第6-2話 捜索②
私と麻美は園外へ続く道を進む。途中、すれ違う人影は時間とともに増えてゆくが、そこに千景の姿はない。
「あれ? あなたたち、さっきの……」
私たちに声をかけてきたのは、昼間、東側広場で会った男女四人のグループだった。
「そんな急いでどうしたの? あとの二人は?」
よほど鬼気迫る表情をしていたのだろう。不思議に思った美幸が尋ねる。
「……実は、一緒にいた一人……黒髪の方のコが迷子になっちゃって……もう一人は中央広場側を探してるところで……」
私が事情を説明すると、真由美が口元に手を当てて驚いたような仕草をする。
「えぇ、大変! 本部とかに知らせた方がいいんじゃない?」
「それは今、聡子が……ああ、もう一人のよく喋る方ね……がやってくれてるはず。逸れたのがこの道の途中にある休憩所だから、いるとすれば北東ブロックか中央広場かこの道から公園を出た先だと思うの。それで、聡子は中央広場の方を、私たちは公園の外を探しに行くことにしたんだ」
「ふーん……状況はわかったけど、公園内を探すならまだしも、公園外って途方もなくない?」
「それは……一応、そんなに時間は経ってないから、それほど遠くへは行ってないとは思うんだけど……」
すると、真由美は後ろを向いて三人となにか話している。それから間もなくしてまたこちらへ振り返る。
「それじゃあ、私たちも探すの手伝うわ! あなたたち土地勘ないだろうし、人手は多い方がいいでしょ?」
「えっ? いや、それはありがたいけど……あなたたちに申し訳ないよ」
「昼間、私らのツレが粗相したでしょ? そのお詫びだと思って!」
真由美たちはそう言って回れ右すると、園外へ向かって歩き出した。
「そういえば、あのナンパしてきた二人は結局一緒じゃないんだ?」
「ああ、あいつらはもういいの。どこほっつき歩いてるかわかったもんじゃないし」
真由美が呆れたように言う。正直、この場に居られてもお互いばつが悪かっただろうし、私たちとしてもそちらの方が良い。
「ところでさ、しずく……柳田しずくさんってご存じ?」
麻美が思い立ったように尋ねる。すると彼女たちは足を止めて振り向く。私たちからその名前が出てきたことに驚いているようだ。
「えっ……! あなたたちしずくのこと知ってるの? 知ってるもなにも、しずくも私たちの同級生だし……むしろあなたたちが知ってたことの方がびっくりなんだけど」
美幸が答える。
「ええ……さっきこの辺の商店街を巡ってたら、店番してた彼女に会ったの。その前に、あなたたちと出会ったあの広場でも彼女を見かけてたから気になって……」
私が説明すると、真由美が信じられないとでも言いたげな表情で言う。
「え……あそこにしずくがいたの……?」
「うん、あなたたちのお友達にナンパされる直前かな? 広場っていうか、いたのは広場の先の土手のところね。しずくさんとは関わりはあったの?」
そう尋ねたところ、少し逡巡しつつも真由美は話し始めた。
「……そうね、しずくは誰とでも分け隔てなく接するタイプだったし。ただ、しょっちゅう家の手伝いをさせられてたから、学校外で遊ぶことはほとんどなかったけど。今の時期なんて特に」
さらに美幸が続く。
「真面目なんだよねあいつは。華の中高生を家業の手伝いで消費しちゃうなんて勿体ない。まぁ、だからこそあいつが今年もわざわざ家の手伝いを抜け出して広場にいたってのにびっくりしたんだけど……」
“今年も”と美幸は言った。昨年のさくら祭にしずくが来ていたことは間違いないとは思っていたが、そのことは彼女たちも知っているということか。そして気になるのは、家業の手伝いを抜け出してまで来た理由だ。昨年については蓮と訪れるためだろうとしても、今年については何故あのときしずくがあの場にいたのかがわからない。
「それじゃあさ、貝沼蓮って人も同級生だったってことだよね? もう引っ越しちゃったって聞いたけど……」
そう言いかけて空気が重くなるのを感じる。彼の話はタブーだったのだろうか。だとしたらそれは何故だろう。
