら? あなたたちは……」


 彼女も私たちのことに気づいたようだ。


「なに? 知り合い?」


 合わせて会釈した私を見て、すかさず聡子が尋ねる。


「ううん、さっき広場で見かけたような気がして……あちらもわかってたみたいだけど」


 私は聡子に向かって囁く。


「えぇ、あんな人いた? っていうか私たち、着ている服も違うのによく覚えてるのね。接客業してると自然と身につくものなのかしら?」


 聡子はこちらにだけ話したつもりのようだったが、内緒話に向かないその大きな声は、彼女にも聞こえていたようだ。


「いえ、そこの明るい髪の……ハーフモデルさんみたいなコ、特に目立つから覚えてたの」


「だってさルナ、言われてるけど?」


「ははは……恐縮です」


 どう返すべきかわからず、適当な返事を返す。なんだか既視感のあるやりとりだ。

 先程広場で見かけたときは幽霊と見紛うほどに生気が失われていたように見えたが、話してみると意外にというかいたって普通だ。


「見たところ、私たちと歳もそう変わらなく見えるけど……あなた、ここで働いてるの?」


 聡子が尋ねる。


「働いてるっていうか、お父さんの手伝いよ。父はこの店の店主なんだけど、この時期はお客さんがいっぱい来るからって毎年……」


「……おーい!」


 彼女の説明を店の奥の方から聞こえてきた男性の声が遮る。おそらく声の主が彼女の父親なのだろう。


「……しずく! ちょっとこっち来て手伝ってくれ!」


 しずく。彼女の父親と思しき声は、彼女のことをそう呼んだように聞こえた。たしかその名前は。


「待って……! あなた、しずくさんっていうの? たぶんこれ、あなたの落とし物だと思うんだけど」


 麻美がそう言って声のもとへ向かおうとする彼女を呼び止め、鞄の中からここに来る前に拾った例のキーホルダーを差し出す。


「うそ……どうしてこれを……?」


 しずくはまるでこの世のものではないものを見たかのような、信じられないといった顔をしている。


「ねぇねぇ、『しずく♡蓮』って書いてあるけど、もしかして彼氏?」


 聡子はいつもの調子で特に彼女の内情を慮ることなく、しかし、薄々皆が気になっていたことを聞く。よくもまあ初対面の相手にそこまで距離を詰められるものだと思うのは、私が人付き合いを苦手としているからだろうか。

 しずくは伏し目がちな表情で答える。


「ううん、あいつは…………ただの友だち」

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