第3-2話 白秋公園②
白秋公園。正式名称は白秋城址公園。30haを超える面積を誇る、かつてこの地を治めた藩主の居城跡地に造成された公園である。毎年この時期に執り行われる『白秋さくら祭』は、春の祭行事としてはこのあたりでも最大の規模で、祭と桜を見に訪れる観光客も多かった。
最寄り駅である白秋駅から公園までは徒歩10分程度の距離にある。道中には至るところに行燈や花を模した飾り付けがなされ、立ち並ぶ商店街はここぞとばかりに商品を店頭に陳列しており、街全体がどこかそわそわしているかのような祭の非日常な空気を感じ取れた。駅から出て来る人々は、次々に白秋公園の方向を目指して歩き始める。そして、その人だかりの中には一行の姿もあった。
「っていうか、こんなに人いるんだね。二つか三つくらい前の駅からやたら人乗って来てるなとは思ったけど」
私は駅から溢れんばかりの人集りを見て思わず口にする。
「単に二ツ谷からの乗車が少なかっただけだったのね。早めにお菓子開けといて良かったわ、あれだけ人が乗って来たら暢気に広げてられないもの。ま、これだけの規模の祭なら不思議は……ってなによその目は」
聡子は私が物言いたげな目をしていたことに気づく。
「はは、聡子らしいなと思って。悪い意味じゃなくてね」
「ちょっとー、どういう意味? それ」
食い下がる聡子だったが、わざわざ説明するのも野暮だったので笑って誤魔化す。
商店街が並ぶ大通りを二分するように、別の大通りが直交している。その通りを道なりに進むと公園に到着するようで、歩いている人々は皆次々にその十字路を左に曲がってゆく。
「…………あれ?」
「ん……どうしたの、千景?」
千景がなにかに気づいたように小さく声を漏らす。それに気づいた麻美が千景に問いかける。
「あ、いえ……あそこで光ってるのなんだろうって……」
千景の指差す先は十字路の対角側の隅。電柱の足元で日の光を反射して煌めいている。なにかの部品が落ちているだけかもしれないが、金属片の光り方ではないようにも見える。麻美と千景は人の流れから外れて、その落ちているものを確認しに行く。
「あ、ちょっと! あんたたちどこ行くの!」
それに気づいた聡子が二人に向かって声を上げる。麻美が振り返ってそれに返答する。
「すぐ追いつくから先行ってて!」
「もう!」
聡子はそう言って溜め息を吐きながらも道端に寄って二人を待つ。そして間もなくして戻ってきた二人に言う。
「あんたらねぇ……小学生の下校じゃないんだから、いちいちその辺に落ちてるものを……って、なにそれ?」
麻美が拾ったものをこちらに見せる。それは全長5センチくらいの二頭身のラッコのような生き物を模したマスコットのキーホルダーで、マスコットの手元の部分は小さなカードケース状になっており、台紙に任意のメッセージを書いて持たせられるようになっている。そこに入れられた台紙には二人の名前が書き綴られていた。
「『しずく♡蓮』……だって」
私はそう呟いてそのキーホルダーを観察する。書いてあるメッセージから、どこかのカップルが落としたものと思われた。目立った汚れもなく、落としてからそれほど経っていないように見える。今日か昨日か、一週間は経っていなさそうだ。
「大事なものっぽそうだし、一応本部的なとこに届けとこうか。どこにあるかわかんないけど……ま、巡ってるうちにそれっぽいところ見つかるでしょ」
麻美が提案し、聡子はそれに奥歯にものが挟まったような物言いで頷いた。
「……なんか腹立つけど……まぁいいか」
ほどなくして公園の敷地内に到着した一行の目に飛び込んできたのは、水平に広がる満開を迎えた桜の並木だった。敷地を取り囲むように植えられているようで、今見えているのはその一部分だろう。それでもその淡い桃色は私たちの視界を覆い尽くすほどに咲き誇っている。桜並木は観光客を出迎えるように立ち並び、さらに公園の中へ続く歩道の両側に植えられた個体が、奥の方へと誘うように続いている。
「やばーーーーい!! めっちゃキレイじゃん!」
聡子が大きな声を上げる。その圧巻の景色に麻美も千景も息を呑む。
私たちはまだ公園の入り口部分に到着しただけだったが、数歩進んでは感嘆の声をあげ、また数歩進んでは写真を撮る。そうして少しずつ道なりに進んでいく。
「わ、こんなに屋台出てるんだ!」
間もなくして見えてきたのは、道の片側に延々と連なる屋台の列だ。焼鳥、唐揚げ、お面屋、奇抜な色をしたジュースに胡散臭いくじ引き。流行りのアニメのパッケージに包まれたわたあめには、多くの子どもたちが群がっている。
すると、すぐ近くで地響きのような、獣の唸り声のような重低音が鳴り響く。
「……あ、すみません……。美味しそうな匂いがしてたので……」
千景が恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く。
「あはは、かわいいー! そうね、せっかくだし……お昼にはちょっと早いけどなんか食べよっか!」
聡子は笑いながら屋台の方を指差した。
「……でも、なんだか催促したみたいで……」
「気になさんな、千景が提案しなかったら私が言い出そうと思ってたところだから」
麻美は千景の言葉を遮り、彼女の肩に手を置いて言う。したり顔でその実なにもわかっていないフォローだ。もちろん、麻美のことだから、それはわかっていて敢えてそう言っているのだろうが。
「いや、その……提案したわけじゃ……!」
慌てて否定する千景に思わず笑みが溢れる。私たちは視界の果てまで続く屋台の列を物色しに歩き始めた。
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