「ああ……蓮くんのことも知ってたんだ。そうそう、転勤族みたいだったからね。また東京の方に戻ったんだったかな?」
そう言う美幸に麻美がさらに尋ねる。おそらく麻美もこの空気を感じとったのだろう。それでも敢えてなにも気づかなかったような顔で聞いている。
「その、蓮って人はどんな人だったの? あなたたちとは仲良かった?」
「あ、いや……私はほとんど話したこともなかったけど……なんていうか都会っ子だったっぽい。こっちの田舎のノリが合わなかったのか、クラスメイトとは一線を引いてたみたいで……」
美幸は先程よりも重苦しい口調で説明する。一体なにが彼女たちの歯切れを悪くさせているのだろう。いや、その正体を私は知っている。
『他所者』
閉塞的、保守的な人間関係がもたらす排他的な反応。ほかの地域、それも都会から越して来た貝沼家は地域住民から冷遇されていた可能性がある。思い返してみれば、しずくの店にいた女性客だってそうだ。意識的か無意識的かはわからないが、言葉の節々にしずくの祖父やしずくに対する贔屓、或いは貝沼家に対する軽視が表れていた。
『しずくは誰とでも分け隔てなく接するタイプだったし』
『しずくちゃんからその子に接するようになって、二人は仲良くなってった』
これは仮説に過ぎないが、都会から転校してきた蓮はここの学校に馴染めなかった。いや、蓮だけでなく貝沼家そのものがこの街では他所者扱いを受けていた。さすがに村八分のようなことはなかったかもしれないが、多くの住民は積極的に交流を深めようとはしなかった。そして、それこそが彼女たちの後ろめたさに繋がっているのではないか。
だが、もともと都会の距離感で過ごしてきた貝沼家自身も、所詮は数年の仮住まい。それはそれと割り切って微妙な均衡が保たれていたのかもしれない。
そして、その均衡を破って蓮との距離を縮めたのがしずくだった。この街の有力者であるしずくの祖父からすれば、他所者の貝塚家と自分の孫が仲良く、ともすれば恋仲に発展するかもしれないという事態は好ましいものではなかっただろう。地域への帰属意識は年配ほど強固な傾向にあることは、田舎の閉鎖社会で育った私自身が身をもって知っている。
「もう公園を出ちゃう……園内にはいなかったね。私と袴田はこっち、美幸と越高はあっち側探すから、あなたたちはそっち側探してみて。15分後にまたここで落ち合いましょう」
考えごとをしているうちに公園の出口へ差し掛かっていた。真由美が手分けして探すように指示する。一応土地勘のない私たちには比較的見通しの良い方を割り当ててくれたようだ。
そして今更ではあるが、一緒にいた二人の男性の名がここにきてわかった。眼鏡をかけている方が袴田で、小太りの方が越高というらしい。
私と麻美は彼女たちに背を向けて、東側に向かって歩き出した。
「ねぇルナ、どう思う?」
二人になったタイミングを見計らって切り出したということは、おそらくあの四人としずくたちとの関係のことだろう。
「なんかよそよそしかったよね。貝沼家はこの地域の人からはあんまり好かれてなかったみたいだし、そのせいかなと思ったけど……」
私の回答は麻美の想定外のものであったようで、彼女は目を丸くする。
「あ、そういうこと? 私てっきり……」
「てっきり?」
麻美は少し照れくさそうに俯いている。彼女は彼女で全く別のことを考えていたのだろう。
「いや、いいわ。私、ルナや聡子みたいに頭良くないから。たぶん私の勘違いだし」
「ううん……私が頭いいかは兎も角、なにか気づいたことがあったら聞かせてほしい。私だって先入観で喋ってしまってるかもだし」
私はそう言って彼女の顔を見据える。他人と目を合わせるのは正直苦手だが、白中ルナという仮面はその苦手意識を和らげる。
「もう……そういう顔するの、ズルい」
麻美は小さくため息を吐くと、虚空に視線を移し言葉を整理した後、話し始めた。
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